第7話 灰被り姫は侍女に正体を暴かれた模様⑥

「今回は黒豆をメインに去年の秋に収穫されたローズヒップのドライフルーツをブレンドしました」

 仕切り直しとばかり香草茶ハーブティーを各自に配り、部屋に二つしかない背もたれ付きの素朴な椅子に座るビクトリア。

 楚々とした風情でカップを口に運ぶ、その横顔を凝視するローレンス王太子。

「なんですか、殿下?」

 視線に気づいたビクトリアが剣呑な目つきで見返す。


「いや、お前思い切り思わせぶりなところで話を切っただろう。続きはどうした?」

 そう催促するローレンス王太子を、躾のなっていない子供を見るような目で見て嘆息するビクトリア。

「逆にお聞きしたいのですが、わたしが席を外している間にアレックス王女相手に誘導尋――確認作業などは行わなかったのですか?」

「確認って、何をだ?」

 ビクトリアは本気で理解が及ばないらしいローレンス王太子の態度に軽く吐息を漏らし、

「……まあ初めから期待はしていなかったので、失望はありませんが」

 そう前置きしてからちらりとアレックス王女を一瞥し――それだけで怯えて身を小さくし、セシリオの背後に隠れるアレックス王女(どうやら素のビクトリアのぶっきら棒な態度と口調を前に、冷遇されていると受け取ったらしい)――噛んで含めるようにローレンス王太子へ言い聞かせる。


「そもそも彼女が本物の王女である証拠は何もありません。あくまで自称です。見たところアドゥース人の平均的特色を持っているだけで、わたしには判別できませんが殿下はメンシス国の王族や貴族、高官とも面識があるはずですよね。ならば王族に共通する特徴や面影、もしくは外に知られていないプライベートな質問をするなどして、彼女が本当に王女なのか確認するすべはあったはずですが?」

 途端に目から鱗のような顔をするローレンス王太子。

「……手の内を明かした以上、いまさら質問などをしてもはぐらかされるのがオチですね」

 改めてアレックス王女に対して口を開きかけたローレンス王太子を掣肘するビクトリア。


「あの……」代わりに本人がおずおずと話し始めた。「ボク……ワタクシは」

「別に無理をしてかしこまった口調で話さなくても大丈夫ですよ。ついでにわたしのこの口調も警戒しているわけではなく、生まれつきですのでお気になさらずに」

 ビクトリアの後押しフォロー――にはまったく聞こえない台詞――に合わせて、大きく頷いて肯定をするローレンス王太子とセシリオ。


 ちなみにビクトリアの表情筋が鍛えられているのは、どんな時にも平然とした姿を保つための王妃教育の賜物……とかではなくて、徹頭徹尾本人の資質によるものである。


 セシリオの捺した太鼓判で力づけられたのか、アレックス王女は再び男の子のような砕けた喋り方になった。

「えーと、ボクは母に似ていると言われているので、国王陛下との面影があるかどうかはわかりません。だいたい、国王陛下や上位の王族の方々とお会いできるのは、年に一度の豊穣祭に皆様がバルコニーに出てきたところを、他の三十人近い側妃様や未婚の異母姉妹二十五人くらいと、遠くから眺めるだけだし」

 だから外交に携われるような上位の王族の方々とかまったく接点がないです、と申し訳なさそうに話すアレックス王女の返答に、ビクトリアは「ま、知らぬ存ぜぬと、そう答えるのが最善手でしょうね」と、予定調和を聞かされた程度の感想で聞き流す。


 一方、一部聞き逃せなかったのはローレンス王太子で、

「側妃が三十人余りに、未婚の娘だけで二十五人だと!?」

 度肝を抜かれて眼と口をあんぐりと開いた。

「あ、三年前の話なので、臣下に褒美として下賜されたり、新たに生まれた子もいるはずなので、多小の誤差はあるかと」

 生真面目に訂正するアレックス王女。

「それにしても三十人の側妃……だと? フォルトゥム王室ウチでも三人だというのに、十倍か」

 唖然呆然とするローレンス王太子に向かって、

「――羨ましいのですか?」

 ビクトリアが平坦な口調で尋ねる。

「い、いや……そんなことはない、そんなことはないぞ!」

 狼狽しながらも明らかに虚勢を張ったローレンス王太子は、きまり悪げに香草茶ハーブティーで喉を潤した。


 そんなローレンス王太子をジト目で眺めながら、メンシス国の事情について補足を加えるビクトリア。

「メンシス国は『より多くの妻を持ち』『贅沢により太った体形』こそが、男のステータスとして重んじられる前時代的な価値観がまかり通っていますからね」

 王国でも『突き出た腹こそが男の甲斐性』という時代があったが、現在では不健康のしるしとされて忌避されている。

「国王ともなれば、贅の限りを尽くして国内外の美女をはべらせるでしょう。国民から搾取した税で」

 くだらない、と言いたげな口調で吐き捨てるビクトリア。実際、メンシス国は決して豊かな国とは言えず、国民の大多数は赤貧に喘いでいると言っても過言ではなかった。


 さらに釘を刺す目的で、ビクトリアはローレンス王太子に語り掛ける。

「実のところフォルトゥム王国憲法でも、王侯貴族が娶ることができる側室の数に規定はないのですが(一般市民は一夫一妻と決められている)、多くは暗黙の了解として国王陛下に合わせて――いまなら三人以下ですね――側室や寵姫の数が制限されています」

