第30話 癇癪(2)
ブラッドが発動させた上級血液魔法は対部隊殲滅用大型決戦兵器だった。
ブラッドの背中から右肩にかけてノイズが走った。
ノイズが消えたと思うと、ブラッドは背後に巨大な砲身を背負ったバックパックを背負っていた。右肩は砲身を担ぐ形になっており、右目には照準を絞るスカウターが装着されていた。砲身の長さは五フィッツあり、発射されるプラーナ弾も相応に巨大な物となっていた。
気が狂いそうになっていたブラッドは宙に浮く青白い家族たちに対して照準を絞った。
「俺の記憶は俺だけの物だ! お前等が勝手に弄んで良い物とは違う! 俺の怒りをその身で味わえ! ブラッディ・カノン!」
ブラッドは右手に持たれていたグリップを器用に操作して発射用のトリガーを引いた。
轟音と同時に八十ファイ(一ファイ=一ミリ以下略)のプラーナ弾が発射された。
発射されたプラーナ弾は弧を描いて精霊が浮かんでいた火山岩の上に着弾した。
激しい振動がサウザント渓谷を揺らす。
ブラッドは我を忘れてように宙を浮く精霊たちに対して砲弾を掃射した。
精霊はプラーナの塊。
プラーナ弾を受ければ四散して存在がなくなる。
精霊たちはブラッドの怒りを買い面白そうにカタカタと笑った。
精霊たちに死の概念はない。
四散してもアルデバラン大陸の中に還るだけだ。
死んでもまたアルデバラン大陸のプラーナの本流から生み出されるだけだ。
ブラッドは馬鹿とは違った。
精霊たちをここで滅しても無意味だと頭の中で理解していた。
だが、精霊たちがブラッドの大切な記憶を読みとり、弄ぶ行為がどうしても許せなかった。
無駄と解っていながらブラッドは抗(あらが)った。
精霊たちの「本能」に従った行為にブラッドは烈火の如く怒った。
火山岩の形がみるみる姿を変える。
その砲撃の凄まじさは圧巻の一言だった。
ブラッドの怒りがどこまで深かったのかが砲撃の凄まじさから伺えた。
ブラッドの暴走にアガーテは唯、見ることしか出来なかった。
圧倒的な怒気を放ちながら砲撃を行うブラッドに対して、唯、王宮で逃げて暮らしていたアガーテとでは芯の強さが全く違っていた。
だが、アガーテは自身にできる最大限の術(すべ)を採った。
頭に血が昇ったブラッドに対してアガーテは必死に声をかけた。
「ブラッド、落ち着いて! 何がそんなに君を怒らせる原因なのかは解らない! でも、君は冷静沈着で大人な男性だ! そんな癇癪を起す君は君とは違うよ!」
「黙ってろ! お前に俺の何が解る!」
「解らないよ、解ってたまるか! 僕は君と出会って間がない! でも、君を信じる心だけは人一倍強い自信がある! そんな僕を失望させないでくれ! 僕は、ブラッドを解ってあげたい! でも、話さないブラッドが悪い! 話さないから君を解ってあげられない!」
「お前に話して俺の今の最低な気分が晴れるっていうのか!」
「最低な気分が晴れるかどうかなんて解らないし答えられない! 僕はさっきから『解らない』をずっと言っている! 実際、解らないんだ! 君も、世界も! だから、ブラッドから僕に教えてよ! 無知な僕を『阿呆王子』って笑い飛ばしながら普段通り怒ってよ! 今のブラッドは普段と違う! まるで、監獄の中で暴れる囚人だよ――」
アガーテが語尾を弱くして語った。
ブラッドはアガーテの言葉を受けて自身の行動を顧みた。
実際、ブラッドは過去を誰よりも大切にしていた。
だが、見かたを変えれば、過去に捕らわれた罪人であるとも取れた。
ブラッドはアガーテの言葉を受けて自身の行動の無意味さを痛感した。
同時に、このまま護符なしでずっと過ごすと精霊に大切な過去を穢されるだけだと痛感した。
ブラッドは「ブラッディ・カノン」を消滅させるとアガーテに小声で話かけた。
「お前が話を聞きたいっていうなら護符を右手に持て」
ブラッドの言葉にアガーテはビックリしながらも護符を右手に持った。
ブラッドはアガーテが護符を右手に持ったのを確認する。すると、ブラッドはアガーテの右手を左手で取った。
ブラッドの採った大胆な行動にアガーテは自身が男装をしている現実を一瞬だが忘れた。
女性特有の可愛らしい声で悲鳴をあげるとアガーテがブラッドにしどろもどろになりながら質問した。
「ブラッド、いったいどうしたのかな? 僕の右手をそんなに強く持つなんて……。少し、ビックリしたよ」
「手を繋げば護符の効果が俺にもある、もう、精霊たちの姿や声は聞こえなくなった。俺の冴えわたる頭が手を繋げと叫んでいた。どうだ、最高だろう?」
ブラッドが意地悪そうに白い歯をニィと見せては微笑んだ。
アガーテはブラッドの採った行動が言葉にされてやっと理解出来た。
アガーテを女性と知って下心を持って接してきたとばかり本人は思っていた。
だが、ブラッドはそんな邪(よこしま)な心を持つ下衆な男とは違うとアガーテは知った。
静寂が戻った断崖絶壁の谷前でアガーテとブラッドは手を繋いだままお互い見つめ合っていた。
ブラッドは「護符を握る」以外の感情を持っていないのがアガーテ自身でも解った。だが、アガーテは自身の胸の鼓動が早くなるのを感じた。頭に血が昇り、顔が熟れた林檎みたいに真っ赤になるのを体感していた。
『僕はブラッドに対して何を考えている! ブラッドは護衛をしてくれる従者だと思えば良い! だけど何でこうも心が惹かれてしまう!』
アガーテの心と身体は全く別の生命体の如き反応を示していた。
「約束どおり俺の過去を話すか。どこから話せば良い物か――」
ブラッドは普通に約束を果たそうと自身の過去の話を始めようとしていた。
だが、アガーテは「今以上にブラッドを知ったら引き返せなくなる!」と恐れた。
「ブラッド、過去の話はまた今度でいいよ! 今はヴァンさんとアイナさんと合流するのを先決しよう!」
「でも、約束が――」とブラッドが渋った。
だが、強引にでも行かないとアガーテの内心を知られたら恥ずかしくてアガーテは人前に出る自信すらブラッドに打ち砕かれそうだった。
「仕方がねぇ奴だな。お前がそう言うなら、今回の話がナシだ。だが、もう二度と過去の話はしないからな。俺だって他人にひけらかす過去とは違うって考えている。大切で……、特別な過去なんだ」
ブラッドの憂いた表情を見て、アガーテは「それでいいよ!」と何度も首肯した。
ブラッドはアガーテを見て「変な奴だ」と吐き捨てると、アガーテの右手をがっしり握ったまま歩き出した。
アガーテはブラッドに引っ張られるまま、進みだした。
アガーテの女子として封じていた心が動き出した時だった。
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