第51話 交渉

 秘境アナルタシアは広大だ。


 その全貌を知る者はまだいない。


 土地勘があるブラッドでもその全貌を把握しきれていなかった。


 そんなアナルタシア内でも、ワイバーン族は広域に縄張りを持ち、生活を営む種族だった。知能は高く、人語を理解するほどだった。また、制空権を握る争いの中でも優位にたっており、自尊心が高く、話す相手を選ぶ悪癖があった。


 そんなワイバーン族と話を付けるためにブラッドとヴァンはタオ老師に連れられてサハギン族の領内から西に更に進んだ森の中へと進んでいた。


 サハギン族への助力願いはブラッドとタオ老師が簡単に話しをすると直ぐに了承を得られた。好戦的なサハギン族らしく「一族総出で戦に臨む!」と張り切っていた。


 歩きながらブラッドが先頭を行くタオ老師に話しかけた。

「クソジジイ、サハギン族が無駄に張り切っていたが大丈夫なのか? あんなに気合を入れられたらコッチが逆に不安になるぜ」


「彼等はあの姿が普通じゃ。魚を獲りに行くにも族総出で盛り上がって出かける派手な奴等じゃ。今回も相応に頑張るのは目に見えておる。それに無茶はせん。彼等は狩猟を日々行っておる。戦いの感覚と引き際は一番彼等自身が知っておる」


 ブラッドは「だといいけど」と呟いた。


 そんな話をしているとヴァンがブラッドに声をかけた。


「ブー君、アナルタシアでワイバーン族の領内っていったらもう直ぐだと思う! 僕はここで育ったから何となく覚えているんだ! 結構、腹が立つ種族だから冷静に行こうね!」


 ヴァンに教えられてブラッドは冷静に対応できるかどうか自分自身に問いかけた。

『多分、出来る』と答えを導き出したブラッドはヴァンに「大丈夫だって」と軽く返した。


 その時、タオ老師がブラッドとヴァンに向かって真剣な口調で話した。


「のんびり話すのもそこまでじゃ! 奴等の頭目のお出ましじゃ!」


 タオ老師が血液魔法で生成した杖を使用してブラッドたちまで覆うプラーナの膜を形成した。


 樹々を薙ぎ払って上空からとてつもない風圧を放ちながら急降下してくる存在がいた。


 ワイバーン族の中でも全長二十フィッツの巨大な種が舞い降りて来た。


 ワイバーン族は龍族の亜種と考えられていた。太古の昔に存在していた古の存在「龍」の血を継承する存在と現代では考えられている。


 急降下して来た巨体の存在は全身赤味がかった朱色のワイバーンだった。顔には二本の角を持ち、鋭利な歯がズラリッと並ぶ口、雄々しい両翼に屈強な鱗が目を引いた。体格はがっしりとしており、尾は一薙ぎで人間二十人は吹き飛ばせそうな太さをしていた。


 風圧で森林を薙ぎ倒しながら着陸したワイバーンはブラッドたちを見ると、喉を震わせて人語を話した。


『ここは私たちの領内だ。下等種が勝手に足を踏み込んで良い場所ではない。さっさと消えろ。それとも私の腹の中に入りたくて来た素晴らしい考えの持ち主か?』


 いきなり下等種扱いされたブラッドは、「なんだと!」と言い返そうとした。


 だが、ヴァンに後ろから口を押さえられ暴言は吐けなかった。


 ブラッドたちの姿を見てタオ老師がゆっくり話し始めた。


「久しいな、儂の顔を忘れたか? タオだ。以前、怪我をして動けなかったワイバーンの子を助けた老いぼれよ。少し、お主たちに頼みがあってな。年寄りの頼みだと考えて聞いてはくれぬか?」


 ワイバーンはタオ老師の顔をマジマジと視ると「思い出した」と言いたげな言葉を口にした。


『あの時の老師か、久しいな。恩着せがましく姿を見せたところから私たちの翼が必要なのか? 拒否させてもらおう。老師には恩がある。それは確かだ。だが、下等種と慣れ合う気は一切ない。品が落ちる』


 タオ老師はワイバーンの言葉を受けて、「それでも――」と食い下がった。


 だが、ワイバーンの言葉に変わりはなかった。


『老師よ、くどいぞ! 貴様等、人間は勝手に秘境を荒らしては切り開こうとする傲慢な存在だ! 私たちの素晴らし住処を失くす原因の一つだ! 去らぬなら血液魔法で灰にするぞ!』


