第52話 開戦

 ブラッドの時計で時刻は十五時を指していた。


 真夏の太陽は曇天で隠れ姿が見えなくなっていた。


 今にも土砂降りの大雨が降りそうな空模様にブラッドは焦りを覚えた。


 戦場に向かう前にレックスたちと合流し、ワイバーン族の翼を借りてブラッドたちは戦場上空を舞っていた。


 ワイバーンの背から地上を見渡すとサウザント渓谷前の平原が戦場になっていた。


 戦場は血みどろの泥戦となっていた。


 帝国兵は最新鋭の装備で身を固めて、遠距離から拳銃や長銃を使って王宮騎士団を迎え撃っていた。


 対して血液魔法で反撃に出た王宮騎士団員たちは苛烈な血液魔法の嵐で、帝国兵を薙ぎ払っていた。


 ブラッドは戦場を上空から確認して、「予想通りだな」と考えた。


「お互い遠距離用の一撃必殺の術を持っている国同士の戦い。結局は策が成功した国が優位に立つ」とブラッドは考えていた。


 サウザント渓谷に入った辺りでブラッドはワイバーンに「降ろしてくれ」と語り願った。


 ワイバーンは急降下してファイント帝国キャンプ地のど真ん中に舞い降りた。


 思いも寄らない魔物の出現と、帝国兵の間でも有名になった「悪魔の子」二人組の出現、それと王国軍の奇襲に帝国兵たちは大混乱だった。


 ブラッドは「奇襲に成功した!」と考えると同時にヴァンに語り掛けた。


「ヴァン、ここで確実に戦いを終わらせるぞ!」


「ブー君は絶対にそう言って来ると思った! 僕も同じ気持ちだよ!」


 二人は大暴れを始めてキャンプ地内に残った帝国兵を見つけ次第、叩き伏せた。


 ブラッドたちの猛攻は帝国キャンプ地に壊滅的な損害を与えた。


 場の勢いのまま、ブラッドたちは挟撃の意味を考えて後ろから帝国兵に牙を剥いた。


 いきなり現れた王国軍に帝国兵はどう対応したら良いのか解らず、大混乱に陥った。


 そこにブラッドとヴァンだけではなく、サハギン族とタオ老師も合流した。


 いきなり魔物が帝国兵に牙を剥いて襲い掛かって来る姿は帝国兵からしたら「恐怖」以外何者でもなかった。


 上空からはワイバーン族が炎を吹いて帝国兵を追い詰める。


 挟撃作戦は大成功を収めた。


「このまま一気呵成(いっきかせい)に攻めれば帝国側が落ちるのも直ぐだ!」とブラッドは確信した。


 だが、ブラッドたちの前に立ち塞がるのはやはり最後はこの男だった。


 サハギン族と王宮騎士団の両方を唯の暴力で叩き伏せる屈強で残忍な男。フェニアだ。


 フェニアはブラッドを見つけるとオーバーリアクションで肩をすくめると「ヤレヤレ」と言葉を紡いだ。


「折角、良い感じに人の血が大量に手に入っていたところを邪魔しやがって――。また、貴様かぁ? 愛おしいブラッド君よぉ。俺様からしたら貴様は目の上のたんこぶっていったところだぁ。だが、素晴らしいショウが拝める時にこの場に来た貴様等は最高の観客ってわけだ」


「またイカレタことを語りやがって――。もう、帝国兵は壊滅状態だ。降参しろ。お前一人でヴァンと俺を相手にできるはずがない」


「だ・か・ら、ショウが始まるって言っているだろう? ホライゾン皇帝が再誕される瞬間を貴様等はじっくり拝んでおけ」


 フェニアは長い舌を出しては「バーカ」とブラッドとヴァンを馬鹿にした。


 ブラッドは「このッ!」とフェニアに殴りかかろうとした。


 だが、ヴァンが「ブー君、あれ!」と指をさした。


 帝国兵たちが戦い、負傷し、命を賭して散っていった後に残った血の海にホライゾンが立っていた。


 戦場のど真ん中で武器も持たずに立っている姿は逆に目立つ。


 王宮騎士団員がホライゾンを見つけると「怨敵、みつけたり!」と声を出して剣で

斬りかかった。


 ホライゾンは四方八方から攻撃をその身に受けて、絶命した……、かに見えた。


 ホライゾンは剣を手にして王宮騎士団員の頭を右手で鷲掴みにすると、握力だけで、頭蓋骨を握り潰した。脳汁が四散し、中身が弾け飛んだ。


 血の滴り落ちる右手をホライゾンは舌で舐めあげると、甲高い声で話した。


「私の錬金術で研究した成果を見たいらしいなぁ! 見せてあげよう! 不死鳥に頼らなくても永遠の命と圧倒的な力を得られるその意味を!」


 ホライゾンは身体中に剣や槍、矢が刺さっても気にする素振りを見せずにポケットからアンプルと注射器を取り出して、自らに注射した。


 すると、ホライゾンはその場に四つん這いに崩れ落ちるとうめき声をあげた。


 うめき声が絶叫に変わると、ホライゾンの右腕が白い巨腕へと膨れ上がった。そのまま左腕、右足、左足と変化は続き、最終的には身体全体が真っ白な霊長類の姿へと変貌した。


 目は白色に輝き、筋骨隆々。背中には一対の羽根が生えており、全長は五フィッツある巨体へと変化していた。


『これぞ、古代エクラ人が研究に研究を重ね、実現しようとした新人類の姿だ! 

私は成し得た! 最早、使えぬ兵は必要ない! 私こそが帝国を体現する存在だ!』


 圧倒的な圧力に流石のブラッドとヴァンも気後れした。


 ブラッドはヴァンに冷静に提案した。


「ヴァン、阿呆な行いをして皇帝を止める役割、お前に託していいか?」


「ブー君はどうするの?」


「腐れ縁の暗殺者を始末する。奴は俺と同じ古代魔法を使う。お前との相性は最悪だ。だから、まだ馬鹿力でなんとなりそうな阿呆皇帝を止めてくれ」


「……、解った。ブー君は負けないから心配していない。僕を信じてね」


「当たり前だ」とブラッドは返すとヴァンと拳をぶつけ合った。


 ヴァンは戦場を闊歩するホライゾンだった者を止めるために、戦場を駆けて行った。


 残されたブラッドはフェニアと向き合った。


「半端者同士、今日、ここでケリをつけようか」


「怖いねぇ。そんな情熱的な目で視ないでくれるかぁ? 殺したくてウズウズする」


「どうせ、お互い、死にたくても死ねない身だ。どっちが先に謝るまで痛い思いをするか勝負と行こうか!」


 ブラッドが右手親指を噛み切って、左腕の紋様に擦りつけた。


 フェニアも同様に素早く行動に入った。


「来い! コヨーテ&ベイロウ!」


「来やがれ! サワード・カスタム!」


 二人の底知れない銃撃戦が始まった。

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