第18話 侵入者VS不審者

「ヴァンさんがあんなに強かったなんて知りませんでした! あのまま行けば王宮騎士団は壊滅しますね!」


「いや、ヴァンの奴、興奮していた。このままでは遅かれ早かれ力が暴走する。そうなれば、ヴァンが危ない。急ぐぞ」


 ブラッドを先頭にアイナが開いた城門の影をぬって王宮内に侵入していた。


 ブラッドは記憶の糸を辿りながら一秒でも早くアイナを国王の元に届け、ヴァンを連れて逃げ帰る算段を必死で考えていた。


 強大な力にはリスクが伴う。


 それはかつて不死鳥の血を求めたブラッドが体験した現実であり、ヴァンの特異体質を知った時の恐怖でもあった。


 ブラッドは迷うことなく王宮内を駆け抜けた。


 だが、そう簡単には事は進まない。


 王宮内に残った騎士団員が二人を見つけると「待て、この混乱に乗じての知謀犯だな!」と追いかけて来た。


 ブラッドは後ろを必死に追いかけて来る王宮騎士団員に対して、毒を吐いた。


「悪いな。お前等と遊んでいる時間は一秒もない。コイツは餞別だ。受け取ってくれ」


 ブラッドは右手に巨大な火の玉の作り出すと、王宮騎士団員たちに向かって放った。


 ブラッドが放った魔法は下級血液魔法の「炎の球」だった。


 だが、修練に修練を重ねることで血液内に取り込むプラーナ量を常人の三倍まで増加させることに成功したブラッドだから成せる技だった。通常は掌より小さめの

火球を作るのが精一杯の「炎の球」を一撃必殺の魔法に昇華させていた。


「炎の球」が石畳に着弾すると赤色の絨毯を巻き込んで業火と化した。


 余りの火力に王宮騎士団員たちは一歩も前に進めなくなっていた。


 その光景を振り向いて視たアイナはブラッドに対して「清々しい」とばかりに声をかけた。


「ブラッドさんは魔術師なんですね! あんな凄い血液魔法、初めて見ました!」


「あの程度、造作もない。先を急ぐぞ」


 ブラッドは曲がり角を左側に曲がった。


 その先には綺麗に剪定された庭が右側に広がる一本道が続いていた。庭には季節特有の樹が綺麗に植えられており花を咲かせては見る者を楽しませる意向が伺えた。国王は美に非常に詳しいと聞いていた。この庭も国王が考えた「美」の一つの形だとブラッドは一瞬で気付いた。


「記憶が確かならこの道を駆け抜けて、左側に曲がった先が国王の寝室だ。一気に行くぞ」


 アイナは「はい!」と明るく返した。


 二人は一本道を全力で駆けた。


 だが、道半ばまで来て、ブラッドは殺意を察して駆けるのを止めた。


「どうしたんですか? 誰もいませんよ?」


「……、上だ!」


 ブラッドがアイナを庇って後方に転がった。


 上から襲いかかって来たのは漆黒のタイツに身を包んだ暗殺者だった。


「この俺様の気配を感じ取った貴様、何者だぁ? こんな所に裏の人間がいるとは恐れ入る――」


 ブラッドはアイナに「下がってろ」と冷淡な口調で話すと目の前の全身黒色タイツ男に対して皮肉を吐いた。


「お前、裏(アン)世界(グラ)の奴か? それにしては仰々しい姿をしているな。蟹みたいな両手しやがって。煮て喰っちまうぞ」


 黒色全身タイツ男は両手にカキヅメを装備していた。また、血液魔法も得意だと言いたげな上級血液魔法の紋様が浮き出た腕を見せつけるように腕だけタイツを着ていなかった。ヒョロリとした筋肉質な男で、相応に修羅場を踏んだ手練れだとブラッドは見切った。


「貴様も相応に俺様と同じように戦いの道に全てを懸けた者だな。こんな平和ボケした国に雇われて腐る所だった。俺様の相手をしてもらおうか!」


 黒色タイツの男は常人とは思えない跳躍を見せた。高さ四フィッツ、ジャンプで軽々と跳んでいた。そこからブラッドめがけて急降下しながらカキヅメでの鋭い連続引っかき攻撃を繰り出した。


 ブラッドは身体を逸らしたり、半身を開いたりと最小限の動きでカキヅメの攻撃をかわした。


 だが、カキヅメ攻撃は囮だった。


 黒色タイツの本命は強靭な脚力にモノを言わせた蹴り技だった。派手なカキヅメで両腕に意識が集中しがちだが、伊達に修羅場を踏んでいない男だ。相手を騙すテクニックも相応に持っていた。


 ブラッドが最小限の動きでカキヅメの攻撃をかわすのは当然とばかりに攻め続ける。黒色タイツはブラッドが攻めに出た時に牙を剥いた。


 ブラッドが隙を見つけ黒色タイツの尖った顎に右掌底を綺麗に叩きこもうとした時だった。カウンターで左からの回し蹴りを黒色タイツがブラッドの左脇腹へ叩きこんだ。その威力はブラッドの身体を一フィッツ宙に浮かせ庭の樹の中に叩きこむくらいだった。


「相応の手練れで助かった。綺麗過ぎる攻撃が故、こちらもカウンターを狙い易かったぞ。さて、そこのお嬢様には俺様とデートしてもらおうか。楽しいたのしいデートだ。『拷問』という名のな」


