第20話 暴走(1)
イフマールの寝室を出たブラッドはヴァンの事を心配していた。
もう作戦が始まってから一時間が経過しようとしていた。
ヴァンのスタミナを心配しているわけでも、捕まる心配をしているわけでもなかった。
この国に住む住人全員の命を心配していた。
「お待たせしました!」とアイナが遅れてブラッドと合流した。
ブラッドはアイナに「全力で走るぞ」と短く告げると駆けだした。
アイナは無事作戦が成功したのに必死になるブラッドの気持ちが解らなかった。
「ブラッドさん、何でそんなに焦るのですか! ヴァンさんなら大丈夫ですよ! あんなに強い人が負けるはずありません!」
「俺が心配しているのはヴァンじゃない! 兵士のほうだ!」
ブラッドがアイナに話をした時、この世の者が叫んだモノとは思えない雄叫びが聞こえた。アイナは雄叫びを聞いただけで「恐怖」から腰が抜けてしまった。
ブラッドは「遅かった!」とアイナを置いて全速力で正門まで疾走した。
正門付近は炎と瓦礫、焼けた脂肪の臭いとこの世の終わりを連想させる全ての要素が詰まっているとブラッドは感じた。
王宮騎士団員が二十人ばかり残ってヴァンだった者に対抗していた。
ヴァンは身体そのものを変質させていた。黒く濃い体毛に強靭な皮膚。三白眼に啜った血を宿した赤い目は見た者を同じ色に染め上げないと気が済まないと語っていた。
なんとか左目だけは人間のヴァンの目のままだった。だが、非常に苦しそうで涙を流していた。
「ヴァン、良く耐えた! 今、行くぞ!」
ブラッドの声を聞いたヴァンは王宮騎士団員から目標を強大な血液魔法とプラーナを宿したブラッドに切り替えた。
ヴァンは唯でさえとんでもない身体能力を持っていた。今のヴァンは身体能力のタガが外れていた。ブラッドの戦闘技術を持ってしても今のヴァンには対応しきれない暴走状態にあった。
ヴァンだった者は瞬間移動してブラッドの背後を取ると右脇腹に強烈な蹴りを叩きこんだ。
ブラッドはボールを蹴ったかの如く軽く宙を浮くと、数フィッツ大地を転がった。
そんなブラッドに対してヴァンの追撃は止まらなかった。瞬間移動からの全力の踏みつけをブラッドに叩きこんだ。マウント・ポジションを取っての強烈な両拳の胸への叩きつけの嵐をブラッドにおみまいした。
ブラッドは肋骨が粉々に砕けるのが解った。
だが、ヴァンを止めるためだと、歯を食いしばって、マウント・ポジションで暴れる怪物に渾身の頭突きを叩きこんだ。
「目を覚ませ! このボケ! お前はヴァン・ウィズ・フォレスター! 立派な俺の相棒だ! 半人半魔の怪物ヴァンとは違う!」
ブラッドの強烈な頭突きを受けたヴァンは涙を流しながら答えた。
「ブー君、僕は……」
ブラッドは口から流れて止まらない血を拭うと吐き捨てた。
「お前、戦いになると気分が高揚して半魔の血が抑えられなくなる悪い癖を知っていながら、戦いの快楽に負けて自我を手放したな! かかって来い! 俺が本当のお前を取り戻してやる!」
ヴァンは涙を流しながらブラッドに瞬間移動で攻撃を仕掛けて来た。
ブラッドは「接近戦では絶対に今のヴァンには勝てない」と察していた。
だから、あえて接近を許させた。
今のヴァンに殴られたら一般人は即死だ。
だが、ブラッドなら吹き飛んで距離を稼げる屈強な身体をしていた。
だから、あえて殴られる選択肢を選んだ。
都合よく、血は景気よく流れ出ていた。
右横に姿を現したヴァンに左顔面を強打されてブラッドは派手に後方に転がった。
その間にブラッドは左腕の紋様に右手で血を擦りつけた。
ブラッドはゆらりと立ちあがると即座に上級古代魔法を展開した。
今回呼び起こす古代血液型魔法は「コヨーテ&ベイロウ」とは違った。
古代エクラ人が築き、発展の要とした古代侵略兵器の中でも追従性を重視した古代血液型魔法だ。
「来い! エクト・ブラスト!」
ブラッドが右腕を天に突き立てた。すると、右腕をノイズが覆った。実体化した姿は右腕に装着された大型プラズマ・カノンだった。照準を固定する緑色のスカウターがブラッドの右目に装着されていた。ブラッドの右腕一本を丸々覆う大型砲身は青を基調とした今の季節特有の夏空を連想させる塗装が特徴的だった。配線も複雑に繋がっており、砲身は四つの砲塔に別れていた。
エクト・ブラストは大量のプラーナを消費する代わりに相手を徹底的に追い詰める特徴があった。
だが、発射するまでに相手のプラーナ・パターンを機器が認識するまでロック・オンする時間が必要だった。
ブラッドは即座に右腕をヴァンに向けると叫んだ。
「痛いのはお互い様だ! この一撃で解放してやる!」
ブラッドの右目に装着されたスカウターがヴァンのプラーナ・パターンを解析開始した。
だが、黙って解析されるのを待つ者はこのアルデバラン大陸にはいない。
ヴァンは瞬間移動でブラッドの前に表れると鳩尾に強烈な右拳を叩きこんだ。
胃の中にあった固形物と血を吐き出したブラッドにヴァンは両手を組んでの叩きつけを全力で実行した。
ブラッドは大地に亀裂を入れながら不様な声を漏らして、叩き潰された。
ブラッドが不死身の身体でなければ既に四回はあの世に逝っている。
ヴァンはブラッドの首を右手で鷲掴みにすると簡単に持ち上げた。
「ブー君、僕を殺して……。お願い。こんなの嫌だ。したくない。だけど身体が――」
「――っていろ」
「ブー君……」
「黙っていろ! お前は俺の相棒だ! この世には愛されて生まれた者しかいない! そんな悲しいこという奴はお仕置きだ!」
ブラッドの激が飛んだ。
「ブラッドさん、これは一体なにがあったのですか? それにヴァンさん――?」
最悪のタイミングでアイナが一番来てはいけない戦場に来てしまった。
魔物は処女の清らかな血を至上の好物としていた。
先ほどまでブラッドが最高の獲物だったが獲物が瞬時に切り替わったのをブラッドは肌身で感じた。
「アイナ、逃げろ!」
ブラッドの言葉は虚しく空を切るだけだった。
ブラッドを地面に全力で顔面から叩きつけると、ヴァンはアイナに鮮血に染まった
目を向けた。
一瞬で短距離を零距離にする驚異的な瞬発力を持つ今のヴァンからしたらアイナとの距離は「無い」と同じだった。
瞬間移動してアイナの前に姿を見せた半人半魔のヴァンが獰猛な爪を振り下ろそうとした。だがアイナが危機的状況で、ヴァンの理性が一時的に働いた。
「に……、げ――、て」
「ヴァンさんと違う……。魔物よ――」
アイナが余りの恐怖と失望でその場にへたり込んでしまった。
あれほど明るくて優しかったヴァンがこんな狂気に満ちた惨殺を行う等、アイナ
には考えもつかなかった。
ヴァンは人から嫌われるのには慣れていた。
だが、改めて失望される虚しさと悲しさに心が深く痛むのを感じた。
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