「私は目の前にいる最愛の女性ひとりを王妃として、側室など持つつもりはないがな!」

 気炎を上げてアピールするローレンス王太子に向かって、ビクトリアが冷ややかにダメ出しをする。

「あ、それ一番ダメなパターンなのでやめてください」

「なんで!?」

『嬉しい♪ わたしだけを愛してくれるのですね!』

 と、密かに自らのひたむきな思いにほだされ、デレる展開を期待していたローレンス王太子。だが、あっさりと出鼻を挫かれ、それどころか心底迷惑そうに手を振るビクトリアの真逆の対応に、困惑を隠しきれないでいた。


「そもそも側室って何のために存在するのかご存じですか?」

「王家の血筋をより多く残すためだろう」

 当然だろう、と疑いもなく言い切るローレンス王太子。

「それは表向きの理由ですね。実際のところは〝いざという場合の安全装置”です。つまりなんらかの失策で国王や王妃に市民の反感が向けられた際に、『稀代の悪女である寵姫○○妃が王宮を牛耳り、私利私欲で好き勝手をした結果であり、彼女こそが諸悪の元凶である』として、すべての罪をかぶってもらう存在が側室なわけです」

 嫌ですよわたしは。殿下がしくじった場合、悪妻のレッテルを張られて、一身に国民の憎悪ヘイトを集めるなんて。ですから仮に王妃になったとしても、トカゲの尻尾切り要員として、側室は何人か用意してください。そうでないと安心できません。と、最後にそう結ぶビクトリアであった。


 ロマンの欠片もない現実を赤裸々に語られ、えっ、側室ってそういうものなのか!? と愕然とするローレンス王太子に、さらに追い打ちをかけるビクトリア。


「……どうも殿下は王族の血統の価値を軽く考えがちですね」

 王妃の第一王子で、生まれた時から次の玉座が確定していたせいか、王になることもそのうち時期が来れば就くことになる仕事……程度に考えている節がある。

「王族の血筋を残すためなら、なるほどメンシス国のように手当たり次第に愛妾を囲って、ポンポン子供を量産すればいいわけですが」

 家畜の繁殖と同列に語られて、複雑な表情をするアレックス王女。そんな彼女をおもんばかって批難を込めてビクトリアを凝視するセシリオだが、当然まったく痛痒を与えた様子もなく――。

「我が国や周辺諸国における王侯貴族は選民思想が高く、自らを高貴なる血筋ブルー・ブラッドと自称して、平民や異民族の血を入れることを著しく忌避しています。まあ、実際に青い血が流れていたら化け物ですが。故に貴族の頂点たる国王には貴種としての純粋性が求められるわけで、そのため競走馬の交配並みにイカれた血統操作が行われているわけです」


 他国の王室を養豚場。自国の王室を厩舎に見立てるビクトリアの歯に衣着せぬ物言いに、ドン引きするローレンス王太子、セシリオ、アレックス王女の三人。


「そのため王家の血が外部に拡散することを極端に警戒します。例のナタリア嬢が流刑地への放逐程度で済んだのは、彼女が純潔を守っていたからで、仮に違っていたら殿下の子を身籠っている可能性があると見做され、即座に死罪になっていたでしょう。――まさに首の皮ならぬ、下の薄皮一枚で命だけは助かったわけですね、彼女は」

 身も蓋もないビクトリアの説明に、赤い顔をして恥ずかし気に下を向くセシリオと純真なアレックス王女少年少女

「……だから、その淑女らしからぬ言動は自重しろと、いつも言っているだろうっ」

 ローレンス王太子が憤然と怒鳴りつけた。

 そんな彼を逆に睨みつけるビクトリア。

「別に冗談で口にしているわけではありません。殿下はそのお体に流れる血筋がどれほど価値……は大したことはありませんが、周囲に波及効果をもたらすのかじっくりと考えたほうがよろしいかと存じ上げます」

 そこで一息入れてセシリオとアレックス王女をはばかりながら、曖昧にぼかしながら続ける。

「例えばの話、殿下が周りの助勢も救済も補填も間に合わないバカな真似をして、廃嫡されたとします。その後、どうなるとお思いですか?」

 それこそ首の皮一枚でつながった先月の話ですよ、と含みを持たせたビクトリアの問いかけに、

「……まあ、王籍から除外されて臣下に下って、僻地の領地へでも飛ばされるのだろう?」

 さんざん言い含められた言葉を思い出して、ばつが悪そうに答えるローレンス王太子。


 それを聞いてビクトリアは、ああやっぱり額面通り受け取っていたか……と嘆いた。

「それは建前です。仮にそうなっても直系王族という血の呪縛からは逃れられませんから、正当性を旗頭に現体制を打破しようという貴族や諸外国に利用されないように、確実に始末をつけるはずです」

