第32話 胎動

※同刻、ファイント帝国、首都コーメル、帝国城、謁見の間


「皇帝、調査隊の報告が入りました! アイサット領土内サウザント渓谷にて強大なプラーナを感知! 推測によると大隊規模の軍が進軍中の可能性有りと報告を受けました!」


 謁見の間は非常に豪華な装飾が施されていた。電気を使用する技術が発展していたファイント帝国では灯りは火力発電による供給で賄(まかな)っていた。結果、謁見の間を照らす証明機材全てはアイサット王国の松明とは対照的に電球を使用した照明を使用していた。


 特に謁見の間の証明はシャンデリアの形をしており、豪華な見栄えをしていた。シャンデリアが煌びやかに映し出す地面はコンクリート製の廊下だった。廊下の上には赤色の絨毯が敷かれており、入口に対して左右には金で出来た獅子の銅像が置かれていた。


 また、重厚な鉄剣や槍、ボーガンが左右に均等に配置されていた。


 重々しい空間の玉座に一人の知的な青年が右肘を肘置きについては尊大な姿勢で兵士の話を聞いていた。青年は耽美な容姿と銀縁眼鏡が非常に良く似合う二十歳で帝位に就いた鬼才だった。白い癖毛を綺麗に整えた風貌から律儀な性格が解った。


 細く微笑んだ姿から自尊心が非常に高いというのも伺えた。


 青年の名前はホライゾン・ミル・ファイント。現ファイント帝国指導者兼統治者だ。


 ホライゾンは兵士の話を聞くと薄く微笑んだ。


「部下が無能だとこうも不快な気分にさせられるとは……。どんな調査をしているのか一から私が指導する必要があるのか?」


 ホライゾンの微笑みは非常に冷淡だった。


 感情で表せば「哀」の感情しかそこには乗っていなかった。


 民を哀れみ、自身の存在が余りに突出し過ぎているため、他人が無能にしか見えなくて哀れむ。


 ホライゾンの心の中は「哀」の感情で溢れていた。


 報告に来た兵士に対して、非常に悲しそうな表情をすると、ホライゾンは言い放った。


「哀れな雑兵よ。貴様のように知能が低く、思慮浅き者は私の配下には必要ない」


 ホライゾンはパチンッと右手の親指と人差し指を鳴らした。


 すると、待機していた近衛兵二人が報告に来た兵士を両脇から取り押さえた。


「私はこの国の支配者となって日は浅い。だが、父上のように阿呆とは違う。相応にこの帝国の存在意義を見出そうと考えている。その答えを無能な雑兵に教え込んでやろう」


 ホライゾンは玉座の右横に置いてあった長銃を手に取ると、慣れた手つきで鉛玉を込めた。そのまま立ち上がると取り押さえられた兵士の前まで近寄った。


 ホライゾンは兵士の後頭部に長銃の銃口を突き付ける。


「バァン」と口で撃った真似を語った。


 取り押さえられた兵士は皇帝がお遊びでこの取り押さえる行動と長銃を取り出したと思い胸をなでおろした。


 だが、ホライゾンは次の瞬間、容赦なく長銃の引き金を引いた。


 プラーナを着火剤として使用する考古学的に古代エクラ人が使用していたと語られる長銃をファイント帝国は復活させていた。


 無機質な銃声が謁見の間に響いた。


 兵士の頭から鮮血が止めどなく溢れた。


 兵士の無残な結果を見ても、ホライゾンの心にある「哀」の感情は満たされなかった。


「この武器は戦場の華には程遠いな。噂ではアイサット王国内にもっと素晴らしい古代武器を扱う凄腕の魔道士がいると聞く。こんなチンケな終わりかたではこの男も報われぬ。さて、どうしたものかな? フェニア君」


 ホライゾンがオーバーリアクションで悲痛を表現しながら男の名前を呼んだ。


 呼ばれた男はアイサット王宮でブラッドと戦い、殺されたはずの男、フェニアだった。


 フェニアは黒ずくめの格好から顔を隠すのを止めて歳相応のファイント帝国兵士の戦闘服に身を包んでいた。


 裏世界の人間が良く行う行動。つまりフェニアはアイサット王国を裏切ってファイント帝国側に着いた。


 ファニアは皇帝ホライゾンを前にしても尊大な態度を崩さなかった。理由は簡単だ。ファニアのほうが現状でホライゾンを唯一人、殺せる立場にあるからだ。


 左手を腰に手を当てて、右掌を天井に向けてダンスを踊るようにファニアは歩きながら語った。


「皇帝さんよ、アンタの言う通りだ。こんなチンケな品だとあの男は狩り切れない。何せ相手は俺様の捻じ曲げる血統血液魔法を真正面からぶち抜いて来たんだ。こんな連射性、攻撃性どれもが最低な銃を使う帝国があの男を殺すのは万が一でも無理だな」


「なら、貴様ならどんな武器を兵士に持たせる? 私の帝国の武器を貴様は多く見て来たはずだ。実際に決戦兵器と手合わせし、生き残った貴様の意見を優先してあげている私の寛大さを認めて欲しいものだな」


 ファニアは「アンタは凄く寛大だよ。クヘヘ……」と嫌な笑みを零した。


 その上でフェニアはホライゾンの尖った顎を右手で持つとキスでもするかの如く顔を近づけて話した。


「兵士はなぁ、馬鹿ばっかりなんだよ。アンタがどんなに帝国を想おうが、そんな理想を全く考えない馬鹿ばっかりだぁ。そんな奴等に拳銃って大層な兵器を持たせる考え自体が間違っているんだよぉ」


「貴様の意見は清々しいくらい私の心を動かしてくれる。早く次を言え。ファニア君なら素晴らしい案を提案してくれると信じているぞ」


「信頼してくれて嬉しいなぁ。俺様がアンタの立場だった――、爆弾を持たせるねぇ」


「それはプラーナ式時限爆弾か?」


「違うよ。兵士には普通に装備を持たせる。普通の一般兵として戦場に出す。だが、俺様の勘だとどうせ血液魔法もロクに使えない雑魚共だ。アイサット王国騎士団の前では足手まとい。ならどうするか? クヘヘ――、自爆してもらうのさ。アイサット王国の兵士を何人も道連れにしてよ」


 ファニアの言葉を受けたホライゾンの瞳が大きく見開かれた。


「人徳に反する行為だ」


「アンタ、今更、人徳がどうこう言える立場とは違うだろうがぁ? 父親を手にかけ、地位を得て上、この明るい光の元だって、下級血液魔法を駆使させて発電させている悪名高き皇帝様だ。悪になるならとことんまで堕ちようぜぇ。俺様も付き合ってやるからようぅ」


「貴様という男は……。私の心の中を読んだ発言をする。だから、話をしていて飽きない」


 フェニアは「だろう、だろう」と嫌な笑みを浮かべた。


 ホライゾンの腹はとうの昔に座っていた。


 前皇帝であり父親のイーリスを計画的犯行で殺害を行う時から自身が悪の道に走る結果を望んでいたと言っても過言ではなかった。


 また、ファニアという狂犬を帝国に招き入れた時からホライゾンの進むべき道を一本に絞っていた。


『退く道はない。そうだろう、アイナ――』


 ホライゾンは冷淡な瞳に野望の炎を灯して、近衛兵に指示を出した。


 指示の内容を聞いたフェニアの愉快そうな笑い声がいつまでも謁見の間に響き渡っていた。

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