 ワイバーンは口に強烈な「炎の球」を浮かび上がらせると放とうとした。


 そこにヴァンの抑止を振り切ったブラッドが口を開いた。


「黙って聞いていたら好き勝手言いやがって! 俺たちはお前たちの住処を守るために戦おうと決意して来たんだ! なのに、やれ『下等種』だ、『傲慢』だ言いやがって! お前が一番、傲慢だって言うんだ! クソトカゲ!」


 ブラッドの悪態でワイバーンは目を黒色から怒りの赤色に変えた。


 そのまま咆哮をあげると、怒りの全てを口にした。


『この私を馬鹿にするとは良き度胸だ! 下等種でそこまでいうなら、私の一撃を耐えてみせよ!』


 ワイバーンは翼を羽ばたかせると大きく後方に下がった。


 そのまま炎属性の上級血液魔法を口の前に展開した。

 

 凄まじい炎の熱で森林が燃え上がる。


 熱で陽炎が見え、ブラッドたちは気が遠くなりかけた。


 だが、タオ老師が一喝すると、ブラッドに話しかけた。


「こうなったら、ブー君! 儂と共に上級血液魔法を防ぐ魔法を張るのじゃ!」


「俺は防御系古代魔法、得意とは違うんだが?」


「お主が蒔いた種じゃ、儂が補佐に入る! ヴァンは儂とブー君の背中から決して出るでないぞ!」


 血液異常を起こして血液魔法が使えないヴァンは魔法合戦になると手も足もでない。


 ヴァンは自身の無力さを『不甲斐ない』と感じながらも、「解りました!」と前向きに捉えて返答した。


 ブラッドは右手親指を軽く噛み切ると左腕の紋様に擦りつけた。


「クソジジイ! 本当に、補佐は大丈夫なんだろうな!」


「ブー君は儂を信じないのか!」


「一応、信じてやるよ! 出ろ! 守護者(ガーディアン)の(・)盾(シールド)!」


 ブラッドが左手を前に突き出した。


 すると異空間が出現して、人一人守れる程度の大きさをした銀色に輝く長方形をした分厚いカーボン製の盾が出現した。


 ブラッドが扱える上級古代魔法の中で唯一の防御魔法。非常に陳腐でブラッド自身、扱えるものとは違うと考えていた。人一人を守るならじゅうぶんな防御力を誇っている。「カーボン」の概念がない世界で軽くて屈強な盾を扱えるのは素晴らしい優位性だ。