 黒色タイツがアイナに一歩、また一歩と近づく。


 アイナは異形の存在に恐怖心を隠せなかった。


「おや、足が震えているなぁ。俺様みたいな男は初めてかい? それなら尚楽しみだ。綺麗なお嬢さんだから、さぞ美しい声で鳴いてくれるよなぁ!」


 黒色タイツがゲラゲラと下品に笑った。


「ブラッドさんがあなたなんかに負けません! 必ず、あなたを倒してくれます!」


「気丈だなぁ。あの男は生きていても虫の息だ。肋骨は全部折れて内蔵に突き刺さっている。並の人間では苦痛で死んだほうがマジだと思うだろうさ」


「そんな、嘘……。ブラッドさん――、ブラッドさん!」


 アイナの悲痛な声が庭に響く。


 黒色タイツの下品な笑い声がアイナの悲痛な叫びを「馬鹿な娘だ」と穢す。


 気に入らなかった。


 ブラッド自身が一瞬でも遅れをとったことが気に入らなかった。


 何よりブラッドを想って叫んだ叫びを穢した黒タイツをブラッドは「クソッたれ」と呪った。


 樹々の破片を叩き割って飛び出したブラッドの目は相手を気遣う感情は一切なかった。


「確実に殺す――」


 唯、殺意だけど瞳に宿し、ブラッドから攻めた。


 親指を噛み切ると左腕の紋様に擦りつけた。


 大地に着地したブラッドは怒気に満ちた声を吐いた。


「お前、五体満足であの世に逝けると思うなよ!」


 ブラッドが両手を胸の前で交差させた。


 古代魔法「コヨーテ&ベイロウ」を発動させた証拠だ。


 拳銃を引き抜くとブラッドはプラーナ供給を最大まで加速させてプラーナ弾を掃射した。


 余りに激しいプラーナ弾の嵐に流石の黒色タイツも逃げ腰だった。


 逃げるわけにもいかず、身体中を幾つものプラーナ弾で穴を空けられて、鮮血が噴き上げていた。


 余りの激痛に黒タイツの男が絶叫した。


「へ、へへへ……。痛い、痛いぞ! こんな半分死ぬかもしれない感覚は初めてだ! キンモチイィ!」


「お前はここで逝くんだ。最後の言葉はあるか?」


「あるぜ、あるぜ! 貴様が『甘ちゃん』だってことがなぁ!」


 黒タイツは流れる鮮血をカキヅメを外した右手でねっとりと大量にすくうと左腕の紋様に垂れ流した。


「貴様は最後まで俺様を殺し切れなかった! 俺様も本気、出しちゃうぜ~!」


 黒タイツは血液魔法を二つ発動させた。


 一つはO型固有の上級回復魔法を発動させて、身体中に開いた穴を完全に治癒した。もう一つはカキヅメを外した右掌に何かしらの結界を展開させた。


 ブラッドはこの黒タイツは裏世界の人間でも特異な存在だと察した。


 察した瞬間にブラッドは照準を絞って狙いを外さないように精確に射撃を行った。


 狙いは精確だった。


 黒タイツの頭を吹き飛ばす結果を生み出すはずだった。


 だが、黒タイツが右腕を前に伸ばし、展開した結界によってプラーナ弾の弾道が

「捻じ曲げ」られた。


 ブラッドは血統血液型魔法を使役していることに気付いた。


「察しの良い子は大好きだぁ! 俺様の血液型はご想像通りO型だ! 貴様はどうやら呪われているAB型だが、厄介な奴みたいだなぁ!」


 ブラッドは黒タイツの言葉に返事をせず、唯、精確にプラーナ弾を連射して叩きこんだ。


 黒タイツの右腕が着弾と同時にブレた。


 だが、プラーナ弾の直撃はなかった。


 代わりに黒タイツが剥がれ、顔が見えた。


 三十路前半のざっくばらんな髪をした男の顔が見えた。


 男は愉快そうに笑いながらブラッドに話した。


「貴様、圧倒的だな! この俺様が防戦一方になるなど初めての経験だ! これが狩られる者の気持ちか! 反吐が出る! こんな気持ち良くない感情を覚えたのは始めた! 貴様、名をブラッドと言ったな!」


「だから何だ。貴様はここで果てる。狩られる者として屠ってやる」


「俺様はそんな運命を望んでいない! こんな割に合わない仕事、やってられるか! 貴様には俺様を不快にさせた褒美として教えてやる! 俺様の名はフェニア! 次は俺様がブラッド、貴様を狩る!」


「次はない」


 ブラッドは掃射を止めなかった。


 結界を張ったフェニアの右腕から血が噴き上げて、耐えるのが限界だと悟らせた。


 フェニアの右腕が明後日の方向に向いた瞬間、結界が消えて、フェニアの身体をプラーナ弾が蜂の巣にする姿をブラッドは確実に見た。


 数多のプラーナ弾を撃ち込まれた石製の壁が崩れ落ち、フェニアを圧し潰した。


 ブラッドは上級古代魔法を解除すると、アイナの元に駆けた。


「大丈夫か? 済まない、下手をうった」


「あの怖い人を……、殺したのですか?」


「そうだ。俺の目は確かにあのフェニアを蜂の巣にする光景を見た。唯、少し気になることがあってな。あの男、蜂の巣にしても生きている。そんな気がする」


「それはブラッドさんの感ですか?」


「いや、推測だ。俺は自身の感を信じない主義だ。そんなものが当たれば人間苦労せず生きられる。感が当たらないから人間は面白いもんなんだ。さぁ、先を急ぐぞ」


 ブラッドの言葉を聞いて、アイナは「大人だなぁ」と心の中で感じた。


 ブラッドとアイナは国王の寝室へと向かった。

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