第10話 プロローグ(10) 妹

 ブラッドはゆっくり目を覚ました。

 

 自分自身が生きている現実が不思議で仕方がなかった。


 目を覚ましたブラッドが寝ていたのはブラッドの家のベッドの上だった。


「何で僕は自分の家に帰っているんだ?」


 ブラッドは不思議に考えて記憶を遡った。


 最後の光景は不死鳥に見降ろされながら別れを告げられた時が最後だった。


 そこからの記憶は全くない。


 ブラッドは自分自身が魔法を体得したのかどうかも解らなかった。


 上半身を起こしたブラッドに明るく声をかけたのはタオ老師だった。


「ブー君は悪運が強いのぉ。不死鳥が儂の元に貴様を運んで来た時は度肝を抜かれたわい。貴様は五日間寝たままの生活をしていたんだじゃ。この家はサハギン族に調べさせてもらったぞ。奴等は儂にとっては家族同然の輩じゃからな」


「僕は不死鳥の血を飲んで……、死んだ。でも、生きている」


 タオ老師は非常に言い難そうに話を続けた。


「貴様も不完全な生命体となった……、というわけじゃ。不死鳥の血を完全に血液魔法に変換出来なかった。その者が辿る結末は永遠の孤独じゃ。貴様が生きがいにしていた妹さんももうおらぬ」


 タオ老師の言葉を聞いて、ブラッドは我に返った。


「セティン! そうだ、妹はどこにいるんですか! 僕が五日間も寝ている間にセティンはどうなったのですか!」


 タオ老師は凛とした表情でブラッドを見ると現実を話した。


「貴様をこの家に連れて帰った時にはもう逝っておった。一人寂しく戦ったんじゃ。最後まで貴様、兄の返りを信じて誰にも助けを求めず、唯、孤独の中、一人で逝ったんじゃ」


 ブラッドはタオ老師の話を聞いて現実を知った。


 こんな不出来な兄の返りをずっと待ちながら一人で戦いながら逝く。


 どれほど孤独だったか?


 どれだけ辛かったか?


 ブラッドは自分の採った行動が間違いだったと深く後悔すると同時に情けないと自身を責めた。


 セティンの気持ちを考えるだけで涙が溢れて止まらなかった。


 嗚咽を堪えながらも必死にタオ老師にブラッドは話した。


「妹は、セティンは笑っていましたか?」


「……」


「そうですか。僕は本物の罪人だ。不死鳥を傷付け、自身に罰を背負っただけでなく、大切な人の最後にさえ立ち会えなかった。セティンを笑顔で送り出せなかった。恨まれて当然だ」


「そう、自分自身を責めるでない。人は過ちを犯すモノじゃ。この先、生きておれば、必ず恩返しができる時が来る」


「僕はもう一人だ。生きる希望を失った僕は死ぬ以外考えられない」


「貴様はもう死すら許されぬ存在じゃ。不死鳥の血に適合出来なかった者は全員、生きた屍と化す。どんなに苦痛を与えられようが、貴様は永遠を生きる。家族の元さえも行けない永遠の罰。時間は腐るほどある。まぁゆっくり行こうかのぉ」


 タオ老師の話した言葉にブラッドは絶望を通り越して無の境地に至った。


 大切な妹の笑顔を見に死ぬことを許されない身体――。


 そんなとんでもない身体に自身が堕ちたことをブラッドは心底嘆き、悲しんだ。


 そんなブラッドに対してタオ老師だけが優しく接した。


「儂も貴様と同じ境遇よ。二人で道を極めるのも悪くない。貴様には才能がある。死を超越したなら相応に生きて行こうぞ」


「セティン、父さん、母さん……。ごめん、ごめんなさい――」


 ブラッドの嗚咽が混ざった涙が止まることはなかった。


 最悪の結果に終わった少年の旅路は永遠の始まりだった。


 ブラッドはこれから先、どう生きるか想像も出来なかった。


 唯、セティンと両親への謝罪の念と後悔だけが己の心を支配していた。

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