第12話 五年後――(2)

 ブラッドが取り出したのは唯の拳銃とは違った。今の聖歴一一〇年で小型拳銃は存在しない。古文書にその存在をほのめかした記述は記載されているのがアイサット王国内考古学班の研究で明らかになっているが、現代の血液魔法が主体の文明で銃は復刻されていなかった。


 風の噂でファイント帝国が長銃を復刻させたと話が入って来ているがその真相は定かではなかった。


 だから、ブラッドが持っているオートマチック式の拳銃は非常に研究価値があり資料的にも重要な古代魔法だった。


 しかも、上級古代魔法に属する高等魔法でオートマチック式拳銃が存在するとアイサット国王が耳にしたらブラッドは即座に研究対象となり、捕獲される。


 だが、ブラッドは過去の弱い自分と決別するためにこの五年間、血が滲むでは済まない過酷過ぎる修練を積んで来た。


 寝る間を惜しんで自己鍛錬に励み、阿呆だと話にならないと悟り、勉学も働く合間をぬっては商人に聞きながら相応以上の知識を蓄えていた。何よりタオ老師の講義がブラッドを大きく成長させていた。


 お互い、過去に過ちを犯した者同士。


 自身の成すべきことは誰よりも知っていた。


 結果、ブラッドはアイサット王国の騎士団程度では捕まらない圧倒的な力を身に付けていた。


 その力を体現していたのが古代血液魔法「コヨーテ&ベイロウ」だ。


「コヨーテ&ベイロウ」は二丁一対のオートマチック式拳銃だ。非常に大型拳銃の形をした血液魔法決戦兵器であり、相応の威力があった。だが、手練れたブラッドでも反動で時々照準が定まらない時があった。


 色は漆黒に染め上げられた拳銃が「コヨーテ」。白銀に染め上げられた拳銃が「ベイロウ」だった。


 ブラッドは二丁拳銃を容赦なく歯車に向かって発砲した。


 轟音と同時に発射されるのは弾丸ではなく、血液に宿っている魔力の源「プラーナ」だった。


 ブラッドのプラーナは相当量蓄積されており、少しの戦闘ではなくならなかった。


「コヨーテ&ベイロウ」はプラーナ増幅装置の役割を担う古代血液魔法だった。トリガーを引くと銃身内にコンマ数秒でブラッドの体内プラーナを吸引、増幅させ打ち出す血液魔法兵器だった。


 ブラッドは「コヨーテ&ベイロウ」を使ってタオ老師の「五頭龍の顎」を次々に撃ち破って行く。


 全て不規則な軌道を描く狙い難い上級古代魔法であった。だが、ブラッドの目からしたら撃ち落とすなど造作もなかった。


 ブラッドはタオ老師に照準を絞ると容赦なくプラーナ弾を掃射した。


 タオ老師は慌てながら身軽な動作でプラーナ弾の掃射から身をかわした。


「畜生が! 当たれってんだ!」


「ブー君の狙いでは儂には当てられないぞ! 下手くそ!」


 二人の訓練というか「殺し合い」が苛烈を加速していく。


 そんな時、やけに明るい声が広場に響いた。


「ブー君! お師匠! 新しい仕事が半年振りに入ったよ! 僕たちの地道な努力が報われた証拠だよ!」


 乱入して来たのは一七歳のブラッドと同じ歳の青年だった。短髪で人懐っこい性格が伺える顔は柔和な笑顔を浮かべていた。服装は無地のカットソーに肌色の短パン姿だった。非常にラフな姿をしていた。