「うえっ?!」

 愕然とするローレンス王太子にさらに畳みかける。

「もしくは幽閉ですが、その場合は気がふれて自殺したという台本になると思います」

「…………」

 本気で死神の鎌が首にかかっていたのをいまさら実感して、言葉にもならないローレンス王太子。

 さらに死体蹴りをするビクトリア。

「ああ、それと花街などで娼婦とねんごろになったりしないでくださいね。あとになってご落胤騒動とか起きないように、その場合は国の暗部が速やかに関係を持った相手を始末します。無益な殺生はさすがに寝覚めが悪いですので」

 ま、結婚するまでは清い体でいてください――と、どうでもいい口調で最後に付け加えられた。


 椅子に座ったまま打ちひしがれているローレンス王太子――容姿端麗、文武両道、飾らない人柄の王太子殿下ということで、下級生の間では完璧超人のように崇められている――のすすけた横顔を覗いながら、

「完全に主導権を取られているなあ……」

 と実姉の恐ろしさに改めて畏怖を覚えるセシリオであった。


「さて、話が横道に逸れましたが、本来の盗難事件に戻りましょう」

 その恐ろしいビクトリア実姉が、自分で煎れた香草茶ハーブティーを一口飲んで、本腰を入れてアレックス王女とセシリオの話に対する論破にかかった。

 揃って背筋を震わせ慄くふたり。

「わたしとしてはこれだけの情報を開示して、傍証も得られたのでいちいち説明する必要もないかと思いますが、ローレンス王太子殿下どんなバカにでもわかる形まで落とし込んで話します。ただし、現段階ではあくまで推論ですので――ま、この部屋を家探しすればあっという間に証拠も発見できるかと思いますが――細かな部分には間違いがあるかも知れません。その場合はその都度訂正をお願いします」

 堂々と犯人及び共犯者と認定したアレックス王女とセシリオに、正面からそう言い放つ。


 何とも言えない表情で黙り込むふたりを無視して、マイペースにローレンス王太子に問いかけるビクトリア。

「殿下、先日もさわりだけお話しした画家カールミネについて、覚えておられますか?」

「あ? え~と、我が国を代表する風景画の巨匠だろう? ああ、あと何か言っていたな、晩年は辺境で骨を埋めたとか……」

「そうですよ」てっきり完全に聞き流されたと思っていたビクトリアは軽く瞠目して頷いた。「正確には当時は属州であった現在のメンシス国ですが」

「メンシス国?」

 ここにきて符合した事実に、思わずアレックス王女へと疑いの眼差しを向けるローレンス王太子。

 唇を噛んでより一層身を縮ませるアレックス王女。


「およそ二百年前に属国が一斉に反旗を翻し、当時の大フォルトゥム帝国から分離独立を果たした諸国ですが、その中でもメンシス国はかなり遅れて――およそ五十年かけて独立いたしました。理由は自立できるだけの国力がなかったからです」

「いや、そのあたりは歴史で習ったから知っているが……それがどう繋がる?」

 小首を傾げるローレンス王太子に、「これだから試験秀才は……」と、小さくぼやきながら答えるビクトリア。


「段階的に独立を果たしたメンシス国ですが、交換条件としてフォルトゥム王国は『所有権が我が国にある財産はすべて回収する』として、移動できないインフラ以外の金品や美術品などを本国へ持ち去りました。当然、カールミネの風景画も残らずです」

 まあ、当時のメンシス国では絵画の価値などなかったようですから、代わりに小麦粉一袋の支援物資のほうがよほど貴重だったようですね、と肩をすくめるビクトリア。

「その結果、メンシス国内にはカールミネの風景画は一枚もなくなりました。その多くがにもかかわらずです」


「皮肉な話だな」

「その程度の感慨で済めばいい話しだったのですが、近年になってその価値を知ったメンシス国から、絵画の返還を求める声が上がるようになりました。曰く『メンシスを愛し、魂と骨を埋めたカールミネは我が国の画家であり、その絵もメンシスのものである』というものです。フォルトゥム王国では当然のように突っぱね、話は平行線のままですが、カールミネの風景画を祖国にもたらすのは、いまやメンシス国の悲願と言ってもいいでしょう」


 そこでもう一度喉を湿らせたビクトリアが、俯いたままのアレックス王女に言い聞かせるように続ける。


「購買しようにもオークションでも天井知らずのカールミネの風景画。またフォルトゥム王国としてもプライドにかけて外国へ放出することはできない。美術館は銀行以上の警備が敷かれている。ですが、一カ所、穴場のように無造作にカールミネの風景画が飾られている場所があった。そう、ここ王立貴族学園です」

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