第43話 作戦変更

 陽が高くなり始めた午前九時――。


 ブラッドとヴァンが殿を務め初めて四時間が経過した。


 二人は決死の戦いで、三万人からの大軍相手に善戦していた。


 そんな二人に対して、帝国軍兵士たちはあの手、この手で攻めて来た。


 機工兵隊による拳銃による狙撃や、戦車を導入した砲撃と戦場は混乱を極めていた。


 ブラッドとヴァンは押され始めていた。


 当然の結果だ。


 三万の敵に対して二人で挑むのが馬鹿な話だ。


 だが、二人の心は折れていなかった。


『まだ全力を出し切っていない!』と二人の心は猛っていた。


 ブラッドは傷を負った身体の血を右親指ですくうと左手の紋様に擦りつけた。


 その上でヴァンに向かって腹から力を込めて叫んだ。


「ヴァン、俺は全身全霊でこの戦いに臨む! お前も全力でぶち当たれ!」


 激しい砲撃の中、ヴァンは身を翻しながら答えた。


「わわッ! ブー君が本気を出すんだ! 僕も負けていられないぞ!」


 ブラッドは上級血液魔法の中でも自身で使わないように決めていた、「召喚魔法」を使うことを決心した。


 古代エクラ人はあらゆる存在に神が宿ると考えていた。その中でも究極に位置する考えかたが「属性神」の存在だ。


「属性神」とは言葉の通り、炎なら「炎属性の神を創造する」行為をエクラ人たちは行っていた。創造した神は強大な力を持ち、秘境アナルタシアを切り開く力となった。その力を使役する手段を『召喚術』と呼び、エクラ人たちが創造した神を呼び起こす手段として利用された。


 ブラッドは召喚術が一種類だけ使役できた。


 一種類だけといえど、その破壊力は想像を絶するものがあった。


 ブラッドはタオ老師と修行を積む中で、召喚術を体得するのに成功した。


 だが、実際に使ってみてその圧倒的な力と制御の難しさに度肝を抜かれた。


 以来、ブラッドは召喚術を自身の中で禁忌として扱い、封じてきた。


 だが、殿を務める今、レジスタンスが無事にアイサット王国に渡るまで最低でも六時間は戦い続ける必要があった。


 そんな極めて達成が困難な状況で普通に戦っていたら確実に押し潰されてしまう。


 だから、ブラッドは押し潰される前に敵兵を叩き潰す考えを実行に移した。


『血は肉から生まれ、その身に宿る。肉は肉から生まれ語り継がれる。語り継がれし中には命が宿る。命は全ての者に平等に与えられ、育まれる。育む命を守りし者、その名を「神」と呼び永遠を生きる力となる! 天を穿て! 機械王アレキサンダー!』


 ブラッドが属性神起動の詠唱を力強い声で言い放った。


 ブラッドは左腕を天に突き上げた。


 すると、晴々と透き通った夏空が徐々に雲で覆われ曇天に替わる。


 替わった曇天から雷の轟音が戦場に響き渡る。


 場の空気が異常だと、ファイント帝国兵全員が勘づいた。


 その時、ブラッドが天にかざした左腕から一筋の光が曇天に向かって放たれた。


 光を受けた曇天にどす黒い血の色で六芒星が浮かび上がった。


 そこから、巨大な「城」が姿を現した。


 着地の轟音で大地が激しく揺れた。


 全長二十フィットからなる機械仕掛けの城が忽然と戦場に姿を現した。右腕と左腕にはゼンマイ式の稼働部分が見受けられた。頭部は城の頂上になっており赤い二つ目が輝いていた。横幅が全長よりあり五十フィッツの横幅があった。


 動力には術者ブラッドのプラーナが使われており、歯車をクルクル回しながら動くその姿は過去アルデバラン大陸を支配したエクラ人たちの英知が使われていた。


「属性神」の中でも「機械」に携わる属性神を創り出したエクラ人の技術力がどんなに強大だったのか想像するだけで現在とは圧倒的に差が開いていると察せられた。


 ブラッドは召喚した機械王に命令を下した。


「王に逆らう愚か者に天罰を下せ! 裁き(ジャッジメント)の(・)閃光(ビーム)!」


 ブラッドの命令に対して、機械王は駆動音を激しく鳴らして応えた。


 城を模倣した姿からはとても予想できない軽快な動きで両腕をガツンッと胸の前で合わせると、大地に深く両腕を突き刺した。そのまま、人間で示すなら口の位置にあたる壁を下側にスライドさせると巨大な砲口が姿を現した。


