第49話 想い
作戦会議の後、ブラッドは王宮内にあるアガーテの部屋を訪ねた。
ブラッドはアガーテの部屋が解らなかった。
かつて、王宮の掃除当番や雑務で仕えていた身でありながらアガーテの存在を知らないブラッドからしたら彼女の存在は不思議だった。
従者に一応、男装しているので「王子の部屋何処っすか?」と確認すると西側塔だと教えてもらった。王宮内でイフマールの寝室があるのは東側塔、正反対の方向にアガーテの部屋はあった。
ブラッドはアガーテが持ち出した約束の答えをどうしたものかと考えながら、西側塔へと向かった。
アガーテの部屋はイフマールの寝室同様に巨大な木製扉で封鎖されていた。
ブラッドは門兵に「呼ばれて来たブラッド・エル・ブロードです」と話した。
門兵はアガーテから話を聞いていた。
ブラッドが来た内容をアガーテに伝えると「中に入れ」と促した。
ブラッドは巨大な木製の扉を少しだけ押し開くと、身を滑り込ませた。
部屋の中は綺麗に片づけられていた。入口に対して真正面に窓があり、レースのカーテンがかかっていた。左側にはお姫様が使っていそうなキングサイズのベッドが設置されていた。アガーテは性別が女性だから、表現としては正しい。「だが、男装しているから問題があるのでは?」とブラッドは感じた。右側には本棚と衣装ケースがあり、綺麗に整頓されていた。
部屋の中をザッと見渡してアガーテの姿がなかった。
ブラッドは「おかしい」と考えた。
「おい、アガーテ、俺だ。約束通り来たぞ」
ブラッドが少し面倒臭そうに話した。
すると、ブラッドの背後に人の気配を感じた。
ブラッドが本気になれば即座に鳩尾へ右手の掌底を叩きこまれる愚かな行為だ。
だが、ブラッドは気配の質から敵意、殺意の二つがないことまで察した。
「だーれだ!」と目を隠して来た大馬鹿者に対してブラッドは少し笑って返した。
「男装王女様だ。お前なぁ、まさかこんな子供の遊びがしたかったから俺を呼んだのか?」
「男装王女って呼ぶな! 僕だって好きで男装しているわけではないんだい!」
ブラッドの両目を隠していた華奢でしなやかな手が開かれた。
ブラッドが振り向くとそこには絶世の美女が立っていた。
金髪ショートヘアを綺麗に整え。軽く化粧をしたナチュラルメイクが良く似合って
いた。服装は白色のワンピース姿に黒のニーソックスと王宮での暮らしではゆとりを持つ時間だけに許された姿だった。胸のさらしは外されており、ふくよかな胸が白色のワンピースを押し上げていた。
「……、お前、誰?」
「失礼な奴だね! アガーテだよ! 僕の私服をせっかく見せてあげようと思って呼んだのに失礼な人だよ!」
アガーテは頬をリスの如く膨らませては文句を語った。
ブラッドは少しシニカルな笑顔を浮かべるとアガーテに向かって話しを切り出した。
「お前が俺を呼んだのは私服もあるが『レジスタンスの基地内で話た答えが気になったから』だと思ったんだが? 俺の検討外れか?」
アガーテは顔を真っ赤にしては両掌で隠すと「そんなにハッキリ言わないで」と頭(かぶり)を振った。
ブラッドはサウザント渓谷以来、アガーテの態度と成長の姿を目の前で見て来た。
「アガーテ、答えを聞かせてやるから手を退けろ」
ブラッドは優しく、でも、意地悪そうにアガーテに言い放った。
アガーテは「お願いします!」と顔を真っ赤にしながらもブラッドの丹精な顔を真っ直ぐ視た。
ブラッドは慣れた手つきでアガーテの細い顎を上に右手で持ち上げると――、口付けをした。
触れるだけの口づけ。
でも、アガーテにとっては大変重要な出来事だった。
ほわほわと夢でも見ているような表情をしてアガーテはゆっくり語った。
「今のキスは……、男装して逃げてばっかりの頼りない半端者の僕でも、君の側に立てる。そうなんだね?」
「俺は罪を犯している。だが、アガーテの前向きさは俺に罪を背負ってでも前に進む勇気をくれる。だから、お互い、辛い身ではあるのは知っている。でも、俺はお前の罪を背負ってでも生きたいと願った」
アガーテはブラッドの手を取ると祈るように話した。
「僕は情けない王族だ。でも、君がいてくれるだけで救われる――」
言葉は短かった。
でも、込められた想いをブラッドは確かに受け止めた。
ブラッドの心には確かにセティンが今でも生きている。アイナは愛おしいセティンの生き写しだ。そんなアイナの胸中を知ってブラッドは戦いながらも頭の中で必死に己の答えを導き出そうと考えに考えた。
結果、一つの真理を知った。
タオ老師がいつも口を酸っぱくしてブラッドに言い聞かせていた話の意味がやっと解った。
『逝った人間の代わりはいないんじゃ。心の中に本人の微笑みが生き続ける』
ブラッドはセティンの想いを抱いたままアイナの願いを受け入れる等どうしてもできなかった。
だが、そこに己の未熟さを知りながら前に歩み出ようとする悲運の女性がいた。
女性は性別からアルデバラン大陸に受け入れられていなかった。それでも、現実から目を背けていた時から変わろうと必死に戦い、己の変化を望んでいた。
ブラッドは女性、アガーテのもがきを肌身で感じてきた。
だから、アガーテの支えになりたいと同時に、「自分も過去と決別すべきだ」と考えついた。
ブラッドの決意は容易なものとは違った。
何年も本人を苦しめ、罪の意識を植え付けていた根源であり、大切に想う妹との絆だ。
絆を捨てるのではなく、共に歩む糧に変換するだけでも、相当心の整理が必要だった。
心の整理を手伝った意味でアガーテの存在は大きかった。
「俺の心はアイナを選ばなかった以上、非常に折れ易く、脆いぞ。アガーテ、こんな俺の支えになってくれるか?」
「僕は君の支えになりたかった。同時に君も僕を支えて欲しい――。お互い、臨まれない不運に恵まれた身同士だ。傷を舐め合うのではなく、手を取って前に進める関係であろう」
アガーテがブラッドに華奢な身を預けた。
ブラッドはアガーテの身を抱くと「今だけはこの温もりを感じていたい」と心から願って時が過ぎ行くのを惜しいと心から思った。
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