帝国侵入
第33話 首都で
※聖歴110年、7月20日、ファイント帝国領内、首都コーメル、市街地、午前10時
ブラッドたちはプシャーン大河を無事に渡り切って、アイナが先導する中、ファイント帝国首都コーメルに到着していた。
首都コーメルはファイント帝国の中でも一番発達した都市であると同時に、帝国城の膝元でもあった。
街はアイサット王国首都ジュノとはかけ離れた文化を構築していた。
まず、露店がない。
大通りを歩いている人は歩道と呼ばれる左右の端を歩いていて、道の大部分を長方形の形をした巨大な鉄塊が宙に張り巡らされた線から何らかの力を受け、人を運んでいた。
いわゆる、路面電車が首都コーメルの主要な交通機関だった。
「電気」と呼ばれる概念を知らないアイサット王国出身のブラッドたちにアイナが簡単に説明した。
ファイント帝国は魔法を使う技術に異を唱える所からアイサット王国と対立していた。結果、血液魔法は浸透せず、古代エクラ人が使用していた「超高度機械文明至上主義」が広まっていた。
だから、電気と呼ばれるエネルギーが生活の主軸となり一般家庭にまで普及していた。
だが、電気は高度な科学文明が生み出していると堂々と宣言しているファイント帝国の背景には隠された真実があるとアイナは悲しそうに語った。
真実は残酷だった。
アイサット王国とファイント帝国は小競り合いが何世紀にもわたり続いていた。
その過程で捕虜となったアイサット王国の人間を奴隷として酷使して電気を生み出す燃料、炎系血液魔法を無理矢理行使させてファイント帝国は成り立っていた。
勿論、風力や資源の再利用で発電力をまかなうこともしていた。だが、実際に人徳に反する行為で電力供給を得ている現実は否定できない。
アイナは現実を知ってからレジスタンスを結成して、ファイント帝国に対して反旗を翻したと語った。
ブラッドはアイナから小声で説明を受けながら街中をしみじみと見回した。
コンクリート製のビルが何件も立ち並び、陽の光を遮っていた。また、人々は自由を謳歌しているわけでもなく、何かしらに怯えながら生きているように見えた。
アイサット王国はイフマールが必死に問題を抱えながらも国民を想い、生きているのが肌身を通して解った。
今のファイント帝国では、人々は手を放して喜べない。
真実は直ぐ目の前にあった。
横を通り過ぎる人々の目には不安が浮かんでおり、実際に帝国が次にどんな未来へ進むのか、民衆が怯えていた。
ブラッドは歩きながらアイナに問うた。
「こんな状況が何年間続いている?」
「私が生まれた時から変わっていません。多分、帝政を敷いた時からファイント民の心は既に変わってしまった。変革が必要な時なのだと私は考えます」
「ブー君、僕頭が悪いから話のほとんどが解らないよ! 解り易く教えて欲しい!」
「なら、アガーテにでも聞け。アガーテは実際に政治に係わる立場だ。相応の見解も持って話しをしてくれるだろうさ」
ヴァンが瞳を輝かせながら、アガーテに問うた。
「アガーテさん、解り易く教えて! なるべく難しい単語抜きでお願いします!」
「困ったな。僕は政治に係わるというか嫌だから逃げていたのに――。でも、この状況を見て言えることは相当、皆苦しいんだと思う。皆に自由はないんだ」
ヴァンが「自由がない? 僕は自由だよ!」と身体を動かす。
「その『自由』とは違う。『発言の自由』、『表現の自由』、『行動の自由』この三つを僕は指したんだ。ヴァンさんだって思ったことを言いたいし、好きなことを書きたい、伝えたい。どこかに行きたいと思えば行きたくならない?」
「当たり前のことを言われて僕は馬鹿にされているのかな?」
「馬鹿にしていない。真面目な話さ。帝国民には当たり前が『ない』んだ。ヴァンさんみたいに好きな事が出来ない。だから民衆は不安を抱える。でも、帝政はそんな民衆を弾圧することができる。王政もだけど、指導者は絶対的な権力を握る。僕たち国民は相応にして自由を奪われる立場にあるのさ」
「ならさ、ファイント民は全員、文句があっても口に出せないってことなの?」
ブラッドが無言でヴァンの頭に拳骨を叩きこんだ。
「お前は馬鹿正直過ぎる。少しは周囲の気持ちを考えて話せ。アイナ、相棒が失礼をした」
アイナは「そんなことありません」と気丈に振る舞った。
アガーテは周囲を見て思うことがあった。
自分が逃げていた王政の政治以上に、帝政を敷くファイント帝国の現状を見て、
自身の立場を考え直す気になりかけていた。
『これも父上の考えた作戦なのかな?』とアガーテは旅の中で、見て来た内容を振り返り、逃げてばかりだった自身の愚かしさを嚙みしめ始めていた。
アイナはコーメルを案内しながら、市街地中心部にあるパン屋に入った。
アイナが入ったパン屋は芳醇な香りが香ばしい匂いの店だった。狭くて四人が入ると既に、人数がいっぱいになるほどの広さしかない売り場のパン屋だった。だが、売り場に並んでいるパンはどれも出来たてで素晴らしい出来栄えだった。
アイナが店長の男性に「食パン一斤もらえますか?」と尋ねた。
店長の男性は笑顔で答えると「何等分にされますか?」と質問を返してきた。
アイナは少し迷った仕草を採った後、「五等分にしてもらえませんか? あと、パンの耳を切ってもらえます? 鳩にあげたいの」と提案した。
アイナの言葉を受けて店長の男性は目つきを鋭くして「鳩が好きなんですか?」と質問した。
アイナは「大好きです」と笑顔で即答した。
すると、店長の男性はアイナを手招きすると真剣な表情で語った。
「少し、時間をください。準備がありますので――」
店長の男性は短く語ると店の出入り口の鍵を閉めた。
また、店の中が外から見えないようにブラインドも降ろした。
完全に外の光景が見えなくなってから、男性はアイナに短く告げた。
「姫様、お帰りなさい」と話しかけると両腕を胸の前で交差させる敬礼を採った。
アイナは簡単に「ただいま」と返すと厨房に進んで行った。
ブラッドたちもアイナの後を追った。
厨房の中は清潔感溢れる、白を基調とした壁と銀色のテーブルが設置されていた。
店長の男性は銀色のテーブルの裏側に隠されたボタンを押した。
するとテーブルが右側に移動して地下への階段が姿を現した。
階段はコンクリート製で灯りも足元が見える程度に松明を使った炎で照らされていた。
アイナがブラッドたちを見て笑顔で話した。
「ようこそ、レジスタンス『ポラリス』へ。私が歓迎します!」
歓迎の言葉を話したアイナは階段を颯爽と下り出した。
ブラッドたちもアイナの後を追って階段を下った。
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