第21話 暴走(2)

「させるか!」


 一瞬戸惑ったヴァンにブラッドの右ジャンプキックが後方から右側面を捉えた。


 ヴァンも怪物ならブラッドも怪物だった。


 強烈な一撃でヴァンだった者を三回転左方向に吹き飛ばした。


「アイナ、大丈夫か?」


「私、ヴァンさんをいい人だと思っていました。でも、失望しました。本心ではこんな背徳心に満ちた行為がしたいとずっと狙っていた人だと知ったら私は信頼も好意も抱かなかった――」


「アイツはずっと独りだった」


 ブラッドがアイナにヴァンの過去を少し話した。


「俺がヴァンを知ったのはジュノでお助け屋を一人で始めた二年前だ。初めての依頼が『人里に来る魔物を退治してくれ』って依頼だった。俺は秘境アナルタシアの地理に偶然詳しくてな。魔物が何処に住んでいるか直ぐに解った。俺が魔物退治に向かうとそこにはヴァンが独り、洞窟で生きていた。ヴァンは最初俺を見た瞬間からこんな風に襲いかかって来た。人間に手酷く傷つけられた証拠だ。完全に人間不信に陥っていた。お前にヴァンの気持ちが解るか?」


「私がヴァンさんの気持ちを理解する……。そんなの解りません」


「簡単だ。ヴァンは友達も家族も誰もいない所で何十年も過ごして来た。半人半魔だからって差別される理由、どこにもないんだ。ヴァンとは良くこんな喧嘩をしてやっと理性で本能を飼い慣らせるまで落ち着いた。二年間ヴァンは人間を信じる努力をしたんだ。次ぎはアイナ、お前がヴァンを信じる努力をしてやってくれ。一日で良い。そうしたらアイツは救われる」


 ヴァンは立ち上がると月に向かって咆哮をあげた。


 まだ理性が本能を押さえられない。


 アイナを見てしまったからアイナの純血を欲していた。


 ブラッドはエクト・ブラストを構えると、アイナに向かって叫んだ。


「ここは危ない! ヴァンが信じられないならこんな場所から消えろ!」


 アイナはブラッドの言葉が胸に刺さって酷く痛んだ。


 ヴァンは瞬間移動でブラッドの前に姿を現すと、今は使いものにならない右腕を掴んで、後ろに勢い良く放り投げた。


 ブラッドは空中で体勢を立て直して右目のスカウターでヴァンのロック・オンを再開した。


 だが、ヴァンがブラッドを後方に投げ飛ばしたのは単純にブラッドが邪魔だったからだ。


 今のヴァンにはアイナしか見えていない。


 アイナが逃げていない現実を知った時、ブラッドの脳裏には五年前に起こった最低の出来事が思い返されていた。


「逃げろ、逃げろっていっただろう! 『セティン』!」


 ヴァンがアイナに犬歯と変わった歯を突き立てようした時、アイナが必死にヴァンに叫んだ。


「ヴァンさんは元の姿に戻れます! 私、ヴァンさんを信じます! ヴァンさんにここで殺されたら杭が残るのは事実です。でも、私もブラッドさんと同じように信じることから始めます! だから、ヴァンさんも自分を信じて下さい!」


 アイナの言葉にヴァンの理性と本能がせめぎ合いを始めた。


「僕は……、僕は――!」


 ヴァンが頭を抱えて苦しみ始めた。


 アイナが命を懸けてヴァンに呼びかけ、ヴァン自身が戦っている。


 そんな状況でブラッドが何もしないはずがなかった。


 後方でエクト・ブラストの適正距離に着地してはロック・オンを完了していた。


「帰って来い! ヴァン!」


 ブラッドが大量のプラーナを使ってエクト・ブラストの引き金を引いた。


 四つの青い閃光が渦を巻いてヴァンに急接近した。


 だが、ヴァンは直撃を嫌い、大きく跳躍して上空に逃げた。


 エクト・ブラストの本領はここからだった。


 四つに渦を巻いた一つの渦が四本の線となり、ヴァンに向かって曲線を描いて飛んだ。


 四方向からの攻撃にヴァンは着地すると瞬間移動で回避行動を採った。


 だが、プラーナロック・オン式のエクト・ブラストからは絶対に逃げられない。


 ヴァンの瞬間移動に対してプラーナの影を追う閃光が四本、光速でヴァンに迫った。


 ヴァンは城内ではかわし切れないと魔物の感で察知した。


 城外に逃げようと大きく跳躍した時、背中に「炎の球」が当たった。


 上級古代魔法を使役しながら火球血液魔法「炎の球」をブラッドが隙を見て放って当てた。


 ヴァンが空中で戸惑った隙を、光速で狙う四本の青い光線がヴァンを捉えた。


 凄まじい光量と同時にプラーナを放出しながら対象を破壊する破滅の光が夜のアイサット王宮を月と同じく明るく照らした。


 背中にエクト・ブラストの直撃を受けたヴァンは空中で意識を失った。


 同時に半魔の血が収まり、人間のヴァンの姿に戻った。


 上空から重力に捕らわれ急速に落下するヴァンをブラッドが落下地点で受け止めた。

 

 安らかに眠るヴァンを見てブラッドは「この馬鹿野郎は張り切ったんだな」と独り言を語った。


 今回の功労者アイナにブラッドは背中に背負ったヴァンを見せると嬉しそうに話した。


「アイナ、ヴァンは無事だ。今日のところは帰るぞ」


「ブラッドさん、今日は沢山勉強になりました。本当にありがとうございます。後、今後も護衛をお願いしますね」


「護衛については報酬と背中で寝ている馬鹿が起きたら決める。先に決めるな」


 ブラッドはアイナと並んでジュノに帰る道のりを、セティンと家に帰るあの頃に想いをはせながら帰っていた。


 こうしてブラッドとヴァンにとって波乱の一日が終わった。


 その日以来、ヴァンとブラッドの名前は裏世界だけでなく表世界でも有名になった。


「悪魔(デモン)の(・)二人組(キッズ)」として――。

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