第52話『すみれ先生には内緒』


銀河太平記・040


『すみれ先生には内緒』ダッシュ   





 おまえら、なにを教えられたんだ?


 通関も無事に終わって扶桑第三宇宙港のロビーに出たところで、すみれ先生が回れ右して立ちふさがった。


 名前こそ姉崎すみれってレトロギャルゲーのキャラみたいだけど、身長190センチ、腕とか脚とかは赤松の根っこみたいな筋肉教師だ。腕組みして前に立たれると圧はハンパじゃねえ。


「え、なんすか?」


 すみれ先生に聞かれることは承知の上だ。


 ファルコンZからシャトルに移る前に全員で申し合わせてある。


 すみれ先生には内緒な(^_^;)


 なにが内緒かと言うと、ミクの本物と偽物の見分け方だ。


 せっかく取り戻したパスポートがあくる日には、こともあろうにアキバの交番の中ですり替えられたって、ファルコンZのクルーたちに教えられた。


 加藤恵って天狗党の女が、そのパスポートを使って、すでに火星に戻っている。むろん外形もミクに化けてだ。二十三世紀の変装(擬態)ってのは細胞の遺伝子レベルまで化けちまうから、正体を見破るのが難しい。


 むろん、違法な変装だ。


 映画とか動画(言葉は二百年前のままだけど、グレードは全然違う。また、きっかけがあったら説明する)とかで扮装したりするけど、その時はフェイクだってシグナルを打ち込むことが法律で決まってる。フェイクだってことがアナライズレベルで分からない扮装・仮装は違法ってわけだ。


 むろん、悪党やテロリストが法律を守るわけがない。


 だから、ミクに化けたテロリスト(たぶん加藤恵)が本物に化けていたら見分けがつかない。すでに、やつはミクのパスポートを使って火星に戻っているんだしな。


 それで、コスモスさんが教えてくれたんだ。一発で見破る方法ってのをな。


 でも、生徒には教えてくれたけど、担任のすみれ先生には内緒なんだ。


 教師ってのは基本公務員だしな、公務員てのは組織の人間で職務命令とかで迫られたら嘘はつけねえしな。


 むろん、すみれ先生は俺たち生徒のことを思ってくれているのは分かってる。


 だけど、単純な筋肉バ……いや、お人よし筋肉マンだから、ちょっと誘導されたりすると、ポロっと喋ってしまうのは、犬が西向きゃ尾は東ってくらいに確実なんだ。だから、すみれ先生に、本当の事は言えない。


「先生、秘密は守ってもらえますか……」


 ミクが三年に一度くらいの真剣な顔ですみれ先生の前に立つ。


「あ、あたりまえだ。教師ってのはいつでもどこでも生徒を守ることが使命なんだからな」


 組んだ腕に、いっそうの力を入れる。なんだか、浅草の雷門で見た仁王様のようになってきた。


「ファルコンZで……宮さまや元帥が乗っていたこと……くれぐれも内緒だと念を押されたんです。むろん、先生は大人だし、栄えある扶桑第三高校の教師だから、釈迦に説法だからくどい念押しはしないって、船長も言ってました……そういうことなんです」


「な、なんだ、そうか。そのことなら、問題は無い。漢(おとこ)姉崎すみれ、天下の大事は、ちゃんと心得ている。そうか、船長も分かっているではないか。お前たちも、くれぐれも気を付けるんだぞ」


「「「「はい!」」」」


 良い子ブリッコの声が揃う。


「ところで……」


 今度は、すみれ先生が腕を解いて、俺たちに寄ってきた。


「今度の修学旅行では学園艦が爆破されると言う大惨事に遭遇した。お前たちにはパニックにならないように心理的麻酔がかかっているが、明日の朝には切れてしまう。朝、顔を洗ったらお日様を拝め。地球で見るよりはお日様は小さいが、大気組成が薄いから身に浴びるセロトニンの量は多い。お日様から元気をもらって、乗り切ってくれ。どうしてもダメだったら学校に来い。俺は、明日から出勤しているからな。お前たちは代休だ。しっかり旅の疲れを癒して、元気な顔で明後日登校してこい。いいな、それでは、家に着くまでが修学旅行だ、真っ直ぐ、無事に帰れ!」


 そう言うと、すみれ先生は野球のグローブのような手で一人一人の頭をわしゃわしゃ撫でていった。


「じゃ、解散!」


「「「「ありがとうございました!」」」」


 一応の礼節は守る。火星では、地球では滅んでしまった、あるいは廃れてしまった礼節が生きているんだ。


 ………………………。


 やっぱり緊張していたんだ、空港駐車場に向かっていくすみれ先生の背中を見ながら、しばらくは声の出ない俺たちだった。


「じゃ、いちおう電話してくれる?」


「お、おう」


 ミクの家には、班長のヒコが電話を入れることになっている。


 万一ニセモノと鉢合わせしたら大変なことになる。おそらくニセモノも、俺たちが帰ってくることは分かっているだろうから、さっさとずらかっているだろう。


 いや、要は火星への密入国を果たしたいだけなら、空港を出たところで変装を解いて目的地に行ってるだろうけどな。


 そういう探りを入れる電話だ。本人がするわけにはいかない。


 フウウウウウウ


 さすがのヒコも深呼吸して、ハンベを電話モードに切り替えた……




※ この章の主な登場人物

•大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

•穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

•緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

•平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

•姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

•児玉元帥

•森ノ宮親王

•ヨイチ               児玉元帥の副官

•マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

•アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項

•扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

•カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

•グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

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