第55話 決闘(2)
戦いにそぐわない弱い力――。
フェニアは余りの弱さに度肝を抜かれ、水鉄砲を放った本人の方向を向いた。
そこにはサハギン族の子供で以前、「AB型だから強くなりたいんだ!」と相談して来た、ハクッペとキノボーが立っていた。
「お兄ちゃん、負けるな! お兄ちゃんは強い! 俺はお兄ちゃんに教えられた! 家族を大切にしない奴が一人前になれないって!」
ハクッペが必死に「水の龍」を使ってフェニアに抵抗していた。
「俺も家族に相談したら『大丈夫だよ――』って言ってもらえた! ハクッペもいてくれるから寂しくない! だから、お兄ちゃんも自分を信じて! 立ち上がってよ!」
キノボーは銛を持ってフェニアを威嚇していた。
フェニアはサハギン族の言葉が解らない。
だが、二体は「殺してブラッドが狂気する存在」だというのは理解していた。
「俺様は弱い者虐めは大嫌いなんだけどなぁ……。ブラッドが面白くなってくれるならそれも良しかぁ?」
フェニアは右掌に巨大な「炎の球」を出現させると容赦なく放った。
「存分に泣いて叫べやぁ!」
ハクッペとキノボーが「もう駄目だ!」と目を両掌で隠した。
だが、いつまで怯えても自分自身の死はやって来なかった。
二人が目を開くとブラッドが二人の前に立っていた。
「炎の球」を「炎の球」で相殺していた。
「二人共、ありがとうな。俺が弱かった。お前等のほうが強い。俺はなんて馬鹿だったんだろう。まだ、戦いは続いている。結果は決まっちゃいない。俺も前を向いて歩く! だから、二人は下がれ!」
ハクッペとキノボーはブラッドの言葉を聞いて何度も首肯した。
ブラッドは右拳を突き出してはフェニアに語った。
「お前がどんな卑劣な策を行おうとも、絶対に守る! 間違わない! 間違っても後悔がないように歩み続ける! それがブラッド・エル・ブロードだ!」
「いいねぇ、いいねぇ! そんな善人ぶったところ、好きだよぉ! もし、次の攻撃で俺様を殺せなかったら王女を殺すからなぁ!」
「絶対にさせない! 俺が、必ず俺がアガーテを守る!」
ブラッドは古代上級血液魔法の中でも最も攻撃力がある術を展開した。
「行くぞ! 巨人(デス)殺し(・ゴーレム)の(・)大剣(ブレイカー)」
ブラッドの左腕をまるまる覆う巨大な白銀の剣が形成された。取り回しは非常に悪い。だが、切れ味は至上の名剣だ。腕を横薙ぎに一閃するだけで三フィッツ内のもの全てを斬り捨てることが可能な装備だった。
フェニアはブラッドの古代血液魔法を見て、流石に冷や汗を流した。
フェニアは右拳を突き出しては、血統血液魔法を展開させた。
ブラッドは機を伺って真正面からフェニアに突貫した。
フェニアの血統血液魔法は「捻じ曲げる力」だ。
どんな衝撃、攻撃、全てを捻じ曲げる強力な血統血液魔法を使役する。
「巨人殺しの大剣」がフェニアの血統血液魔法結界に触れると刀身が光を上げて曲がろうとし始めた。
ブラッドはプラーナ供給を高めて刀身に展開させ結果に負けないようにコーティングを始めた。
二人の戦いは根競べとなった。
「どちらの意志が強いか?」
その点に焦点があてられた。
ブラッドはセティンを守れなかった代わりにアガーテを守るために――。
フェニアは己の欲望を満たすために――。
二人の意志と血(クロス)が交差(ブラッド)した。
ブラッドは必死にフェニアの首を狙って全力の斬撃を放った。
だが、どうしてもあと一歩が足らない。
進めない――。
「俺って奴は!」
「このまま刃ごと首までグチャグチャに捻じ曲がっちまえぇ!」
ブラッドが押し負ける。
そう考えた時、戦場に凛とした声が響いた。
「ブラッド、負けないで!」
ブラッドは愛おしい者がどうして今、この場にいるのか?
男装している癖に女性言葉を話して大丈夫なのか?
考えることは沢山あった。
だが、何よりも、想ったことは「負けられない!」だった。
全身全霊で左腕を振り切った。
手応えは確かにあった。
ゴロリッと大地に笑みを浮かべたフェニアの生首が転がった。
フェニアの身体は頭がないのに少しの間だけ動いた。
だが、ブラッドの考えは正しかった。
フェニアの不死身は一時的な物だった。
胴体と首が切り離されて生き永らえるほど強力な呪いを再現したのとは違った。
フェニアの身体は鮮血を噴き上げると力なく崩れ落ちた。
ブラッドは両肩で苦しい息をしながら、強敵との戦いを制した安堵の息を吐いた。
「巨人殺しの大剣」を解除すると、ブラッドはその場に尻餅を搗いた。
アガーテがブラッドの前に立った。
「さっきさ、帝国側から伝達があったよ。『和平交渉をしたい』ってさ。この戦いの首謀者のホライゾン皇帝とフェニアは討たれた。色々事情があったみたいだけど、僕は和平に臨む。ブラッド、お疲れ様――」
アガーテがブラッドに右手を差し出した。
ブラッドはアガーテの右手を取るとゆっくり話した。
「お前、なんて顔してんだよ。まるで、俺が死んだみたいな顔しやがって――」
「実際、危なかったよね? 僕は君を探して必死だったんだぞ?」
「ありがとうな」とブラッドはアガーテの頭に手を乗せてクシャリと頭を撫でた。
アガーテは頬を朱色に染めると、俯いてボソリッと話した。
「キスしたいけど、まだ、王子だから駄目?」
「まぁ、まだ駄目だな。男同士のキスは王族内ではよろしくないだろう。だから――」
ブラッドは周りに見えないようにアガーテの左頬にキスをした。
アガーテは顔を夕陽の如く真っ赤にしては俯いてしまった。
アイナに肩を貸してもらいながら笑顔で右手を振るヴァンが見えた。
ブラッドは「どうやら大騒ぎは終了したみたいだ」と胸を撫でおろした。
夕陽が戦場を鮮やかな赤色に染め上げる。
曇天から覗いた夕陽は勝者を祝福しているのとは違った。
「流された血の意味を知れ」と語っているようだった――。
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