第23話 次に来る者

 ブラッドが王都ジュノにある喫茶店「サニーデイ」に到着したのは陽も高く昇った九時だった。


「サニーデイ」にはヴァンとアイナが先にブラッドがいつも座っている窓際の席を確保して朝食を食べていた。


 ブラッドは軽く二人に挨拶をすると、ヴァンが確保していた窓際の席にドッカリと腰を降ろした。


「ブー君、昨日は色々ゴメンね! いつもいつもブー君には迷惑ばかりかける身としては不甲斐ないの一言だよ!」


 ヴァンは明るく言い放つと昨日と同じ朝食のパンをガツガツと頬張っては必死に食べていた。


 そんなヴァンを見てアイナがブラッドに不思議そうに質問した。


「ブラッドさん、ヴァンさんこれで十皿目なんですよ! 普段からこんなに食べられるのですか!」


「コイツ、魔物の血が発動した翌日は体力を異常に消費するんだ。体力消費を身体が補うため腹が減って仕方がなくなるんだとさ。いつも二十皿は喰うからこんなの序の口だ」


 ブラッドの話を聞いてアイナは大きな瞳をまん丸にしては驚いていた。


 話題の人、ヴァンは人の話を聞かずに食事に夢中だった。


 ブラッドは昨日と同じ朝食にコーヒーを付けて注文すると、話題を切り出した。


「それで、アイナは今日、国王の後継者に会いに行くのか?」


「そのつもりです。私としては何が何でもアイサット王国軍を援軍として味方に付けたい。そうでないと今のファイント帝国、お兄様は止められません。私はこの平和な国の人々を戦争に巻き込む魔女なのです。自身が魔女と罵られようが、身内が起こそうとしている悲劇は身内が止めるべきなのです」


 アイナの言葉には強い意志が籠っていた。


 ブラッドはそんなアイナの話を聞いて、「止めるのは不可能だな」と内心諦めた。


 アイナが真剣な表情からコロリッと笑顔に変えるとブラッドとヴァンを見て話した。


「それで、お助け屋のお二人は護衛をお願いしても大丈夫なんですよね! 昨日、陛下から直々にお願いされていましたよね!」


「ブー君、そんな話、聞いてないよ! 僕たち東のファイント帝国まで行くの!」


 口の周りに食べカスを沢山着けたヴァンがブラッドに猛抗議して来た。


 ブラッドはヴァンが吐き出した食べカスで汚れた顔をおしぼりで拭いながら冷静に話した。


「ヴァン、これは非常に良い機会なんだ。俺たちみたいな半端者が大金を手に入れて一生遊んで暮らせるだけのゼニを稼げるまたとない契約の時だ。良く考えてみろ。お前は王国騎士団を壊滅に追い込んでいるんだぞ。普通なら俺たちは極刑だ。だが、阿呆の国王は俺たちに契約書まで書くと話した。ここまで聞いてお前はどう思う?」


「ごめんなさいとしか言えません。僕はブー君の考えが正しいと思う! 契約を結べばやる気も違うモノだしね!」


 ブラッドはヴァンに対して「コイツ何も考えてないな」と心の中で舌打ちをした。


 ブラッドは両手を顔の前で打って話しをまとめた。


「なら、俺たちはアイナと後継者を連れてファイント帝国レジスタントまで護衛するのが役割だ。朝食を食べたら王宮に顔を出すとしようか」


 アイナとヴァンは景気よく声をあげた。


 ブラッドたちの最悪の旅路はこの時点から悪い方向に転がっていた。


                           〇


 朝食を終え、ブラッドたちがアイサット王宮に正式に顔を出したのは十一時になってからだった。


 イフマールの取り計らいと昨晩の粗相が相まって、ブラッドとヴァンの顔を見た兵士たちは顔面蒼白にして最低限の手続きをするだけで蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


 アイナはケタケタとお腹を抱えて兵士たちが逃げていく姿を笑った。


 だが、ブラッドとヴァンからしたら複雑な心境だった。


 特に事の原因を作ったヴァンは激しく反省していた。


 ブラッドはヴァンを励ましながらイフマールと謁見するため、寝室へと向かった。


 イフマールの寝室に到着した三人は扉を押し開いて床に臥せるイフマールと再会した。


 イフマールの容態は相変わらず良くなかった。


 昨日よりも更に悪化したようにブラッドには見えた。


 イフマールは三人の姿を見ると少し微笑んで話した。


「よくぞ来た。王女にはアイサット国王王宮騎士団が助力する指揮権を与える任命書を貸与しよう。任命書は後継者にも持たせてある。二人でしっかり話し合いをして帝国から余輩の国を守ってくれ」


 寝たままのイフマールは従者からアイナに書簡を渡した。


 また、優れない体調をおして、ブラッドとヴァンを見て話した。


「二人には護衛役を命じる。契約書はこちらで作成した。問題なければサインをすれば良い。くれぐれも怪我等ないように頼むぞ」


 ブラッドが従者から洋紙を受け取って内容に問題がないか確認をした。


 ヴァンもブラッドが読んでいる内容が気になって横から中を覗いた。


 そこには二人が初めて目にするゼロが何個も並ぶ異例の報酬金額が記載されていた。


 ヴァンは字が読めない。だが、数字の認識能力はあった。


「ブー君、こんなゼロの数、僕、数えられないよ! これだけ並んだらどうなるの!」


「そりゃ、お前がどんなに『腹が減った!』って言って好物の焼き鳥を喰いたくても我慢なんて無用! いや、『焼き鳥城』が建てられる金額だ!」


 二人の目はゼニマークに変わって欲まみれの姿となっていた。


 当然、逆らうなんてあり得ない。


 代表としてブラッドが署名をして、大切に保管する役割を担った。


 書類とイフマールとの話を終えて「さて、出発!」となった時、一人の従者が慌ててイフマールの寝室に駆け込んで来た。


 イフマールが「何事か?」と問いただすと耳元で用件を小声で話した。


 イフマールは「病が悪化する」と言いたげな表情で額に手を当てると申し訳なさそうに喋った。


「出発前に申し訳ない。後継者が何を考えたか姿を王宮内から消した。王都に遊びに行ったに違いない。奴は根っからの自由人な所があるからな。悪いが後継者と合流した後、ファイント帝国に旅立ってくれ」


 ブラッドとヴァンは心底「面倒くせぇ」と呟いた。


 だが、アイナだけは「陛下の想い、確かに受け取りました」と真面目に返した。


 ブラッドは「流石は王女様だ」と尊敬の念を抱いた。そんな生真面目なところもセティンそっくりだとブラッドは内心感じていた。

    

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