第8話 プロローグ(8) 戯れ(2)

 タオ老師の動きを見切ったブラッドの動きは卓越していた。


 右側へ跳躍して逃げようとするタオ老師に対して、動きを全て暗記しているブラッドは素早く腰を落としていた。つまり、力強く大地を蹴られる状態にあった。重心を少し移動させることでタオ老師の翻弄する動きに完全に喰らいついていた。


「貴様は本当に面白いガキじゃ! ここまで一瞬で儂の動きを見切った人間に出会ったのは初めてじゃ!」


「じゃあ、僕のポシェットを返してよ! 時間が無いんだ!」


 タオ老師は変幻自在な動きで広場を駆け巡った。


 ブラッドは翻弄されながらも、一瞬で動きを頭に叩きこみ、感情を読みとり、鍛え上げた身体でタオ老師に肉薄した。


 杖の先端に引っ掛けられていたポシェットに手を伸ばせば届きそうな距離まで、ブラッドは一瞬で距離を詰めた。


 だが、タオ老師の瞬間的に加速する素早い動きに翻弄されポシェットまであと少し手が届かない。


 そんな激しい攻防戦がアナルタシアの中で繰り広げられていた。


 お互い血液魔法を使うなど無粋な行為は行わなかった。


 唯、己の肉体の限界に挑み、更に上を目指して切磋琢磨する。


 タオ老師は心底楽しいといった表情でブラッドをみては歓喜の声をあげた。


「貴様、素晴らしい才能を持っておる! ここまで気持ち踊る遊びは初めてじゃ! 儂に追いつく身の捌きかた! 柔軟な対応能力と思考回路! 儂を越える才能じゃ!」


「そんなに褒めるなら意地悪しないで!」


 ブラッドは腹の底からタオ老師に懇願した。


 ポシェットには地図や水、治療薬ともしもの時に使う大切な道具が沢山詰められていた。


 何よりブラッドにとってポシェットは父親に譲ってもらった大切な品だった。


 そんな大切な品を諦めるなんてブラッドには出来なかった。


 タオ老師の後を追うのではずっと状況は変わらないとブラッドは考えた。


『先を読め! 仕事でも先を見て行動していた! 覚えたルートから次に相手がどんな動きをするか感情を読んで予測するんだ!』


 ブラッドの目にはタオ老師の動きが完全に見えていた。


 その上でタオ老師の動きを予測して動く。十二歳の少年が簡単に出来る技術とは違った。


 だが、卓越した能力を持つブラッドの貧乏故に休むことなく働き、鍛え上げられた肉体と思考回路があってこそ、不可能を可能にさせた。


 ブラッドの目にはタオ老師の動きを見切った線と次の動きを予測した線が見えていた。


 タオ老師が「ブラッドの目つきが変わった」と感じた時には遅かった。


 俊敏な猟犬の如く、ブラッドはタオ老師の動きの更に上を行った。


 予測された動きとタオ老師の動きが一致した位置にブラッドは飛び込んだ。


 全ては決まったことだった。


 タオ老師は十二歳の少年に動きを見切られた上、ポシェットを奪い返された。


 それはタオ老師の生涯二百歳の中でも驚くべき事態だった。


 ポシェットを奪い返したブラッドは中身を確認すると、タオ老師に笑顔で話しかけた。


「治療してくれたのには礼を言います! 僕は急ぐのでこれで!」


「待つのじゃ。クソガキ」


 この期に及んで呼び止めるタオ老師にブラッドは面倒臭そうに「何ですか?」と返した。


「不死鳥はここから西南西にずっと行った先の洞窟内で眠っておる。貴様ならもしかしたら……。幸運を祈る」


 ブラッドはタオ老師から不死鳥の有力な情報を聞いて、お礼を口にするとそのまま広場を後にした。


 タオ老師はブラッドの背を見ながら、「無事であればよいな」と呟いた。

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