第15話 とある日常

「この肉は何でしょうか? 香ばしい匂いがしますが、肉をそのまま売っているなんて珍しいです」


 アイナは焼き鳥屋の前で歩みを止めた。


 ジュノの焼き鳥はその場で千日鳥を解体して棒に刺し、香辛料をまぶしては血液魔法であぶる豪快な見せかたと料理方法が当たり前だった。そんな当たり前を知らないとなると「この娘は東から来た娘か?」とブラッドは疑念を抱いた。


 血液魔法「炎の球」で火力を調整しながら炙る千日鳥の味はジュノの家庭の味として定着していた。


 ヴァンが笑顔で物欲しそうに焼き鳥をみるアイナに提案した。


「欲しかったら買って良いんだよ! 僕たち、最低限のお金は確保しているから遠慮する必要はないからね! 君から百ゼニの報酬も貰っているし!」


 ヴァンの人懐っこい笑顔を見て、アイナは頬を朱色に染めて恥じらいながら、小声で「では、お願いします」と語って来た。


 ヴァンは顔見知りの焼き鳥屋の店主に「一人前の焼き鳥下さいな!」と元気に話しかけた。


 店主はヴァンを見て、「この問題児が! 次、問題を起こしたら貴様を焼いてやるからな!」と憎まれ口を笑顔で語りながら手際よく千日鳥をナイフで捌いていった。


 店主の腕は確かだとジュノでは評判が良かった。数秒で笹の葉をお椀型に作った器にてんこ盛りの千日鳥の肉が乗せられていた。

これで五十ゼニだから非常に安いしお腹も満足する。


 ヴァンは店主にゼニを支払うとお礼を言った。その後、笹の葉の器を持ってアイナに差し出した。


 アイナは暑い中でも湯気があがる出来たての鶏肉を見て瞳を輝かせた。


「どうやって食べるのですか? ナイフやフォークはないのですか?」


「そんなの要らないよ! 手で摘まんで口に放り込むのがジュノ流の食べかただ!」


 ヴァンに教えられたアイナは、焼き鳥を一つ手に取ると口にパクリッと放り込んだ。


 心を閉ざしたようなアイナの瞳が煌めいた。


「凄く美味しいです! こんな美味しい料理を私、初めて食べました!」


「大袈裟だなぁ! この辺りならブー君が良く知っているんだ! 昔からブー君はこの辺りで育ったからね! もっと美味しい料理や楽しい事を熟知しているよ!」


「ブラッドさんも鶏肉を食べませんか?」とアイナが話しかけた。


 ブラッドの頭の中では在りし日のセティンの姿が思い出されていた。


                   ×

 五歳差の妹――。


 それはブラッドにとっては「守らなければ」と責任感を強く意識する年齢差だった。


 ブラッドが五歳の時にセティンはこの世に生を受けた。


 ブラッドは両親と一緒にセティンの子守りからかかわっていた。


「セティンとは?」とブラッドに問うと「自分の命を賭して守るべき存在」とブラッドは躊躇なく答えられた。


 笑える日も、涙を流した日も常に記憶の中にはセティンがいた。


 ブラッドが成長する度にセティンも成長していった。


 年齢差と性別の違いで時々、セティンの考えが解らなくなる時もあった。


 そんな時、母親は決まってブラッドに優しく話した。


「お兄ちゃんとか関係ないの。等身大のセティンを見て上げてね」


 幼いブラッドには母親の言葉が良く解らなかった。


 だが、両親が疫病で早くになくなると、セティンも「一人前になろう」と自立を始めた。


 まだ、遊びたい年頃なのに家事をしたり、掃除を一生懸命したりとブラッドからみたら無理をしているのが痛々しいほど解った。


 そんなセティンを見てブラッドは幼心に「僕がセティンを守るんだ」と誓ったのを思い出した。


 二人の楽しみはブラッドが稼いだゼニでの買い物だった。


 セティンは食材に興味を示すと同時にファッションに興味を示していた。


 服屋に行っては安いリボンを買ったり、髪留めを買うのがささやかな楽しみだった。


 ブラッドはセティンを心の底から大切に想いっていた。


 年齢を重ねるに連れ、母親に言われた等身大のセティンを見て「愛おしい妹」と強く意識するようになっていた。


 そんな二人の思い出が詰まった商店街に今、昔を回顧出来る美少女と共にブラッドは立っていた。

                     ×


「ブラッドさん? 私の顔になにかついていますか?」


 アイナの言葉にブラッドは一気に現実に連れ戻された。


「……、何でもない。この辺りだと五フィッツ先の服屋が可愛らしい服を多く扱っている。喉が渇いたら服屋の直ぐ向かいの果物屋のおばさんが新鮮な果実の飲み物を安いゼニで作ってくれる。疲れたら石段に座って休めば良い。この街は自由に遊ぶのが楽しむコツだ」


 ブラッドのアドバイスを聞いて、アイナは顔を太陽のように明るく笑顔にすると駆けだしていた。


 ヴァンはアイナの後を追って、駆けて行った。


 残されたブラッドは複雑な心境でゆっくり街の中を歩いた。


 どの店も、どの風景にもセティンの面影が残っていることにブラッドは改めて気付かされた。


 そんな大切な妹の最後を悲惨なことにさせた罪人――。


 死んで詫びることもできない身体になったブラッドにとって「死」は憧れだった。


 タオ老師とかたることが多いが、「死ぬは逃げることじゃ」とタオ老師はブラッドに説いた。


 だが、ブラッドは死んで家族と再会する日をいつも夢見ていた。


「こんな形でセティンがどれだけ大切な妹だったかを思い知らされるなんてな――」


 ブラッドは独り言を呟くとヴァンに服を色々と見せているアイナの元に合流した。

 

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