第6話 プロローグ(6) 接敵(3)
AB型が使える数少ない下級魔法を危機迫った時に体得したブラッドは強運だった。
ブラッドの強い意志を受けて放たれた「水の龍」は目の前に立っていたサハギン・ロード二体を直撃した。サハギン・ロードは押し流され、後ろで魔法を展開しようとしていたサハギン・ウィザードたち三体に激突して態勢を崩させた。
ブラッドは今の内に逃げれば問題なく逃げ切れると考えた。
だが、慣れない水の龍を全力で放ち、プラーナが限界を迎えていた。
ブラッドは戦いの果てにプラーナを使い果たし、その場に右膝を突いた。
ブラッドの呼吸は荒く、生命源プラーナを極限まで使い果たした結果、意識が途絶える一歩手前だった。
「水の龍」の直撃を受けたサハギン族たちが態勢を立て直すと全員が奇声をあげた。
ブラッドに対して試練はどこまでも続く。
サハギン族たちはブラッドを手強い獲物と考えた。
奇声が止んだ後、樹々の間から多くの奇声が返って来た。
ブラッドは薄れる眼で周囲を見渡した。すると、サハギン族がブラッドを取り囲むように総勢四十体から姿を現した。
ブラッドはこの場で果てるか最後まで戦い抜くか選択肢を選ぶ事になった。
普通の人間ならこの時点で戦う意志を失う。
だが、ブラッドは違った。
魔法が使えなくなったら、拳がある。拳が砕けたら足がある。足が折られたら頭突きがある。頭が粉砕されたら骨で突く、骨がへし折られたら、噛みつく。歯が叩き折られたら呪い殺す。
どこまでも抵抗を諦めない姿勢を崩さなかった。
瀕死のブラッドがフラフラしながら先頭態勢を採った時、サハギン族たちも戦闘態勢を採った。
一触即発の空気の中、ブラッドは「全員この場で殺してでも生きてやる!」と意志を固めた。
サハギン族のリーダーが「かかれ!」の声をあげようとした時、樹々の間から老人の大声が響いた。
「馬鹿たれ共! 儂は人間のクソガキなんぞ好物とは違う! もっとマシな食べ物を採ってこんかい!」
樹々の隙間から姿を現したのは小柄で木製の杖を突いた髭の長い老人だった。老人は紺色のロープに身を包んでおり、年齢はしわが多いところと曲がった背から相当な高齢者だとブラッドは考えた。
老人は良く通るしゃがれた声でサハギン族たちに「さっさと、ご飯を探して来い!」と地団駄を元気良く踏んだ。そんな我儘な老人の言葉に対して獰猛なはずのサハギン族たちが従順に従い、ブラッドの前から一体、また一体と姿を消して行った。
残されたブラッドは、命の危機が去ったのと目の前に同じ人間だと思われる老人を前にして腰が抜けてその場にへたり込んだ。
老人はしわで開いているのかどうか解らない目でブラッドを見ると愉快そうに話した。
「貴様は中々面白い性格をしておるガキじゃ。あのサハギン族を相手に一歩も退かない強靭な想い。戦闘において冷静さを失わないが熱い闘争心。なにより、血液型も面白い。どうじゃ、少し儂と遊ばないか?」
老人はニンマリと意地悪そうな笑顔を浮かべると、ブラッドに問いかけた。
ブラッドは老人の問いに対して、どう答えたら良いか解らなかった。
だが、一つだけブラッドが老人に絶対に聞かねばならないことがあった。
「質問に質問で返してごめんなさい! 僕は何が何でも不死鳥狩りをして血を飲む必要があるのです! 妹を助けたいのです! だから、不死鳥の居場所を教えて下さい!」
ブラッドの鬼気迫る表情を見て老人は意地悪そうに話した。
「はて、不死鳥? そんな魔物を見たような、見ていないような……。何せ二百歳になるからのぉ。儂が不死鳥みたいなもんじゃ!」
腹を抱えてゲラゲラ笑う老人にブラッドは心底腹が立った。
「僕は本気で聞いているんだ! 知らないならお爺さんに用事はありません!」
瀕死の状態でも前に進もうとするブラッドの前に老人が素早く移動して話しかけた。
「貴様は年配の者に対しての礼儀を知らないクソガキじゃな! 儂が『遊ぼう』と言えば付き合うのが若者の務めじゃ!」
「僕は本当に大切な用事があるのです! 遊ぶ暇なんて一切ありませんよ!」
ブラッドが強く言い切ると老人は地団駄を踏んで駄々を捏ね始めた。
「嫌じゃ、嫌じゃ! 儂は貴様と遊ぶと決めたんじゃ! 絶対に遊んでくれるまでこの場所から動かさないからな!」
ブラッドは子供じみた我儘を言う老人を無視して身体を引きながら前に進もうとした。
その時、老人が小声で真剣な声で呟いた。
「そんな満身創痍な身体で不死鳥を狩るなど身の程を知らぬ証拠じゃ。下級血液魔法を二種類体得したからどうなる? 儂の友達サハギン族にいいように弄ばれる小童が不死鳥を狩るなど自惚れておる証拠じゃ」
老人が話した内容はブラッドの心に突き刺さった。突き刺さった棘を指摘されたブラッドは烈火の如く言い返した。
「では、あなたならセティンを救えるとでもいうのですか! 僕しかセティンを救える人間はいないんだ! 大切な家族を守れるのは僕だけだ! 何の事情も知らない赤の他人に知ったような口を叩かれる覚えはないよ!」
ブラッドの本気の目に老人は愉快そうに話した。
「それなら、傷を儂が癒してやろう。その代わり儂と遊ぶんじゃ。遊んだ後は貴様の好きにするが良い。儂は一切、干渉せん。だから儂と遊ぶのじゃ!」
老人の提案にブラッドは自身の身体の状態を顧みた。
サハギン族との戦いで身は傷つき、ボロボロだった。プラーナもない状態で、三日間不眠不休で歩くのは不可能な話だった。
ブラッドは老人の話を受けることにした。
老人は遊び相手が出来た喜びに珍妙な踊りをしながら話した。
「儂は『タオ老師』とこのアナルタシアに住む魔物や住人から呼ばれておる。お主の名前はなんじゃ?」
ブラッドは自身の名前「ブラッド・エル・ブロード」をぶっきらぼうに名乗った。
タオ老師はブラッドの名前を聞いて心底嬉しそうに話した。
「ブー君じゃな! まずは傷を儂が治してやろう」
ブラッドはサハギン族に傷つけられた数多の傷をタオ老師に見せた。
タオ老師は「ホホイ!」と右掌をかざした。すると、ブラッドの負った数多の傷がみるみる治ってしまった。
ブラッドはタオ老師の魔法を見て、度肝を抜かれた。
「タオ老師はO型なのですか! こんな治癒力が高い血液魔法は相当高額か由緒ある名家の出身しか扱えません!」
「何の事かのぉ? 儂はこの程度、朝飯前で扱える『老師』じゃ。ブー君、儂と約束通り遊ぶのじゃ!」
ブラッドは「約束だから仕方がない」と腹を括るとタオ老師に問いかけた。
「何をして遊ぶのですか? 時間がかからない遊びにして下さい」
「簡単な遊びじゃ。儂に着いて来い」
タオ老師はそういうと樹々の間をぬってはアナルタシアの奥へと歩を進めた。
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