第41話 暴露
レジスタンスのキャンプ地放棄が決まり、撤収準備が進む中、ブラッドは洞窟の端に座って身体を休めていた。
後、幾何もしない内に、激しい戦いがブラッドとヴァンを待っている。
生きて帰られる保証はない。
だが、言い出したのはブラッドだ。
言い出した責任をとる必要があった。
ブラッドが考えを巡らせていると、アイナがブラッドの前に姿を現した。
「少しいいですか?」
「良くないって言っても話すつもりだろう?」
「話が早くて助かります。失礼な話になりますが、ヴァンさんからブラッドさんの昔話を聞きました。大切な妹さん。セティンさんの事も――」
ブラッドは「あの馬鹿――」と吐き捨てた。
「私のことを昔の妹さんと照らし合わせている節があるとヴァンさんから聞きました。そんなに私はセティンさんに似ていますか?」
ブラッドは観念したように吐き捨てた。
「憎たらしいほど似ているよ。顔立ち、行動、信念。全てが生き写しだ。もし、セティンが生きていたらと思う度にやりきれなくなる」
「なら、私を『アイナ』ではなくずっと『セティン』として見ていたのですか?」
「そうだ。何かある度に思い出される記憶が憎い。全ての罪を背負った俺に対する嫌味でしかない」
アイナは言い切ったブラッドの頬を屈辱に歪んだ表情をして右手で渾身の力を込めて打(ぶ)った。
打たれたブラッドはアイナがこんなにも屈辱に表情を歪める姿を見せるとは思わなかった。
「馬鹿にしないで下さい! 私はあなたの後悔の塊ではない! 一人のアイナと名のある別人です! ブラッドさんが犯した過ちの果てを私は知っています! だからといって他人に面影を重ね、本質を見ようとしない男性は最低です!」
「確かに俺は最低だ。お前に対して申し訳ない感情を抱いたと自覚している。だが、そこまで怒る必要はないと思うが?」
「あります! ここまで親身に話を聞いて下さったヴァンさんとブラッドさんに特別な感情を持っては駄目なのですか!」
ブラッドはこの時、アイナの口から洩れた本心を聞いて察した。
アイナはブラッドとヴァン、両方に淡い想いを抱いてしまったのだと――。
秘めた想いを口にしたアイナに対してブラッドは冷徹な言葉を口にした。
「俺に想いを口にするくらいならヴァンにしてやれ。俺はさっきお前が語ったように最低の男だ。しかも、妹の面影を重ねた相手に今更、どんな顔で向き合えと言うんだ――」
ブラッドの吐き捨てた言葉を聞いてアイナは面くらった表情をすると、目尻に涙を浮かべて駆け去った。
ブラッドはアイナに対して採った自身の行動が「最低だ」と自覚していた。
アイナが駆け去ったのを見てアガーテが駆け寄って来た。
「ブラッド、アイナ、泣いていたみたいだけど、何かあったの? 相談なら乗るよ? 僕、前もブラッドに話したよね。僕を頼ってくれていいんだよって――」
「アガーテ、俺はどうしたらいいんだ? 実の妹と同じ感覚で見ていた娘から告白されて冷たくあしらう自分は最低だとしかいいようがない」
「アイナ、そっか。口にしたんだね」
アガーテは首を力なく垂れるブラッドの横に身を寄せて座った。
アガーテからは女性特有の甘酸っぱい匂いがしてブラッドの心はドクンッと高鳴った。
忘れそうになるがアガーテは女子だ。男装をしているだけの女の子で、本当は恋も自由にしたい年齢だ。だが、イフマールの意向で男装している身だった。
ブラッドは金髪ショートカットの男装女子に話さなくても良い内容まで口にした。
「俺はどうにも女性が苦手だ。ジュノでも女子と話す機会があるが、どうしても冷たく接してしまう。男性なら問題はない。だが、女性となると壁を作ってしまうんだ」
話を聞いたアガーテは細い顎に手を当てると真剣に考えた後、言葉を口にした。
「なら、僕で試してみるのはどうかな? 僕は見た目、男性だよ。でも真実を知るのはブラッドと家族だけだ。だから、僕と内緒で交際してみるっていうのはどうかな!」
「お前、よくそんな恥ずかしい言葉を平気で言えるな。俺だったら首吊って血の涙を流しているところだぞ?」
「ぼ、僕だって内心、平気とは違うよ! ブラッドだから勇気を振り絞って提案したんだよ! 僕は逃げてばかりの弱い奴だ。だけど、ブラッドをみていると自然と力が湧くんだ! 前を向けるっていうかさ――。そう、元気をくれる尊い存在って例えたらいいのかな? サウザント渓谷以来、僕はずっと、ずっとブラッドを見て来た。だから、僕はブラッドが好きなんだ――」
「好き」と言い切ったアガーテは破顔してフニャリと柔らかい笑顔を見せた。
ブラッドはその表情は男性とは違う女性的で包容力のある大きな存在だと感じた。
ブラッドはこの場面で二人の異性の間に立たされた。
一人はアイナ――。妹の面影を持つ芯のある女の子。
もう一人はアガーテ――。男装をしているが内面は非常に女の子らしい優しさを持った娘。
ブラッドはアガーテに申し訳なさそうに答えた。
「答え、少し待ってくれ。このレジスタンスの殿を務め終えたら絶対に答えを伝える。生き残ってアガーテの元に帰るから答えはその時まで待ってくれ」
アガーテは「やっぱりそうなっちゃうよね」と微笑むと立ち上がって元気良く語った。
「なら、殿をしっかり務めてね! ブラッドが負けると僕たちまで帝国軍に追われることになる! 僕を想うなら存分に戦って僕の元に帰って来て!」
「言われなくてもそうするぜ。お前、だいぶ前向きになったな」
「ブラッドを見ているから――」とアガーテは頬を朱色にして首を可愛らしく傾げた。
ブラッドは「男装の意味ないぞ」とアガーテに注意すると、意を決して、レジスタンス本隊撤収準備が完了するまで自分の心を落ち着かせる瞑想に入った。
『何が何でも生き残る』と強い信念を持って、ブラッドは自身を高めていた。
二人の想い人の元に帰るために、この戦いが踏ん張りどころだと自覚していた。
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