激動
第42話 殿の務め
七月三十一日――。
時刻は暁時の午前五時。
レジスタンスはプシャーン河を目指して誰一人欠けることないように結束を固めて、首都コーメルを出発した。
人数にして千人からの大移動。
各支部にいるレジスタンスも通信機器を使って入念に話を付け、アイサット王国に向けて亡命を開始する内容が決定していた。
アイナとアガーテは重要な役割を担う指揮者として先頭にたち、部隊を率いていた。
殿はブラッドとヴァンが務める話でまとまり、二人は国境近くの平野で待機していた。
熱気を帯びた風がブラッドたちの髪を撫でた。暁の光は眩しく平面大陸の地平線上から姿を現していた。真夏だけあり、朝一番から虫たちの威勢の良い鳴き声が平野に鳴り響いていた。
ヴァンが準備運動をしながら遠ざかって行くレジスタンスの一行を見ながら明るく話した。
「僕たちってやっぱりこんな形が何だかんだで一番しっくりくるよね! ブー君は怒るかもしれないけど、大人しく騎士団が到着するのを待つなんてまどろっこしい時間を過ごすより、少数精鋭で叩くほうが好きだもんね!」
「まるで俺が暴れん坊みたいな表現をするな。違うぞ、俺は冷静に考えて、二人で戦ったほうが被害は少なく最大の効果を生み出すと考えたからこうしただけだ」
「信頼してくれてありがとう」とヴァンはニシシッと笑った。
ブラッドはヴァンがここまで自分自身に笑いかける日が来るとは思ってもいなかった。
出会いは最悪だった。
だが、今ではヴァンがいなければ背中を安心して預けることが出来る奴がいない状態だった。ブラッドは深くヴァンを信じていた。
そんな二人だから喧嘩する時があっても直ぐに打ち解け合い、仲直りをして、お互いの腹を割って話せた。だから、今日までお互い生き残れた。
そんな二人が最大の戦いに臨もうとしていた。
はなから増援など、期待していない。
二人で万からの大軍を叩き潰すつもりだった。
遥かかなたから地響きが聞こえて来た。
腹の底まで響く轟音にブラッドは右掌で鼻を擦り上げた。
ヴァンは短髪を撫でると拳を打ち鳴らした。
平原の十フィールド先にはファイント帝国の旗ウロボロスの紋章を印した紫色の軍旗が数多に観えた。
ブラッドは一言だけヴァンに助言をした。
「今回だけ、魔族の血に飲まれても何も文句は言わないでおいてやる。存分に暴れて来い!」
「ブー君こそ、僕を巻き込む古代血液魔法を使っても泣かないから存分に使っていいよ!」
二人は右腕と左腕をコツンッと当てると待たずに全速力で駆け出した。
「最強コンビの登場だ! 逝きたくない奴は武器を捨てて帰りやがれ!」
「今日の僕は容赦なしだよ! 痛いでは済まないから覚悟してね!」
二人対三万人の大喧嘩が始まった。
ファイント帝国軍主力装備はアイサット王国に酷似していた。剣に槍、ナックルガードを持つ兵士が大多数を占めていた。
だが、アイサット王国と大きく違うのは古代エクラ人が使用していた機械文明の武器を使用するところだ。
その大きな点として「長銃」と「拳銃」が広く普及していた点が挙げられた。
また、動力源は血液魔法のプラーナで動く戦車も戦闘に導入されていた。
数は非常に少なく三十台で総数だった。
だが、巨大な砲塔から放たれる炸裂談は戦況を変えるだけの威力を持ち、厚い鉄板を重ねて張った装甲は強力なアイサット王国の血液型魔法にも耐えうる防御力を
有していた。
文明に明るいファイント帝国ならではの装備を見ても、ブラッドとヴァンの勢いを殺せる者はいなかった。
ヴァンは接近戦で三六〇度から攻撃をされても器用にかわし、反撃に肘打ち、足払い、跳び蹴りと変幻自在の動きで翻弄しながら一撃必殺の体術を放っていた。
ブラッドは冷静に相手の動きを読んでのカウンターアタックを放っていた。
拳銃を構える機工兵(マシーナリー)がいるとブラッドは一瞬で懐に入り込む。勢いはそのまま右側面に回り込むと長銃な銃身を掴んで捻り上げ、引き金を引けない状態に持ち込み、長銃を手から素早く抜き取っていた。
拳銃の場合、ファイント帝国の拳銃の構造がフェニアの見解でブラッドのオートマチック拳銃と酷似しているところから簡単に対応した。引き金を引く前に右手中指と人差し指でグリップの間を挟み込んで、隙間を作る。そこから指をねじ込んで一八〇度回転させることで人差し指を強制的にトリガーから外して、引けないようにする。握力が弱まったところを右手全体で掴んで取り上げる。一連の動作を二秒に間に行い、拳銃を無力化させていた。
この拳銃を無力化させる術はタオ老師からブラッドは教わった。
