旅立ちの意味

第22話 力とは?

 翌朝、ブラッドは普段通り自分の家で起きた。寝間着から動き易き無地Tシャツと半ズボン姿に着替え愛用の靴を履いてセティンと両親の思い出が詰まった家を出た。


 ブラッドは今、ヴァンと一緒に暮らしていた。


 ブラッドが起きた時にはヴァンの姿は既に見当たらなかった。


 ヴァンの日課は毎朝、ブラッドより早く起きてジュノに向かい「お助け屋」として働き易いよう情報を集めることだった。


 唯、お人好しのヴァンは情報を集めると言いながら街の人たちの困った事を毎朝請け負って右往左往して駆け回っているのでブラッドと合流するのは遅かった。


 ブラッドはヴァンが人間を好きになってくれたことが何よりも嬉しかった。


 だがら、いつも仕事が後回しになるヴァンだが戯れるような喧嘩をするだけで終わっていた。


 ブラッドは家の前で柔軟体操を入念にすると、日課のタオ老師と「訓練」と名の付く「喧嘩」をするために、秘境アナルタシアのサハギン領にランニングをしながら向かった。


 ブラッドの家からアナルタシアのサハギン領までどんなに早く走っても三十分はかかった。


 その距離を毎日全速力で駆け抜けるブラッドの身体能力は日々進化していた。


 小河を飛び越え、悪路を疾走し、足の踏み場もない樹々の中を疾走できるのはブラッドが長年培った「走る技術」があってこそ成せる技だった。


 三十分より早くタオ老師の待つ広場に到着したブラッドは呼吸を整えながら威勢良く叫んだ。


「クソジジイ、今日こそ俺があの世に叩きこんでやる! 出て来い!」


 ブラッドの声を聞いて樹々の隙間から小柄なタオ老師とサハギン族の子供二体が姿を見せた。


「毎日毎日、進歩のない言葉を吐く阿呆が来たわ。ブー君、今日の訓練はこの子たちを任そうと思う」


 タオ老師が「前に出なさい」と語りかけた二体のサハギン族の子供は人間の年齢に置き換えると十歳と非常に若い子たちだった。


 ブラッドは二体のサハギン族の子供を見て、顎を右手でさすりながら素っ頓狂な声をあげた。


「クソジジイ。俺を舐めているのか? 十二歳の時だったらコイツ等にも負けていた。だが、今の俺はこんなガキ二体、瞬殺できるぞ」


 ブラッドが殺気を込めた視線でサハギン族の子供二体を睨みつけると、二体は怖がってタオ老師の背中に隠れた。


 タオ老師はサハギン族の子供二体に対して「こりゃ、今日の要件をしっかり話さんか」と優しくサハギン族の子供たちの背中を押した。


 ブラッドは五年間の間にサハギン族の言葉を理解して話せる知識を身に付けていた。だから、タオ老師と同じ様にサハギン族と交友関係を築けていた。


 一体のサハギン族の子供がブラッドにおずおずと声をかけた。


「お兄ちゃんは老師と同じくらい強いって聞いた! 俺の名前はハクッペ。それで横で黙っているのが友達のキノボーだ。俺たち、血液型がAB型だから血液魔法が多く使えない。だからといって古代魔法を宿した強い奴を倒して血を飲むなんて無理だ。喧嘩は嫌(きら)いだし、何より戦うのが嫌(いや)なんだ」


 ハクッペの話を聞いたブラッドはタオ老師に唸る様に吐いた。


「クソジジイ。俺に根性なしのお守りをしろっていうのか? 戦うのが嫌なら家事を手伝えば良い。無理に狩りに参加する必要はない。サハギン族に男女の差はない。お前等がそんなに気に病む必要な無いと思うが?」


 ブラッドが腕を組んでハクッペに問いかけた。


 すると、キノボーが必死に話した。白目からは涙を流しながらの必死の訴えだった。


「俺たちは唯、悔しいんです! AB型だから、『役立たず』って友達に馬鹿にされるのが心の底から悔しい! だから、老師に古代血液型魔法を教えてもらって友達を見返したいんです!」