「ヴァン! クソジジイとの訓練中だ! 入ってくるな!」


「ブー君とお師匠の特訓って身体が吹き飛ぶ本当の殺し合いだもん! 見てはいられないよ! そんな訓練は即刻中止だ!」


 心優しいヴァンに対してブラッドは容赦なく「コヨーテ&ベイロウ」を向けて発砲した。


 轟音と同時にヴァンの足元に着弾したプラーナ弾は大穴を開けた。


「わわっ! ブー君、何するんだよ!」


「次、邪魔したらお前の身体が吹き飛ぶことになる警告だ。それで、新しい仕事の依頼っていうのは?」


 ブラッドが「訓練に水を差された」と後味が悪そうに舌打ちをしては「コヨーテ&ベイロウ」を消滅させた。


 タオ老師は「肝が冷えたわい」と樹の根に腰を降ろすとヴァンの話に耳を傾けた。


 二人が聴く態勢に入ったのを見てヴァンは腰のポシェットから洋紙を取り出して話し始めた。


「護衛の依頼が来ているんだ。依頼主の名前はアイナちゃん! 詳細は会って話がしたいって要望だよ! どうする、ブー君? 僕はこの依頼受けても構わないと思う。だけど、ブー君の意見を聞かないと何とも言えないと考えてさ!」


「依頼が来たのはいつもの喫茶店掲示板か?」


 ブラッドはヴァンに質問した。


 ヴァンは「そうだよ!」と明るく返した。


 ブラッドは今、ヴァンとコンビを組んで「お助け屋」を営んでいた。「お助け屋」とはつまり「何でも屋」だ。子供の子守りから魔物退治まで幅広く請け負っていた。だが、結成して月日が浅く首都ジュノの一部の家庭から子守りや買い出しの依頼が来る程度だった。


 そんな二人に半年振りに舞い込んだ依頼についてブラッドは違和感を覚えた。


 だが、ブラッドは感など当てにならないと考えていた。だから、ブラッドは第六感を信じなかった。


「いいぜ。受けようか。それでそのアイナって子と会うのはいつなんだ?」


「今日の『午前十時に喫茶店で』って話になっているよ! 急な話だから子猫を探す時の護衛かな?」


「そんなところだろうな。まぁいい。俺たちは来るモノは拒まず、去るモノは徹底的に追う主義だ。ゼニさえ出してくれるなら俺は文句を言わない」


 ヴァンは現金主義のブラッドに対して「ブー君の現金主義は本当に困ったもんだよ」と愚痴を零した。


 話が纏まったところでタオ老師が話を切り出した。


「今日は五体満足で済んで助かったわ。ブー君にヴァン。朝食にするか? サハギン族の朝食は絶品じゃぞ!」


 ブラッドとヴァンはタオ老師の朝食の誘いに対して顔面蒼白にして返した。


「俺たち、喫茶店で飯を食うからジジイだけで、サハギン族の朝食を堪能してくれ!」


「ウンウン! 僕もブー君と食べるから、サハギン族の朝食は遠慮しておくよ!」


 二人に断られてタオ老師は「つまらんのぉ」と寂しそうに樹々の奥へと姿を消して行った。


 残されたブラッドとヴァンは王都ジュノに向けて話しながら歩き出した。


「流石に朝一番から生魚を頭から食べる拷問を受けたくないもんだぜ」


「そうだよね。お師匠には悪いけどサハギン族の味覚と僕たちは合わないよ。あと、あの得体の知れない液体を飲むのも勘弁だ。生臭くて思い出しただけでも吐き気がする」


 文化の違い。二人はサハギン族と人間のあらゆる差を痛感していた。


 ブラッドは人間とは敵対種の関係にあるサハギン族とこの五年間で特別な交友関係を築いていた。


 ヴァンもブラッドの相棒としてサハギン族に歓迎されて特別な立場にあった。


 だが、文化の違いと考えかたの違いで悲痛な経験を数多くしていたので極力関わらないようにしようと二人は硬く決めていた。


 そんな二人が向かう先は王都ジュノの喫茶店「サニーデイ」だ。


 ブラッドとヴァンは二人そこで依頼を受けたり、街の人と話したりしていた。


 今日もブラッドとヴァンの新しい日が始まる。

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