第26話 血液魔法体得(2)
「魔法を体得するのを逃げていた自分が馬鹿らしく思えるな。こんなに簡単だったとはね。変わると思って毛嫌いしていたけど、『変わる』とは違い、『知る』と解ったよ」
二人の満足気な話を聞いた後、ブラッドはヴァンに話しかけた。
「さて、基本的な部分は整った。後は食材の買い出しとその他諸々だ。二手に別れようか。ヴァンはアイナと食料品を調達して来てくれ。俺はこの阿保と一緒に備品を買い揃える。万が一でも逃げられたら面倒臭いしな」
「そうだろう、そうだろう! 僕は隙あらばどんな場所にでも逃げるよ! 目を光らせておいたほうが身のためだよ!」
アガーテが「本気で逃げる」と宣言すると、ブラッドがひと睨みを利かせた。
するとアガーテは両手で口を抑えて「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。
ヴァンはアイナに向けて笑顔で「それではアイナさん、買い物行こうか!」と誘った。
アイナもヴァンの笑顔を見ると自然と笑顔になり、返事をすると血液魔法屋の前から姿を消した。
残されたのはブラッドとアガーテだった。
ブラッドはアガーテを掴んでいた右手を放した。
その後に冷静な口調で話した。
「お間、ちょっとついて来い。話がある」
「僕に話しって口説きかな? 僕の心は既にキラリンちゃんにゾッコンだよ!」
「茶化すな。本気の話だ。少し場所を移すぞ」
ブラッドが向かったのはいつも利用している喫茶店「サニーデイ」だった。
いつも使っている席にブラッドは腰を降ろすと、向かいにアガーテを座らせた。
ブラッドは「コーヒー二杯」と注文を済ませると、アガーテに問うた。
「お前、ヴァンとアイナは騙せても俺は騙せないぞ。昼行燈め。腹の中で何を考えているかは知らん。だからあえて二人っきりにさせてもらった。話してもらうぞ。お前の考えをな――」
ブラッドはテーブルに両肘を突いて両手を組んで話した。
アガーテはブラッドの真剣な眼を見て、「困ったな」と話した後、言葉を口にした。
「君は僕を昼行燈だと例えた。だけど、僕は自身の考えを大切にしているだけだ。『こんな世だから楽しいことを考え、実行しなければ一度きりの人生損』だと思わないかい?」
ブラッドはアガーテが口にした「こんな世とは」と質問した。
「見たままだ。疫病が流行り、僕たち王族は血統血液魔法を使い、貴族だけを治す。民を見捨てる選民思想に捕らわれた国に明日はない。現に僕が見た街はまだ貧困の格差社会だ。こんな悲惨な状況をどうにかする知恵と度量を僕は持っていない。だから、諦めたんだ」
「しっかり見ているな。その目で視た内容を政治に反映せずに諦める『等勿体ない』の一言に尽きる。お前はしっかりした芯がある。その芯を無理矢理折ろうとしている風に視えるぞ」
「僕は父上の考えかたに反対なんだ。秘境から国を守り、東の帝国からも国を守る。遥か昔から変わらない行動を繰り返したら意味がないんだ。この国には改革が必要だと思う。でも、考えれば考えるほど道は険しく、危険だ。だから『面倒臭いなぁ』と思って遊ぶことで自分を満たしていた。それだけさ」
「なら、今回の旅で全てを見極めれば良い。この国のありかたが間違いなのか。旅路の果てにお前の考える答えがあるかもしれない。前向きに考えられないか?」
アガーテは「そう言われると困るなぁ」と笑顔で女性のようになめらかな首を右手で撫でた。
「僕はボンクラ王子でいられればそれで満足なんだ。なのに急に後継者だって言われ、騎士団の指揮権まで与えられてさ。正直、困っているんだ。急にこんなに重い期待を背負わされた逃げ出したくもならないかい?」
「お前の気持ちは解らないでもない。でも、国王が決めた内容だ。お前、国王の容態は知っているのだろう?」
「父上はもう手遅れだ。僕の血統血液魔法で疫病を取り除いても直ぐにまた疫病が再発する悪循環に陥っている。こんな時、どうすれば良い? 僕は何を成せばいい? 父上の駒は嫌だ。でも、自身の道は険し過ぎる。僕には道が見えないんだ」
ブラッドはアガーテの気持ちが解った。
自分でこの国の欠点はしっかり見えている。だが、打開策を考えようにも今の自分自身では手に負えない。助けを求めようにも父親は不治の病にかかっている。話せる相手もいない。だから、現実から逃げるために遊んで、逃げて、ボンクラ王子の名前を受けて笑う――。
アガーテ自身が自分の道を模索する途中だった。
アガーテもある意味可哀想な子だった。
父親は厳格な王として振る舞い、床に伏しながらアガーテに責務を負わしてきた。
アガーテは自分の道が見えない時に相談すべき父親と会話を成せないまま、責務を負わされた。責務も大役で今のアガーテには重すぎた。
ブラッドは自分自身に置き換えて考えていた。
若くして両親を失い、妹のセティンしか親族はいなかった。
自分の進むべき道は「セティンを守るべき道」だと信じて疑わなかった。
だが、セティンを自分の過ちで失ってからは進むべき道に迷った回数は数えきれない。
そんな時、側にタオ老師やヴァンがいてくれたから相談できた。迷わずに今日まで歩めた。
ブラッドに対してアガーテは最初から道に迷ったままだ。相談する相手の父親には相談できず、親族にもこんな胸中をぶちまけることは出来ない日々だった。言い換えれば家族すら信用できない状態で今日まで歩んで来たのと同じだ。
ブラッドは内心、アガーテの気持ちを察すると話しを切り出した。
「阿呆王子らしくない話だ。だが、阿呆は阿呆なりに考えているのが解った。俺は、お助け屋をヴァンと一緒に営んでいてな。並行受注も大歓迎だ。お前がどうしても道が解らないなら一緒に悩んでやる。一人で道が見えないなら、二人なら見える可能性は二倍だ」
「つまり、こんな僕の悩みを馬鹿にせずに一緒に悩んでくれるというのかい?」
「簡単に言えばそうだ。だが、相応に報酬はもらうぞ。国王ではなく王子、お前からな」
アガーテはブラッドの提案を受けて何度も首肯した。
「僕が払える物なら何でも払おう。だから、一緒に悩んで欲しい!」
「契約成立だな。この話はヴァンにもさせてもらうぞ。相棒と二人で事に当たったほうが成功率は段違いに上がるからな」
「いや、出来ればこの話はキラリンちゃんだけで相談に乗って欲しい。羞恥心なんて
大層な想いではない。唯、僕にだってプライドがある。二人に僕の悩みを聞かれたら凄く……、自分自身が許せない」
「依頼主がそう言うなら俺は別に構わない。時々個人的に相談を受けよう。その代わり、旅に同行はしろ。お前の見解を間違いなく広げる手助けをする。それに、レジスタンスとの話は絶対に無駄にはならない」
「キラリンちゃんが言うならそうする。僕は自分の進むべき道を自分で見つけたいんだ」
アガーテの瞳には少しだけだが芯があった。
ブラッドは「アガーテが前向きになれたならそれで良い」と考えていた。
二人は今後の話しをしながら少しの猶予時間を費やした。
買い出しなんて後からどうにでもなる。
必要なのは「今、この時なんだ」と二人は心を打ち解け合っていった。
アガーテは自身の胸の内を少しずつブラッドに晒した。
ブラッドはアガーテの胸の内を受け止めた。
唯、それだけで良かった。
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