第28話 実は……

 ブラッドは自分の身体が揺さぶられる感覚を覚えた。


『誰だ? 人が気持ち良く寝ているのを邪魔する奴は?』


 ブラッドは自身が考えた内容をおかしく感じて記憶の糸を辿った。


『確か、俺は家族が手を振っている所に行こうとして――』


 そこで意識がハッキリした。


 自分自身が物凄く馬鹿なミスを犯したことを思い出して意識が一斉に覚醒した。


 瞼を開いて身を起こした。


 そこは見たこともない場所だった。


 直ぐ右側には激しい流れの川が流れていた。


 ブラッドは川の左側にできていた石場の上に奇跡的に流れ着いていた。


「キラリンちゃん、僕たち奇跡的に助かったんだよ! 何であんな馬鹿なことをしたのさ!」


「――、すまない。理由は言えない。唯、俺はどうやら精霊にしてやられたみたいだな」


 ブラッドは自分が護符を入れたポケットの底に穴が空いている事実に気付き「心底、間抜けだ」と感じた。


 ブラッドは自分を決死の想いで救ってくれたアガーテに向けて謝罪をした。


 同時にブラッドはアガーテの声が聞こえた方向を向いて驚愕した。


 水に濡れたアガーテはしっとりと濡れた金髪は月明りに照らされて煌びやかに輝いていた。服も川に落ちた結果透けており胸に巻いた白色さらしがしっかり見えて実は自分が巨乳の女の子だった現実を露わにしていた。女の子座りをしていたアガーテの本当の性別が判明した時、ブラッドは衝撃で顎が外れそうだった。


 ブラッドの反応を見てアガーテは自分の本当の姿を知られた現実を知った。


 少し恥じたように身をくねらすと、アガーテはブラッドの視線から身体を庇いながら困惑した声で話した。


「ゴメン、キラリンちゃん。少し視線が熱いよ。やっぱり、見ちゃったかな?」


「お前、それは反則だろうが……」


 流石のブラッドも男だと接していた奴が女の子だったと知るとどう対応したら良いのか解らなくなった。


 数分間、二人の間で沈黙が流れた。


 その沈黙を破るようにアガーテが言葉を紡いだ。


「僕の家系はね、子供を作らないことで血統血液魔法を乱用されないことを守って来たんだ。それだけ僕の血統血液魔法は高額で売れるし、裏世界では狙う奴が余りにも多い。だから国王として民を束ねるべき高位の役割を果たせるとも言えたんだ。でも、その代わり後継ぎ問題が常について回った。国民は男性の後継者を切望するに決まっていると父上は頑なに考えていた。だけど出来た子供二人共、女の子だったんだ。だから、長女の僕は男の子として育てられた」


「それは余りにも我儘な話だな。性別を偽るのは酷な話だ。俺がもし『女として生きろ』と言われたら途中で挫折する」


 アガーテは軽く笑うと、また深刻な表情をして語り始めた。


「父上の考えは良く解るんだ。立派な統治者になって欲しいと願うのが親心だ。でも、喫茶店で話した通り、僕は自分自身の道を模索している。その上でこの身体だともう決定的に駄目だよね。笑えるよね。僕は生まれた時から矛盾をはらんで生きているみたいなものさ」


「だから、何だっていうんだよ――?」


 ブラッドが低く唸る声で言葉を紡いだ。


「お前が自分自身を捨てない限り、挽回のチャンスはどこにだってあるんだ。性別だってお前自身が好んでいないからそんな否定的考えになるんだ。最初は本当にどうしようもない馬鹿王子だと考えていた。だが、喫茶店で話をしたら立派に考えている王子だと見直したのは事実だ。王子が王女に変わるのがそんなに駄目なことなのか?」


 アガーテは心底不思議そうに話した。


「駄目とは違うの? 僕、王女のままで国民の前に出ていいのかな?」


「大丈夫だ。ジュノの連中は細かいことをどうこう言う奴等とは違う。保障してやるよ。実際、俺はお前が女の子だって知って衝撃的だった。だが、こう話をしていると自然と受け入れられるものだと解ったよ」


