第27話 お兄ちゃんへ

 ブラッドたちが準備をまとめて東のファイント帝国に向けて旅立ったのは一三時になってからだった。


 アイサット王国とファイント帝国は国境が接しているといっても危険な箇所が二か所あった。


 一つは首都ジュノから東へ二十フィールド(一フィールド=一キロ以下略)離れた場所にあるサウザント渓谷だ。サウザント渓谷は火山岩で構成された緑が多いアイサット領土内でも珍しい岩石地帯だった。サウザント渓谷には古より「精霊が住む」と語られており、旅人を惑わしてプラーナを吸うと忌み嫌われた土地だった。


 王宮騎士団員たちもサウザント渓谷を踏破する際には入念な精霊対策を行い、渓谷を渡る。


 もう一つはプシャーン大河だ。河幅が五十フィールドからあり、船を使って渡るにも相応に準備が必要なアルデバラン大陸の主要運河の一つだった。この河には河を渡ろうとする旅人を狙って海賊が出没する地帯として有名だった。


 この二点を無事に突破しないと、ファイント帝国領内には侵入出来なかった。


 ブラッドたちは旅を始めて夜になる一八時頃に第一の難所サウザント渓谷前に到着していた。


 サウザント渓谷は火山岩が積み重なって谷を構成していた。その高さは十フィールドからなり、両脇にそびえ立つ火山岩の迫力共々、尋常ではなかった。

草木は生えておらず、生命の息吹すら感じることはない、サウザント渓谷で本当に精霊が存在するのかブラッドは怪しく考えた。


 そんな時、アイナが提案して来た。


「皆さん! 精霊たちは私たちのプラーナに吸い寄せられるようにやって来るようです。だから、この『精霊除けの護符』を肌身離さず持って下さいね! 私がこのサウザント渓谷を踏破する時は、この護符がなかったので酷い目に遭いました! 無事踏破出来たのが奇跡だと思えるくらいです!」


 アイナが取り出した護符は三フィット四方の大きさで非常に小さい護符だった。真ん中に共通言語で精霊除けの「破魔」と書かれていた。


 ブラッドは雑にポケットへ護符を突っ込むとキャンプの準備を始めた。


 サウザント渓谷に突入するのは明日の朝一番が区切り良い。今晩は入口で大人しく陽が昇るのをまつのが得策と全員の意見がまとまった。


 ブラッドは幼い時から家事をセティンと一緒にしていた経験から料理は得意だった。


 ヴァンは野生的で、料理を食べる担当だった。包丁を使う等の概念がなく、人に嫌われて秘境アナルタシア内で十数年育ったため料理とは「生肉!」と元気に答える当たりから料理が駄目な点が伺えた。


 アイナは皇族で何不自由なく過ごして育ったためか、料理の主旨が一般人とはズレていた。「簡易食材を使って料理をする意味が解らない」と言った感じだった。


 アガーテに至っては「食べてやるからさっさと出せ」と傲慢な態度を採っていた。遊んで過ごしてきたツケがここに来て回って来た結果だった。


 そんなメンバーでヴァンとアイナに食材を買いに行かせたブラッドは非常に後悔していた。


 二人とも常識に疎い二人だった。


 買って来た物が腐り易い「生肉」や「焼き鳥」、何を考えたのか「生魚」まで食料に入っていた。


 ブラッドは「怒る」を通り越して「呆れて」いた。確認しなかったブラッドも悪い。だが、常識のない二人も悪い。お互い喧嘩の痛み分け状態だった。


 結局、夕食用の食材を求めて生命の息吹を感じない火山岩の中を全員で手分けして探すことになった。


 ブラッドは東の火山岩方面を探していた。


 東側には少し緑があり、枯れ木や木の実がほんの僅かだが実っていた。


「コイツは助かった。この少ない果実でも無いよりはマシだな」


 ブラッドは枯れ木を焚火用の木として抱え、果実ももってキャンプ地に戻ろうとした。


 その時、ブラッドの耳に懐かしく忘れもしない少女の声が聞こえた。


『お兄ちゃん。お兄ちゃん――』


 ブラッドは声を耳にした時、幻が本物に見えて抱えていた樹の枝や木の実を全て落とした。


「セティン……、父さん、母さん」


 ブラッドが何十年、何百年を生きようが会えない存在。


「死」を奪われたブラッドが会うこと切望し続けた者たち。


「家族」が火山岩の上で手を振っていた。


 ブラッドは家族全員が自分を恨んでいると考えていた。


 だが、現実は違っていた。


 全員が微笑んでいた。


 唯、それだけでブラッドの心は救われた。


 人間は欲深き生き物だ。


「目の前に表れた家族と接したい」とブラッドは強く願ってしまった。


 もう、後戻りは出来ない。


 ブラッドが家族のいる場所へ駆けだそうとした時、凛とした声が響いた。


「キラリンちゃん! 何をしようとしているんだい!」


 アガーテが偶然、ブラッドが食べ物を探していた場所の近くを通りかかった。


 アガーテの目にはブラッドが渓谷内の谷に飛び降りようとしているように見えた。


 ブラッドの耳にはアガーテの声は届かない。


 アガーテは自身が収穫した物を放り出してブラッドを止めに入った。


 だが、ブラッドの力は尋常ではなかった。


「家族への思慕の想い」が強かった。


「キラリンちゃん、目を覚まして!」


「……」


 腰に抱き着いたアガーテを引きずったまま、ブラッドとアガーテは渓谷内にできた谷の間に落下した。

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