 しゃっくりをあげながら話すキノボーに対してハクッペが優しく「泣くなよ」と語りかけては慰めた。


 ブラッドはタオ老師が二人を連れて来た意味を察した。


 ブラッドはその場にしゃがみ込んで、二体と視線を合わせると頭を撫でながら優しく話した。


「友達から馬鹿にされるお前等の気持ちは良く解った。だがな、魔法で友達を見返すのは違うと考えるんだ。もし、俺がお前等に古代魔法を教えたら絶対にお前等は間違った方向に力を使う。それほどAB型の魔法は危険なんだ」


「じゃあ、俺たち二人は『ずっと馬鹿にされる弱虫のままでいろ』って言うのかよ!」


 ハクッペが心の内を叫んだ。


 だが、ブラッドは冷静だった。


 ハクッペの言葉を受けると、真剣な眼をして、ゆっくり言葉を選んで話した。


「そんな無責任な話はしない。お前等には大切な家族がいる筈だ。父さん、母さん、兄妹に相談したか?」


「出来ませんよ! こんな恥ずかしい話しを父さんたちに話したら『一族の恥だ』って怒られます!」


 必死に話すキノボーの頭にブラッドは優しく拳骨を叩きこんだ。


 キノボーが「何で拳骨をするんですか!」と抗議して来た。


 ブラッドは本気で話した。


「相談する相手を間違えているのがまだ解らないのか! このアルデバラン大陸で一番にお前等を想ってくれているのは『家族』だ! 家族を信用出来ない奴等が他人

より強い心を持てるはずがない! 怒られるから嫌だ? なら、俺がお前等を徹底的に叩きのめしてやろうか!」


 ブラッドの怒気にハクッペとキノボーは心から震え上がって尻餅を搗いた。


「お前等の強くなれる可能性を家族に見いだせないから他人に来るのは根本的に間違っている! サハギン族は一人前になると必ず産卵をする! 家庭を持つんだ! それまでに助けてくれる家族の『愛』を怖がる奴が一人前のサハギン族の男にはなれない!」


 ブラッドの話を聞いたハクッペとキノボーは「申し訳ない」といった暗い表情をした。


 ブラッドは自分の言いたいことだけを話すとタオ老師に話しかけた。


「俺が言いたい事、伝えたい事は終わりだ。血液型だの、魔法だのはどうにだってなる。実際、俺も十二歳まで『炎の球』しか使えなかった。だが、不自由に感じた記憶はない。大切な家族がいたからな」


 タオ老師は「ブー君は儂より父親役に向いておるなぁ」と能天気に話すと、ハクッペとキノボーに話しかけた。


「儂と仲の良いブー君の語った意味が解るか? 喧嘩が強い。血液魔法が多く使える。それは素晴らしいことじゃと儂は思うよ。だが、何より家族と打ち解け合える間柄だというのはどんな血液魔法よりも強力な力じゃ。まずは基本に立ち返り、出来たと思えばまた来なさい」


 タオ老師の優しい言葉を受けてハクッペとキノボーは立ち上がるとトボトボと肩を下げて樹々の中へと姿を消して行った。


 ブラッドは二人の背中を見栗ながら、タオ老師に話しかけた。


「アイツ等も『家族の絆の力』に気付けば良いな。俺とヴァンには欠けている一番の力。俺にとっては後悔でしかない。アイツ等には俺と同じ道を歩んで欲しくないんだ」


「ブー君の気持ちはきっと伝わっている。二人の若者はこれからのサハギン族を引っ張る役割を担っておる。儂は人間が嫌いじゃ。だが、ブー君は好きじゃ。同じ永遠を生きる者じゃからな」


「それが最悪に俺の心を凹ませている元凶なんだがな。訓練時間を全部使っちまった。今日は心の訓練だったな」


「いつも血みどろの訓練じゃから時にはこんな静かな訓練も良いじゃろう? 儂はサハギン族と朝食を食べる。ブー君はどうする?」


「勿論、遠慮する。俺はヴァンが帰って来ないのが心配だ。ジュノに向かう。また、何かあれば呼んでくれ」


 ブラッドとタオ老師は別れの言葉を交わすとそれぞれの場所に戻っていった。


 ブラッドはハクッペとキノボーには心から家族の有難みに気付いて欲しいと願うばかりだった。

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