第51話『またまた、してやられる』


銀河太平記・039


『またまた、してやられる』ダッシュ   






 地球滞在中の記録を見せてください。



 疑惑から来る沈黙を破ったのは、ファルコンZの航海士のコスモスだ。


「みなさんのハンベの記録を照合すればある程度の事は分かると思います」


 完全な解析手段じゃないけど、有効な手段だ。


 戦闘や事故で十分な解析ができないときは、その場に居合わせた者のハンベを解析する。


 それぞれのハンベは、持ち主の記録しか残っていなくて、情報としては点でしかないんだけど、複数のハンベの情報を突き合わせることで情報は面に近くなってくる。


「ボスハンベはどなたのですか?」


 あーーーーー


 残念なため息が扶桑高校の四人から漏れる。


「僕のなんですが、クラッシュして、北富士駐屯地からのメモリーしかありません」


 そうだ、宿舎の不審火を調べに行って、開いてみたら天狗党の加藤恵って女のウィルスにやられてて、メモリーごと焼き切れてしまったんだ。


 あ、ボスハンベてのは、修学旅行とか団体行動するときに、ハンベの一つをボスにして他のよりもクリアーで詳細な記録が残せる。事故とかの記録を法的に証明する時にはボスハンベのメモリーが欠かせない。


「よし、ファルコンZのクルー全員のアナライズを直結してみろ」


 船長が命じる。空賊と紙一重の活動をしているメンバーだ、アナライズ機能も、俺たちの想像の上を行っているんだろう。


「リンクしてもいいですけど、クルーのプライベートは覗かないでくださいね(^_^;)」


 ミナホが念を押すとロボ犬のポチがイヤラシイ目つきになる。ま、クルーの中にもいろいろあるんだろう。


 ハンベ同士をリンクさせるのかと思ったら、クルーたちは自分たちの首をケーブルで繋いだ上で、俺たちのハンベと接続した。


 ウィーーン


 ヒコを除く三人のハンベとクルーの頭から小さな振動音が聞こえる。


 昔のCPじゃないから、普通は音がすることなんてないんだけど、クルーたちは、なにか特別なのかもな。


「ポチ、ホログラムビューを出せ」


「イエッサー」


 ポチの目から瞳が消えたかと思うと、テーブルの上に修学旅行中の俺たちの様子が3Dで浮かび上がる。


 同じところが繰り返されたり、静止画になったり、アップになったりロングになったりして、数倍から数十倍の速さで俺たちの数日間が繰り広げられ、繰り返される。


 ところどころ解像度が落ちたり黒く抜け落ちたりしているところがある。ヒコのボスハンベがクラッシュした分のブランクだ。


 ブランクが出てくると、クルーたちがこねくり回すような手つきをする。ブランクを埋めるためにアングルを変えたりしているんだ。そうすると、抜け落ちの大半は復元されている感じがする。


 五分も、そんなことをやっていると、ホログラムは、一つの情景に固着し始めた。


「アキバの交番……」


 ミクが呟く。


 そうだ、これは扶桑の大使館でパスポートの届け出があったと連絡があって、みんなでアキバの交番に行った時の情景だ。


 届け出てくれたのはアキバ記念行事のスタッフ、グラビテーションイベントの最中に届け出があったということだった。


 オレが偽物をつかまされた後だったので、警察立会いの下に真贋を確認した。テルが心配していたアナログな組成解析までやって本物に間違いなしってことになって……この時の解析が間違っていたのか?


「この段階では本物ですね……」


 そう言うと、コスモスは小刻みにこねくり回す仕草をした。


 画面は、ミクが受け取りのサインをしているところ……そのあと、交番の警官やアキバのスタッフと楽しく話をしたんだ、ほんの二三分。


 早回しで数回繰り返され、バルスがインタフェイスを手際よくタップする。


「ここです」


 静止画になったそこは、アキバのスタッフが笑っているところだ。


 話題が豊富な明るい女の人で、冗談をとばしながら、ミクの気持ちを引き立ててくれた。


 その瞬間も、返ってきたパスポートを愛おしそうに抱える未来の肩に手を置き、ミクと古い友だちのように笑い合っている。


「自然に見えるけど……」


 宮さまが、興味深そうに覗き込まれる。


 元帥は「ホーー」と顎を撫でている。なにをやっても、この人はサマになる。


「フレームレートが合わないか……」


「さすがは元帥です」


「あ、いや、ただの勘さ。実証的な裏付けがあってのことじゃない」


「左手の動きはフェイクですね、目測ですが、この左手のところだけフレームレートが2ほど遅くなっています」


「分かるようにお見せしろ」


「これで、どうでしょう……」


 コスモスが指を動かすと、スタッフの衣服が消えて裸になり、さらに表皮が無くなり、筋肉が露出する。むろん実物では無くて、表面の動きや筋電位から組み立てた映像なんだが正確だ。むかしミケランジェロなんかは服の上からでも人物の筋肉の動きを読み取ったって言われてる。それをAIがやっているというわけだ。


「ここが境目ですね、上腕二頭筋の動きがずれています」


「ハンベと、フェイク映像と出はフレームレートが違うことから出てくる矛盾です」


 ホーーーーー


 今度は全員がため息をついた。


 とにかく、本物のパスポートを返してもらった直後にすり替えられたというわけだ。


 まんまと、天狗党にしてやられたことに気付いた瞬間だった。




※ この章の主な登場人物

•大石 一 (おおいし いち)  扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

•穴山 彦 (あなやま ひこ)  扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

•緒方 未来(おがた みく)   扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

•平賀 照 (ひらが てる)   扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

•姉崎すみれ(あねざきすみれ)  扶桑第三高校の教師、四人の担任

•児玉元帥

•森ノ宮親王

•ヨイチ             児玉元帥の副官

•マーク             ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

•アルルカン           太陽系一の賞金首


 ※ 事項

•扶桑政府      火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

•カサギ       扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

•グノーシス侵略   百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略


 

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