 だが、ブラッドは自分自身しか守れない「守護者の盾」に意義を見いだせなかった。


 セティンを失った時からブラッドは弱い自分自身を徹底的に叩き直した。


 その過程で偶然に得た防御系上級古代血液魔法をブラッドは「弱虫が使う魔法」と決めつけていた。


 その古代魔法を使う時が来るとはブラッド本人は思いもしなかった。


 タオ老師も右手親指を噛み切ると左腕の紋様に擦りつけた。


 そのまま、左腕をブラッドの右脇に押し付けると、「魔法(マジック・)増強(ブースト)!」と唱えた。


 タオ老師が行ったのは「魔法増強」と呼ばれる古代血液魔法の中でも珍しい補助魔法だ。


 相手の体内に自身のプラーナを送り込み、発動している血液魔法の効果を何十倍も引き上げる効果を持つ。


 タオ老師の「魔法増強」によりブラッドの「守護者の盾」は何十倍も強化された。


 人一人しか守れない大きさだった盾は巨大化して人三人を守る巨大な盾と変わった。


 ワイバーンはブラッドたちの行動を見て、歓喜に満ちた声をあげた。


『下等種なりに面白い! AB型の古代血液魔法をそこまで操る小物を初めて見た! 私の業火と下等種の盾! どちらが優秀か試させてもらおう!』


 ワイバーンは口に五芒星の魔法陣を浮かび上がらせると上級血液魔法「獄炎(ヘルズ・)の(フレイム・)業(ヘル)」を解き放った。業火の渦が「守護者の盾」に直撃した。


 凄まじい熱でカーボン製の盾が解け始める。


 タオ老師の「魔法増強」で何十倍も強化した「守護者の盾」も「獄炎の業」を受けてドンドン溶かされていく。


 ブラッドは自身のプラーナで作り上げた盾が溶かされ圧倒される手応えを感じていた。


「クソジジ! もっとプラーナをよこせ! 奴は本気で俺たちを焼き肉にするつもりだ!」


「美味しそうな例えをするのぉ! だが、儂のほうも手一杯じゃ! 今以上のプラーナ供給は不可能じゃ!」


「守護者の盾」が溶かされ、あわや、「もう破られる!」といった直前で。ワイバーンの「獄炎の業」の効果が切れた。


 ブラッドたちは大きく安堵の息を吐いた。


 ワイバーンはブラッドたちを見ては自尊心の高さはそのまま、話をした。


『私の上級血液魔法を抑え込んだ下等種は貴様等が初めてだ。私たちは決して首を垂れない。だが、友なら共に空を駆ける力を貸そう。傲慢な下等種よ。私たちと親睦を深める潔さはあるか?』


 ブラッドは『何が親睦だ』と内心吐き捨てた。


 どう考えても下っ端扱いしかしないと察しがついていた。


 だが、今のブラッドたちにはワイバーンの言葉に乗る以外に方法はなかった。


「解った、お前たちの親睦はこの男、ヴァン・ウィズ・フォレスターが担当する。

コイツは凄く気前が良い男でな。お前たちを邪険に扱うことはまずない。なぁ、ヴァン?」


「ブー君、いきなり僕を担当にでっちあげるなんて酷いよ!」


 小声で文句を垂れて来たヴァンに対してブラッドは肩を組んで小声で返した。


「お前は血液魔法が使えない。でも、半魔の血があるから魔物には好かれやすい。

その特徴を今、活かさずいつ活かすんだよ!」


 ヴァンはブラッドの言葉を聞いて「そうだけど……」と口ごもった。

「お前には守りたい者がいるんだ。今、少し見栄を張っておけば後は楽勝だぞ?」


「ブー君には敵わないよ」とヴァンが語った後、ワイバーンの前に出た。


「僕がヴァン・ウィズ・フォレスターだよ! ワイバーンさんたちと親睦を深める

なら僕が適任だ! 是非、仲良くして欲しい!」


 ワイバーンはヴァンを見ると、喉を鳴らした。


『珍しいな。半分が人間で半分が魔物の存在か。ならば、信用もできるというものだ。友よ、なぜ、私たちの雄大な翼が必要か話せ』


 ヴァンが人間の世界で起きている戦争について簡単に話しをした。


 ワイバーンは喉を鳴らしてはヴァンの言葉に返した。


『帝国とやらを放っておくと私たちのアナルタシアも怪しい訳か。全力で対処する必要があるな』


 ワイバーンが咆哮をあげた。


 耳をつんざくような大音量の声にブラッドたちは耳を塞いだ。


 すると、上空に色鮮やかなワイバーン族が五十体から姿を現した。


『私たちの背を貸してやる。乗る者の準備が出来次第、背に乗るが良い』


 ヴァンは「わぁ、ありがとう!」と満面の笑みを浮かべた。


 タオ老師はワイバーンにサハギン族も乗る旨を話した。


 すると、ワイバーンはなぜか心底楽しそうに話しをした。


『面白い下等種だ。秘境に住む住人と仲が良いとは変わっている。だが、同胞が背に乗るのを断る理由はない』


「なら、儂は一足先にワイバーンの背に乗せてもらい、サハギン領まで行くとしよう。ブー君とヴァンは先に戦場に行くがよい」


 タオ老師が告げると、ワイバーンの背に飛び乗った。


 ワイバーンはタオ老師が乗ったのを確認すると、両翼を羽ばたかせ、上空へと舞い上がった。


 ブラッドたちは後から来たワイバーンの背に乗って、戦場となるサウザント渓谷に向かった。


 戦場がどうなっているのか?


 大切な者たちは無事なのか?


 フェニアに対してどう対応すべきか?


 ブラッドが考える内容は山ほどあった。


 だが、向かってみないと解らないことだらけだった。


 ブラッドとヴァンはお互い、想うところがあり、無言でワイバーンの背で流れる風景を眺めては考え事にふけっていた。

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