 ブラッドは頭の後ろで両手を組み岩場に仰向けの格好で寝転んだ。


「なら、僕とブラッドだけの秘密にしよう。僕の性別が女の子だっていうのは、機会を見計らって僕から皆に言わせてもらうね」


 ブラッドは「勝手にしろ」と話した。


 ブラッドの細かいことにこだわらない性格がアガーテにとっては今、救いだった。


「でも、夏でも、渓谷の夜は冷えるね。焚火でもあれば違うんだろうけど――」


「それは俺たちが水にずぶ濡れだからだ。服を脱いで乾かすぞ。幸い、この岩場には枝が沢山落ちている。これを集めて、血液魔法を使って火を付ければ問題ない」


「ブラッドは野生感溢れているよね。頼もしいや」


「火はお前が付けろ。血液魔法の練習だ。本当の最初だから火力は出ない。安心しな。補助はしてやる」


 樹の枝を集めたブラッドとアガーテは水に濡れた服を脱いで、「炎の球」で火を起こそうと考えた。


 アガーテは血液魔法を始めて自身で起こす。


 補助として熟練血液魔導士のブラッドが着く。


 基本の忠実な教えかただった。


 アガーテが両手を前に出して精神を両掌に集中する。そこにブラッドがアガーテの肌理(きめ)細やか背中に触れて血液の流れを読みとり、プラーナを調整する仕組みだった。


 だが、ブラッドが背中に触れた瞬間、アガーテの集中力が乱れた。


「お前、やる気があるのか? 本気でやらないと火は一生つかないぞ」


「だってぇ! 恥ずかしい!」


「恥もなにも今更の話だ。『炎の球』くらい出来てもらわないと後々困るんだよ」


「ブラッドは変な所で鈍いんだから――。仕方がない!」


 アガーテが両掌にもう一度、神経を集中させ始めた。


 発動の瞬間のイメージは人によって異なる。


 ブラッドは「押し出す」感覚で血液魔法を使役していた。


 アガーテは「湧き上がる」感覚で「えい!」と威勢良く声を出した。


 すると三フィットほどの「炎の球」が発動して木の枝に燃え移った。


 アガーデは初めて自分自身が起こした奇跡に感動して飛び跳ねて喜んだ。


「出来た、出来たよ! 初めて血液魔法を使役した!」


「最初だからこんなもんか。後は毎日プラーナを使い果たすまで血液魔法を使役するのが成長のコツだ。なくなれば回復する速さも増してくる。マラソンと一緒だな」


 ブラッドは焚火の前にドッカリ腰を落とすと、少し憂いた表情で燃え盛る炎を視ていた。


 そんなブラッドの心境が知りたくてアガーデはブラッドに質問した。


「ブラッド、今、何を考えている? まさか、僕を襲うつもり!」


「そんなわけあるか。少し、昔を思い出したんだ。本当についてねぇよ」


「ブラッドって昔の話を全くしないね。何かあったの?」


「一億ゼニくれたら話してやる」


「無茶苦茶言うなぁ。僕にそんな大金ないよ。王宮に相応の品はあるけど、触るだけで従者に怒られる」


「だから、教えてあげない」


「意地悪なブラッドだ」


「変な話をしていないで寝ろ。火の番は俺がしてやる。初めて血液魔法を使役してプラーナも減っているんだ。休め。明日にはヴァンたちと合流したい」


「そうだね」とアガーテは言葉で返すと半分寝かけていた。


 アガーテは横になると静かに寝息を立てて寝始めた。


「無理しやがって」とブラッドは静かに眠るアガーテを視て微笑んだ。


 月は真上まで昇っており、雲一つない満月の夜だった。


 月の光は優しくブラッドたちを照らし、ひと時の安らぎを与えていた。

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