第17話 作戦開始(1)

 時刻は陽も落ちて暗闇が支配する二十時――。


 アイサット王宮の門は硬く閉ざされていた。門の前には門兵が三人立っており、不審な輩がいないか目をギラつかせて見張っていた。火は松明を利用した原始的な炎を光代わりに使っていた。


 松明は城門二フィッツの高さに設けられており、点火は血液魔法で行われる方法を採られていた。


 門兵の他には周囲を見渡す監視兵が王宮を囲む城壁の上に一定間隔で配置されていた。また、移動しながら安全を確認する歩兵も姿を伺えた。


 遠目で見てその数は二十人からなる監視の目が光っていた。


 門兵たちが神経を尖らせて不審者がいないか確認をしている時、暗闇から一人の青年が姿を見せた。ヴァンだ。


「貴様、こんな時間に王宮に何の用事だ。謁見時間はとうに過ぎている。さっさと帰れ」


「帰りたくてもどうしてもここを通らないといけない大切な用事があるんだ! だから、少しだけ、時間をもらえないかな!」


「貴様、頭は大丈夫か? 時間が解らぬ歳でもなかろう? 家の者が心配していると思うぞ。ホラ、帰った、帰った!」


 ヴァンには言い返す言葉がなかった。


 ヴァンは「ナハハハ!」と笑うと表情をふざけた普段の表情から、真剣な表情に切り替えた。


「悪いけど、こっちも仕事なんだ! 相手をしてもらうよ!」


 ヴァンの姿が暗闇の中で一瞬、消えた。


 門兵たちはヴァンが「消え去った!」と錯覚した。


 だが、本当は「目が捕らえ消えないほどの高速で移動した」が正しい。


 ヴァンは門兵の目の前にいきなり姿現すと右掌底を鳩尾に加減をして叩きこんだ。


 門兵は鉄の甲冑で武装していた。


 だが、ヴァンの掌底は甲冑を粉々に粉砕して直に鳩尾に右掌底を叩きこんでいた。


「さぁ、不審者が来たよ! 早くしないと、この門、完全に壊してしまうからね!」


 ヴァンが熱を帯びた熱い声で話した。


 いきなり現れた不審者に対して、王宮は大騒ぎになった。


「正門に不審者が現れた! 手が余っている者は不審者を捕獲に向かえ!」


「駄目です! 力が違い過ぎます! 不審者は一人で十人からの兵士を相手に暴れ回っています!」


「騎士団に出動命令を伝達しろ! たった一人にこのアイサット王宮が陥落されたとなれば恥などでは済まないぞ!」


 ヴァンは事態がブラッドの考えていた通りに進んで内心「ブー君の作戦はいつも凄いや!」とブラッドを称賛していた。


 唯、ヴァンの周りは敵だらけだった。前衛を担う戦士(ウォリアー)から槍術士(ランサー)、格闘技を得意とする格闘術士(モンク)まで総出動していた。後衛にはO型を結集した回復術士(ヒーラー)部隊からA型を集めた魔道士(マジシャン)部隊。B型を集めた補助(サポー)魔道士(ター)部隊と総出動だった。


