第5話 プロローグ(5) 接敵(2)

 ブラッドは「少し開けた今の場所でも小柄な自分ならじゅうぶん戦える」と判断した。


 ブラッドはサハギン・ウィザードの中でも右端に位置していた一体に対して急接近をしかけた。


 そのまま右手に持ったナイフで斬りかからず、目の前で急ブレーキをかけた。


 左手に「炎の球」を発動させるとサハギン・ウィザード一体に対して叩きつけた。


 サハギン族は硬い鱗で守られている。ナイフより血液魔法が効くとブラッドは知っていた。


 下級魔法でも灼熱の炎を浴びたサハギン・ウィザードは苦悶の声をあげた。


 だが、他のサハギン・ウィザードたちが黙っていなかった。


 ブラッドに対して、サハギン・ウィザード三体が血液魔法を展開した。


 サハギン・ウィザードたちが体得していた血液魔法は汎用魔法「水(ウォーター)の(・)龍(ドラゴン)」だった。


 強烈な水のしぶきが小柄なブラッドめがけて放たれた。


 ブラッドは動体視力が非常に良かった。


「水の龍」を寸前でかわすと「炎の球」を左掌に作り出すと、最初に「炎の球」を叩きつけたサハギン・ウィザードに対して再度、「炎の球」を叩きつけた。


 ブラッドは弱った相手を徹底的に叩く考えをしていた。


「炎の球」を二度にわたって叩きつけられたサハギン・ウィザードは弱った声をあげて大地に膝から力なく倒れ込んだ。


 ブラッドは弱って大地に倒れ込んだサハギン・ウィザードに対してマウント・ポジションを取るとナイフを容赦なく突き立てた。何度も突き刺しサハギン・ウィザードが絶命したあとも周到に突き刺し続けた。


 容赦のないブラッドに対して。サハギン・ロード一体が銛を勢い良く投げて来た。

銛はブラッドの右肩に命中してブラッドを樹に縫い付けた。


「こ……、ン畜生!」


 ブラッドは右肩に突き刺さり抜けそうにない銛に対して「炎の球」を左掌に展開すると自らの右肩に突き刺さっている銛に対して叩きつけた。


 銛は燃え尽きて、樹に縫い付けられていたブラッドは自由になった。


 だが、右肩に重度の火傷を負ったブラッドの動きは確実に鈍っていた。


 サハギン・ロードが咆哮をあげた。


 残った五体のサハギン族たちが弱った獲物に対して「狩り」を再開する態勢を立て直した。


 だが、ブラッドの目は全く死んでいなかった。


『絶対に生き抜いて、セティンを救う』使命感に突き動された人間の底力をサハギン族は侮っていた。


 硬い鱗を無理矢理突き刺したナイフは使い物にならなくなっていた。


 だが、ブラッドは左手に切れないナイフを構えると、自分から動いた。


 前衛にサハギン・ロード二体、後衛にサハギン・ウィザード三体を前にブラッドは馬鹿正直に正面突破を挑んだ。


 使い物にならない、右腕を必死に動かして「炎の球」を展開すると一番近いサハギン・ロードに対して身を振ることで動かない右腕を振り満身創痍の「炎の球」を鞭の要領でサハギン・ロードに叩きつけた。


 サハギン・ロードは屈強な戦士だ。


 ブラッドの作り出した「炎の球」程度では傷を与えるのは不可能だった。


 だが、ブラッドは諦めない。


 刃こぼれしたナイフを左手でサハギン・ロードに素早く突き立てた。


 甲高い音と同時にブラッドが持っていたナイフの刃が折れて宙を舞った。


 サハギン・ロードは唖然としていたブラッドの頭を鷲掴みすると地面に何度も叩きつけた。


 ブラッドは地面に叩きつけられる度に意識が彼我に飛んだ。


 身体に力が入らなくなったブラッドに対してもう一体のサハギン・ロードが銛で突いて殺そうとした。


 だが、ブラッドの闘志はまだ燃え続けていた。


 残っている唯一の武器、魔法「炎の球」を半分しか開いていない目で目の間に迫るサハギン・ロードの顔面を左手で掴むと容赦なく放った。


 まるで、ブラッドの絶えない内なる闘志を現したように業火がサハギン・ロードの顔面を焼きこがした。


 ブラッドは迫る危機を回避したら、自身の頭を鷲掴みにしているサハギン・ロードの顔面を蹴り上げて、怯ませた。


 意表を突いたブラッドの蹴りを受けたサハギン・ロードはブラッドの頭を放した。


 大地に降り立ったブラッドは途絶えそうな意識を繋ぎながら、殺したサハギン・ウィザードの遺体に近づくと流れ出るどす黒い血液を啜った。


 ブラッドは一か八かの懸けに出た。


 殺害したサハギン・ウィザードがAB型である可能性に自身の全てを懸けた。


 これで何も起きなかったら自分の運命はここで尽きる。


 だが、もし奇跡を起こすとしたらこの時以外はあり得ない。


 自分に勝ちえる権利があるかどうかをブラッドは懸けた。


 鉄と生臭い味のする血を啜るブラッドの身体に変化が起きた。


 頭の中で何かが弾ける感覚と自身の身体が異様な熱を持った感覚に襲われるとブラッドが新たに体得した魔法が理屈抜きで理解出来た。


『僕は懸けに勝った!』とブラッドは感じた。


 必死に左手を前に突き出すとブラッドは新たな血液魔法を自らの意志で放った。


「僕は……、生きる!」


 ブラッドの左掌から「水の龍」がほとばしった。

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