第38話 覚悟

「今日で貴様等の夜は終わりだ。明日の朝には公衆の前で断頭台に上がってもらう」


 ブラッドとヴァンは地下二階の牢獄に捕らわれていた。


 暗闇と微少たる灯りが支配する世界には時計と日にちの感覚が全くなかった。


 度重なる過酷な研究対象としての拷問と、レジスタンスの居場所を吐かせようとする尋問で二人の心はギリギリまで追いつめられていた。


 そんな中でもブラッドは曜日の感覚と時刻の感覚だけは忘れていなかった。


 今日は七月二十九日。


 時刻は二十時だとブラッドは覚えていた。


 明日処刑となる身であるなら、「一層のこと本当に殺せ」とブラッドは考えていた。


 ブラッドは永遠を生きる存在だ。


 首を刎ねられたも生き残る自信があった。


 だが、ヴァンは違う。


 半人半魔で長寿ではある。でも、流石に首を刎ねられたら即死だ。


 ブラッドは「ヴァンだけは生かしてこの牢獄から脱出させないと」と考えていた。


 二人は血液魔法を封じるため、プラーナの力を抑止する頑丈な手錠を背中側で着けられていた。


 足には重さ三十ファット(一ファット=一キロ、以下略)の鉄球が繋がれており、強靭な身体能力を持つ二人でも流石にハンデとなる重さだった。


 ブラッドとヴァンは別々の牢屋に入れられていた。


 二人を同じ空間に入れさせるのを帝国側は神経質なまでに嫌った。


 そこから、帝国側が二人が揃った時の戦闘力が凄まじいと考えているのが伺えた。


 ブラッドはまだ痺れが採れない身体を必死に動かし、呂律の回らない声でヴァンに問うた。


「ヴァン、お前は大丈夫か?」


 真向いの牢屋で俯せになって動かなかったヴァンが身体を引きずって起きると、同じく呂律の回らない声で話した。


「僕は大丈夫だよ。でも、ブー君が酷いね。結構、身体、弄られていたみたいだけど?」


「俺は死なないからな。痛みさえ我慢すればどうってことねぇよ。でも、ヴァン。お前は違う。明日までこの場にいたらお前は死ぬ」


「みたいだね。僕はまだ、死ねないのに……。どうしよう?」


「ヴァン、お前の生きる目的はなんだ?」


「僕の生きる目的はブー君に貰ったんだ。孤独な秘境の洞窟の中で二年前、やっと出会えた家族。信じられる大切な人。それがブー君だ。僕は家族を守るまで死ぬなんて出来ない」


「むず痒いこと言うぜ」とブラッドは吐き捨てた。


 でも、ブラッドはヴァンの言葉の意味が解った。


 人から魔物と忌み嫌われ、家族からも見放されたヴァンがやっと見つけた安住の地。それがブラッドの家だったなど、簡単に想像がついた。


 ブラッドと居ると時のヴァンは無邪気だ。人懐っこく、よく笑った。


 だが、今のヴァンの目は本気で現状を一人で打破しようと考える瞳をしていた。


 ブラッドはヴァンが起こそうとしている内容を感じ取った。


「ヴァン、お前の考えは良く解った。だが、駄目だ。そんなことをしたらお前の自我が戻る保証はどこにもない。俺でもお前を止められる可能性が限りなく低くなる。それに、お前が一番忌み嫌った姿だ。ここで出すな。俺も考えるから――」


 ブラッドが感じ取った内容はヴァンの中に眠る魔族の血を完全に解き放つ手段だった。


 完全に暴走した状態になればこのアルデバラン大陸に存在するどんな生物の中でもヴァンは頂点に立つ。圧倒的な攻撃性と強靭な身体で帝国城を跡形もなく破壊できる。


 だが、ブラッドは「ヴァンがヴァンでなくなる」等受け入れられなかった。


 ヴァンは半人半魔の血で生まれて十五年間も苦しんだ。


 ここでヴァンに頼れば、ヴァンはブラッドのために魔族の血を完全開放する。


 だが、結果は帝国の民にヴァンが魔物と評されて糾弾される悲しい未来しかなかった。


 ブラッドは必死に考えを巡らせた。


 だが、ブラッドの頭の中は極度の疲労と精神的に限界が来ていた結果、真面な考えが浮かばなかった。


 定期的に強烈な麻痺薬を打たれ、身体の自由が利かない最悪な状況でブラッドとヴァンは助けを待つ以外の選択肢はなかった。


 ブラッドたちが少し会話をしていると、鼻歌を歌いながら近づく男がいた。


 フェニアだ。


 フェニアはブラッドたちの牢獄前で立ち止まると紳士的なお辞儀をしては意地悪そうに語った。


「今宵は素晴らしい満月だぜ。テメェ等の最後の夜を祝福しているみたいに見えて俺様は非常に機嫌が良い。明日の朝にはお二人の首は太陽の下身体とサヨウナラをするわけだ。遺言があるなら今、この俺様が聞いていやるぞ」


「「死ね、クソったれ」」


 ブラッドとヴァンが同じ台詞を同じタイミングでフェニアに吐いた。


 フェニアは「暴言すら心地よい」と言いたい表情を浮かべると、「確かに貰った」と余裕の表情を浮かべ踵を返して立ち去って行った。


 ブラッドは今、血液魔法が使えたら間違いないくフェニアを瞬殺していた。


 だが、血液魔法すら使えない状態の今をブラッドは嘆いた。


 ヴァンは嘆くブラッドを見て真剣な目つきをすると強い決心をしていた。

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