第7話 プロローグ(7) 戯れ

 タオ老師が歩みを止めたのは三十分経ってのことだった。


 樹々が枝を手広く広げた青々とした中、ぽっかりと広場が出来たところでタオ老師は立ち止まった。その後、陽気な口調と珍妙なダンスを踊りながら、タオ老師はブラッドに話した。


「貴様は中々な才能を持つガキじゃ。儂からこのポシェットを採り返すゲームをしようと思うぞ!」


 タオ老師が左掌に持ち出したのはブラッド愛用のポシェットだった。


「僕のポシェット! いつのまに盗ったの!」


「貴様はお人好しよのぉ。儂が治療している間、隙があり過ぎて盗るのは簡単だったぞ。さて、何日で取り返せるかのぉ?」


「この、返せ!」


 ブラッドが真正面からタオ老師に掴みかかった。


 だが、タオ老師は軽快な身のこなしでブラッドの掴みかかりをかわし、右横に着地すると杖でブラッドの頭を軽く一発叩いた。


「『戦場の掟、その一、真正面から相手にぶつかるな』。貴様は未熟過ぎる。サハギンたちに真正面からぶつかっても勝ち目は薄い。ならどうするか考えてみせい」


「説教を聞くために遊びに付き合っているのとは違う! 僕は早く進まなきゃ駄目なんだ!」


 ブラッドはタオ老師めがけて血液魔法「炎の球」を右掌に集めて放った。


 タオ老師は放たれた「炎の球」を簡単に右側へのステップでかわした。ブラッドはその行動を読んでいた。タオ老師のステップ後を狙って飛びかかった。


 だが、タオ老師は動きを読んだブラッドの行動を察していた。持ち物を持っていない左掌をブラッドに向けて突き出すと血液魔法を発動させた。


 タオ老師が発動させたのは補助血液魔法「光(ホーリー)の(・)壁(リフレクション)」だった。


 魔法や物理攻撃を完全に遮断する光の壁を展開する下級血液魔法だった。


「光の壁」が目の前に現れるとブラッドはタオ老師に近づくことさえ出来ない。


 顔面から壁に激突したブラッドは顔を押さえて痛みで跳ね回った。


「『戦場の掟、その二、血液魔法を効率的に使え』。どうも貴様は血液魔法の意味をはき違えておるな。血液魔法とは自身の血液を媒体に奇跡を起こす技術。万能の技術とは違う。唯、闇雲に扱うだけでは効果は望めぬ。もっと要所を絞って扱え」


 ブラッドはタオ老師の話を聞いて、腹が立って仕方がなかった。


「遊ぶ」と言いながらタオ老師はブラッドに駄目だしをしていた。タオ老師の駄目だしに腹が立ち、冷静に聞き入ることさえ出来なかった。


「だからなんだ! 僕に駄目だしをしてそんなに楽しいか!」


「小物の人間をからかうのは本当に愉快で仕方がないのぉ。ホレホレ、ポシェットを返して欲しかったらもっと自身の殻をブチ破らないと儂には一生涯をかけても届かぬぞ。流行り病で床に伏している妹さんの顔さえ見ずに別れを告げることになるぞぉ」


 ブラッドは嫌味しか言わないタオ老師に対して「クソジジイ!」と毒を吐いた。


 その上でブラッドは冷静にタオ老師について思考を巡らせていた。


 タオ老師がどんな血液型でどんな血液魔法を扱うかは解らない。だが、相当な手荒れだというのをブラッドは手応えから感じていた。同時に真面に相手をしていたら本当に何年も時間が取られてしまうとも判断した。


 ブラッドが採った作戦は街の中で培った生きる術だった。


 若くして苦難の道を歩んでいたブラッドは、生活の中から多くの事を街の人から学んでいた。


 小麦運搬の仕事では力を使わない。腰を低く構えて身体で何袋も同時に持つのがコツだと商人から教わった。また、子供の面倒を見る仕事では、子供の未発育な心をどうやって読みとるかの感情の流れを叔母さんから良く教えてもらった。夜の居酒屋では同時に何品ものメニューを覚えるにはメニューを実際に視て、頭の中で関連付けるようにマスターから教わった。


 そんな些細なことを頭の中で全て思い出してブラッドは自身の糧としてタオ老師に挑んだ。


 タオ老師の身のこなしは卓越し過ぎている。人間の身のこなし以上の軽快さと柔軟性を持っていると子守りの時の洞察眼から察した。


 ブラッドが夜の居酒屋仕事で覚えた暗記術から冷静にタオ老師の動きを追って全てを記憶していった。


 右側から半弧を描いて左側へ高く跳躍し、その後、ブラッドの周りを茶化すように右回りの円を描くように回る。


 この軌道と一連の動きはどんなに攻め立ても変わらない癖みたいなものだとブラッドは判断した。そこからブラッドは小麦運搬の仕事で覚えた腰を落として身体全体でぶつかる気持ちでタオ老師の動きの軌道上に乗った。


 急に自身の動きに気付いたブラッドの動きにタオ老師は不敵な笑みを浮かべた。


「そうでなければ遊びは面白くない! 貴様は相応に対応してくると考えていたぞ!」


「僕を馬鹿にしないほうが良いよ! 絶対にポシェットを返してもらうからね!」

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