「自身が持つ武器の長所を知る必要があると同時に弱点も知る必要がある」と言われ実際にされたことがあった。タオ老師は一連の流れを「解体(バラシ)」と呼んでいた。
ブラッドが「解体」を行った拳銃をヴァンに向かって投げた。
ヴァンは拳銃の使いかたを実際にブラッドの「コヨーテ&ベイロウ」を使って実戦した経験があった。
だから、即席でも拳銃の扱いには長けていた。
ヴァンが拳銃の照準を絞ってプラーナを火薬代わりに鉛玉を発射した。
初めてヴァンは帝国製の拳銃を使った。感想は「こんな威力がない拳銃で大丈夫?」だった。
ヴァンはブラッドの破壊力抜群の血液魔法を「拳銃」だと認識していた。
だから、機工兵の持つ汎用機械の威力が余りにも弱いことを心配した。
実際は殺傷能力が高く、甲冑を着込んだ人間に対しても甲冑上から損傷をあたえることが可能な威力を持つ兵器だ。
だが、古代エクラ人が使って以来、アルデバラン大陸に復刻した拳銃の威力として性能劣化は否めなかった。
ヴァンはブラッドのオートマチック式拳銃を模倣した帝国の拳銃を掃射した。
マズルフラッシュが戦場の中パッと花火のように光り輝く。
次の瞬間には機工兵に対して鉛玉が叩きこまれていた。
機工兵はまさか、自身の国の兵器がまだ存在も知られていない蛮族に使われるとは考えもしなかった。
苦悶の声を出して、戦場に散っていった。
ブラッドは戦場を華麗に駆け回った。一対五でもブラッドには負ける要素は全くなかった。
圧倒的な体術と敵の攻撃を先読みする攻撃予測能力は長年に渡って鍛え上げられた鍛錬の賜物だった。珠玉の体捌きは圧倒的で、みるみる敵を叩きのめしては地に伏せていった。
ヴァンも相応にして怪物だった。ブラッドのように冷静に相手の動きを読んで行動する理知的なところはなかった。だが、野生感に溢れた行動と勘を頼りに動く素早さは敵兵をかく乱させるにはじゅうぶんだった。驚異的な身体能力から叩き出される体術は雄々しく王者の貫禄があった。
たった二人の快進撃に帝国兵の士気は削がれていた。
ファイント帝国は敵国のアイサット王国を攻めるために虎視眈々と機を狙っていた。
準備に抜かりはなく、相応に強力な装備も整えた。
部隊の士気も高めた。
兵の習熟度も上げた――、はずだ。
だが、目の前に立ち塞がる「たった二人の野蛮な存在」にファイント帝国の兵士たちは恐怖感を刷り込まれていた。
「このままでは、帝国側がたった二人の蛮族に圧倒され瓦解する」
ファイント帝国兵士全員が同じ危機感を抱き始めていた。
そんな時、戦場に一人の男が姿を現した。
フェニアだ。
フェニアは戦場を我が物顔で荒らし回るブラッドとヴァンを遠くの高み台から傍観しては吐き捨てた。
「つまらねぇなぁ。天下を我が物にしようって立ち上がった帝国様の兵士が、たった二人の野郎に押されるなんざ、観ていてつまらねぇ。ここは俺様の出番になるのかぁ? そうなのかぁ?」
フェニアの姿は激しい戦場に対して軽装をしていた。甲冑に身を包むわけではなく、胴だけをメタル。プレートのメイルで着込んでいた。脚部は戦場を駆け回れるように無駄を廃し、必要最低限の防具で身を固めていた。額には黒鉄製の額当てを装備していた。
「フェニア様、戦況は我が軍が不利にあります! どうか出陣して二人の蛮族を仕留めて下さい!」
兵士の内青年兵一人がフェニアに懇願して来た。
フェニアは青年兵に対してニンマリと嫌な笑顔を浮かべると、語りかけた。
「俺様に対して『出陣しろ』と命令するのか? 貴様は俺様に対して命令ができる立場なのか?」
フェニアは青年兵の首を右手でがっしりと掴み上げた。
フェニアは心底楽しそうに「回った!」と話した。
すると、青年兵の首が九十度右側に回転した。即死だった。
青年兵はどす黒い血を口から吐き出すとそのまま絶命した。
フェニアは青年兵が絶命した姿を見て、「あらぁ、逝っちゃったぁ」と壊れた玩具を見る言葉を吐いた。
フェニアの常軌を脱した言葉を聞いた兵士たちは全員が身を震わせた。
そんな中、人一人を殺してご満悦なフェニアは帝国兵たちに命令を下した。
「そんな腑抜けた姿を俺様に見せないで欲しいなぁ。せめて、傷を負わせるくらいの役割は果たして欲しいぜぇ」
フェニアの冷淡な口調に全員が肝を冷やした。
同時に、ブラッドとヴァンに傷を負わさない限り、自分たちが殺されると激しい危機感を抱いた。
想いが入り混じった戦場で、激しい戦いが始まった。
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