 砲口に力が機械王に宿された莫大なプラーナが収束されると、一閃の光を放った。


 光は大地を切り裂き、線を入れた。


 次の瞬間には、閃光が放たれた大地が爆炎をあげて炎燃え上がった。


 地獄の業火を現代に再現した風景は、兵士たちの戦意を削ぐのにはじゅうぶん過ぎる効果があった。


 業火を見て、その場に尻餅を搗く者。


 武器を放り投げて逃げ出す者。


 果敢に戦いを挑もうとする者と、兵士たちの行動はどれも一貫性が無かった。


 だが、ブラッドからしたらじゅうぶん過ぎる効果を発揮していた。


 ここまで敵兵の戦意を削ぐ結果を残せれば、後は自分たちが撤退するだけで事は簡単に終わる。


 ブラッドは敵兵たちが慄くすがたを確認してヴァンに声をかけた。


「ヴァン、作戦変更だ! 頃合いを見計らって退くぞ! 時間的にはまだ稼いだほうが良い! だが、相手さんの戦意のなさはじゅうぶんだ! これなら俺たちが退いても問題はない!」


 ヴァンは敵兵を強烈な右掌底の一撃で叩き伏せながら話した。


「ブー君、いつもながらやり過ぎだとは思うけど、退けるならひこうよ! 今以上は流石に厳しいや!」


 流石のヴァンも体力と魔族の血を抑える理性の狭間で限界が来ていた。


 ブラッドは召喚した機械王にもう一撃だけ、「裁きの閃光」を放てと命令を下そうとした。


 その時、敵兵の中から一人の男性が人間離れした跳躍を見せ、機械王に攻撃を仕掛けた。


 ブラッドは機械王に攻撃を仕掛けようとする男の姿に見覚えがあった。


 フェニアだ。


 ブラッドが感づいた時にはフェニアは右手に装着したカキヅメで機械王の頭部から

腹部までを豪快に掻っ捌いていた。


 あり得ない現実だった。


 機械王はプラーナの塊だ。


 莫大なプラーナの塊に対して、通常攻撃が効果を表すはずがない。


 だが、フェニアは実際に機械王に損傷を与えた。


 その非現実さにブラッドは驚愕した。


 圧倒的な存在感と破壊力を秘めた「属性神」の機械王が自身の身体を構築できなくなるまで損傷を受けて苦悶の声をあげた。


 ブラッドは初めて機械王が敗北する姿を見た。


 ブラッドの驚愕はヴァンにも伝わった。


 ヴァンはブラッドに対して、声をあげた。


「ブー君、あの危ない奴が来たよ! ここは僕と二人で戦おう! そうすれば、必ず何とかなるよ!」


「……、いや、ヴァン、お前は退け。この場は俺が受け持つ」


 ブラッドの言葉にヴァンは「何でだよ!」と否定の声をあげた。


 ブラッドは冷静に理由を語った。


「ヴァン、お前はもう魔族の血を抑えるのが限界に近い。身体も傷を負っている。そんな状態であのオッサンと戦うのは得策と言えない。ここは冷静に考えて退け。俺も直ぐ後を追う」


「ブー君はいつもそう言って約束を守らない! 最後は自分自身で抱え込む! 今回ばかりは駄目だよ! 任せられない!」


 ブラッドは頑なに残ろうとするヴァンに対して烈火の如く言い放った。


「ここでお前が暴走すれば必ず後悔する結果になる! そんな思い、したくないだろうが! だから、大人しく退け! お前のためを考えて諭しているんだぞ!」


「ブー君が僕のためを考えて怒ってくれているのは嬉しい! でも、ブー君はどうなるの! 一人で戦うブー君の自身の負担を考えて話をしている?」


 ブラッドはヴァンの話を受けて優しく微笑んで話した。


「考えているに決まっている。だから、ヴァン、お前は先に退いて、アイナやアガーテと合流してくれ。俺は必ずお前たちと合流するからよ」


 ブラッドの少しひねたような笑いかたを見たヴァンはもう、反抗の言葉が無かった。


 ヴァンはブラッドがひねた笑いかたをする時は覚悟を決めた時で、絶対に譲らない時だと知っていた。だから、「今以上に口論をしても無駄だ」と解った。


 ヴァンはブラッドに対して「絶対だからね!」と短く告げると身を翻し、国境を越えようと逃走を試みた。

 

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