第39話 救い

 日は七月三十日、時刻は午前九時。


 場所は首都コーメル帝国城前。


 二人のアイサット王国国民の公開処刑が実行される内容を朝一番から伝えられ帝国民は全員、城前に集められていた。


 刑の執行役はフェニアが採る形になっていた。


 フェニアは多くの帝国人を集めた後、木製の断頭台の上に立ち、心底楽しそうに演説をした。


「優秀な帝国人たち! 先日、私たちファイント帝国に仇なす、アイサット王国の尖兵を捕らえた! アイサット王国は和平を結びたいと表面上で隣人を気取りながら、私たち帝国の内部事情を調査する兵を密かに送り込んで来たのだ! これは由々しき事態であり、隣人とは良い難い行為だ!」


 演説を聞いていた帝国民たちはざわつき始めた。


 だが、全員が話を信じたわけでもなく、真実を皇帝が捏造していると帝国民全員が知っていながら口出しできない状態だった。


 そんな暗黙の了解を知った上で、フェニアの演説は続いた。


「この事態に対して陛下は心を痛めておられる! 民を想い、帝国を愛する指導者として、尖兵たちには然るべき罰を与えると苦渋の決断をされた! 帝国人よ、奮い立て! 尖兵たちに怒りの鉄槌を下し、アイサット王国に対して毅然とした態度を採るべきだ!」


 ブラッドとヴァンが話の区切りで断頭台にかけられた。


 木製の首輪に首から上を出した状態で膝を突かされると、いよいよ最後の時が近くなった。


 ブラッドはヴァンを何とか出来ないか必死に考えた。


 昨晩寝ずに考えたが、何も思いつかなかった自身に憤りを覚えていた。


 フェニアが小声で「じゃあなぁ」と笑顔で話した。


 ブラッドとヴァンは「ここまで来て――」と諦めかけた。


 その時、白色フードを被った二人組が颯爽と前に出ると右掌に血液魔法「炎の球」を発生させて、一人はフェニアに対して放った。もう一人は断頭台に向けて放った。


 下級血液魔法でも、二人の放った「炎の球」は相応に訓練された者の魔法でフェニアの目を隠すには最適だった。


 フェニアは「炎の球」の直撃を不意打ちの形で顔面に受けて怯んだ。


 その隙に白色フードを被った者は素早くもう一種類の血液魔法を展開した。


 風が白色フードの者を囲むように集まった。


「――フッ!」と一呼吸で白色フードの者は怯んだフェニアに対して下級血液魔法の「風の刃」を素早く放った。


 旋風がフェニアの周囲を囲んで身体を切り裂く。


 痛みでフェニアが苦悶の声をあげた。


 その間にもう一人の白色フードの者がブラッドとヴァンに駆け寄ると、O型固有の魔法「治癒の光」を発動させて弱った二人の傷を癒した。


 断頭台から解放され、傷も癒してもらった二人は聞きなれた凛とした声に「こちらへ!」と促された。


 ブラッドとヴァンは白色フードの者の後を駆けた。


 三人が撤収したのを確認して最後までフェニアに下級血液魔法を展開していた白色フードの者は「水の龍」を勢い良く放った。


 凄まじい水の圧力にフェニアが態勢を崩したのを確認して最後まで残っていた白色フードの者も撤収を始めた。


 ブラッドは自身を助けてくれた者に対して礼を述べた。


 すると、白色フードの者はフードを下ろしては怒った口調で話した。


「何が『信じろ』ですか! 二人共捕まった挙句、もう少しで殺されるところでしたよ! 私たちが動かなかったらどうするつもりだったのですか!」


 ブラッドとヴァンに説教をしたのはアイナだった。


 アイナは路地裏に駆け込むと「帝国兵が追って来る前に――」とゴミ捨て場のゴミを退け始めた。最後に姿を見せた鉄板を退かすと地下への階段が姿を見せた。


 ブラッドとヴァンを先に地下へ通すとアイナはもう一人の白色フードの者を待った。


 駆け込んで来た白色フードの者はフードを下ろしては作戦の大成功を喜んだ。


 もう一人はアガーテだった。


 アイナとアガーテはゴミを元の形に戻すと鉄板を敷き直して地下への通路を塞いだ。


 ここまで来てやっと一息吐けた。


 アイナが「炎の球」の出力を調整して灯りを右掌に灯すと小言を言いながら先頭を歩いた。


「二人ならもしかしたら……、と考えていました。でも、悪い意味でもしかしたらが当たったら本当に駄目ですよ! 捕まって、断頭台行きの結果は最悪のシナリオでした。アガーテ王子から血液魔法を習って訓練しておいたので二人での奇襲作戦を実行しました。でも、私たちが血液魔法を使えなかったらどうするつもりでしたか!」


 ブラッドは「申し訳ない」とアイナに謝罪した。


 アイナはその後もブラッドとヴァンに怒りをぶつけた。


 だが、ブラッドは不思議と苛立たなかった。


 アイナが必死に血液魔法を練習したのは火を見るよりも明らかだった。それにレジスタンスが大人数で来たら本当に人間爆弾で一網打尽にされるところだった。


 ブラッドはアイナの大胆な作戦に感心した。


 また、悪癖でセティンもこうしてよくブラッドを怒った過去を懐かしんだ。


 ブラッドが危ない仕事や無茶をやらかすといつもセティンはこうして小言を母親の如き剣幕で怒った。その度にブラッドは「ゴメン」と謝った。セティンの説教には愛情が籠っていた。


 アイナも同じだと感じるとついつい頬が緩んでしまうブラッドだった。


 そんなブラッドを見てアガーテが不思議そうに話した。


「怒られて笑う人を始めて見た。ブラッドはそんな性癖があったんだ」


「違うよ。こんなにも思われると心が温かくなる。そうだろう? ヴァン」


「僕もアイナさんにこんなに怒られて落ち込んではいるけど、優しい気持ちになれるよ」


 ブラッドとヴァンはアイナにお礼の言葉を揃って述べた。


 アイナは頬を朱色に染めると「小言が足らないみたいですね」と鬼の形相で語った。


 ブラッドとヴァンは無事に帝国城から脱出できた。


 二人の乙女が決死の行動を採った結果、繋がった命だとブラッドだけが知る事実だった。

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