 その全てを前にしてヴァンの心は踊っていた。


「力を加減してこれだけの相手をするのは難しいかな?」と考えると同時に、自分の悪癖、戦闘狂(バーサーカー)の性格が前へと押し出されつつあるのを感じた。


 城門の上で鋼の甲冑に身を包んだ指揮官が命令を下した。


「補助魔法部隊、血液魔法展開! 同時に魔道士部隊、けん制にかかれぃ!」


 補助魔道士部隊が前衛の戦士たち全員に対して身体(ボディ)能力(・ハイ)向上(・ブースト)魔法を展開した。


 それが終わるやいなや、魔導士部隊が「水の龍」を全員で唱え、ヴァンに放った。


 凄まじい量の水が激しい濁流となりヴァンに襲い掛かった。


 だが、ヴァンは避けようとはしなかった。


 拳に着けていたグローブを付け直すと全力の右掌底を「水の龍」に対して叩きつけた。


 凄まじい水圧に対して、ヴァンの右掌底の一撃の威力が勝った。


「水の龍」はうち破られ四散した。


 同時にヴァンが吠えた。


「後ろに隠れてコソコソ攻撃をするような奴に僕は負けない! 次は誰だい!」


 ヴァンの言葉に指揮官が恐怖心を抱くと同時に叫んだ。


「こうなったら正門を開け! 全部隊の突撃を持って不審者を捕らえるのだ!」


 正門が腹に響く轟音を立てながら押し開かれた。


 中から王国内最強と名高いアイサット王宮騎士団が白銀に装飾された甲冑に身を包んだ姿で威勢良く飛び出して来た。


 ヴァンの周囲を囲っていた戦士や槍術士たちも王宮騎士団の登場を受けて士気が高まり、ヴァンに斬りかかる。


 ヴァンはブラッドと一緒にタオ老師に訓練を着けてもらっている身だった。


 タオ老師のように変幻自在で俊敏な動きをしない限り、ヴァンにとって他の攻撃は止まっているのと同じだった。


 前後左右からの剣戟、突きを同時に受けたヴァンは柔軟な身体を活かして、一瞬で身体を屈めることで斬撃や突きを避けた。


 一呼吸の間にヴァンは態勢を立て直して、周囲に立っている者に対して三六〇度の足払いを放った。


 足払いで足を刈られた前衛職たちは例え血液魔法で身体を強化しようが関係なかった。転倒させられ、身体をヴァンに全力で踏みつけられ失神させられていた。

また、失神した身体の上を足場にされながら、前衛職たちは乱戦に持ち込まれていた。


 ヴァンの近接格闘術は他の前衛職たちと比べて別の次元に突入していた。


 振り下ろされる騎士団員の剣の軌道をヴァンは一瞬で見切って中指と人差し指で剣を挟み、一回引き抜こうと力をかけた。騎士団員は剣を放さまいと右手に力を込める。その力を込めた瞬間に剣を押し込む力と右側に捻る力を与えることで意表を突

かれた騎士団員は右手から剣を放した。


 剣を放した後はヴァンの領域だ。


 左掌底を兜の上からでも叩きこむ。


 圧倒的な力で兜右側面を叩き割られた騎士団員は脳震盪を起こして失神してその場に膝から崩れ落ちた。


 この間にかかった時間は二秒。


 卓越した身体能力を使ってかわしながら攻める攻撃をヴァンは全方位から攻められながらも確実に処理していった。


 秘境アナルタシアとファイント帝国から国を守る最強の王宮騎士団相手に一方的な攻撃で次々と戦闘不能者を続出させていくヴァンに王宮騎士団側の士気は完全に削がれていた。


「何をしておるかぁ! 不審者一人にアイサット王国最強の王宮騎士団が手間取る等あってはならぬ事態! この『八双のジュウゴ』様が一瞬で狩ってやるわ!」

白銀の鎧に身を包んだ騎士団員たちをかき分けて、漆黒の鎧に身を包んだ大剣使い、ジュウゴが再び姿を現した。


 だが、勢いのついたヴァンは誰にも止められない。


 ジュウゴが威勢良く前衛に出たのが間違いだった。


 ヴァンは今、半分、戦闘狂の快楽に意識を持って行かれていた。


 ジュウゴが大剣を構える前にヴァンの素早い動きから放たれる強力な右ハイキックを左側頭部に叩きこまれ意識を刈り取られた。


 一応、王国一の剣技使いが一瞬で狩られた姿は王宮騎士団員たちにとっては衝撃的だった。


「あのジュウゴ様が一撃で叩き伏せられた!」


「もう駄目だ! 撤退だ!」


「でも、ここで退いたら最強騎士団の名が泣くぞ! 踏ん張れ!」


 ブラッドが考えた通り、ヴァンの陽動作戦は大成功だった。


 王宮騎士団員たちを含めて王宮内は大混乱に陥っていた。


 ヴァンが陽動の役割を果たしている間に、ブラッドとアイナの別働隊が動き出していた。

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