第50話『火星周回軌道』


銀河太平記・038


『火星周回軌道』マーク船長   






 火星の周回軌道に入った。


 火星での登録は交易船となっている。


 交易船とは、まるで古代の日宋貿易のような名称だが、要は無害な正体不明船。


 船籍証明と積載貨物の申告さえしておけば、火星に自由に出入りできる。むろん、国際宇宙港には入れない。


 国際宇宙港どころか、政府の施政権が及んでいるところには着陸させてもらえない。


 火星は、一応30余りの独立国と自治領に分割されているが、それぞれの政府の支配が及んでいるのは、ザックリ言って1/3ほどでしかない。あとの2/3は支配はおろか、人が住んでいるのも稀な未開の地だ。


 例えて言うなら……そう、地球で言えば排他的経済水域ってやつだな。


 排他的経済水域は漁業資源や鉱物資源を採取しなければ、外国の船でも、たとえ軍艦でも自由に航行できる。領海通行のように、いちいち許可を取らなくていいし、不法行為を働かない限り臨検されることもない。


 まあ、その排他的経済水域の陸上版だと思えばおおよその間違いはない。もっとも、火星に海は存在しないんだけどな。


 俺のアジトは扶桑国の辺境のカサギっていう山岳地帯。


 山岳地帯と言っても、山に緑は無い。ゴツゴツした岩ばかりだ。


 口の悪い同業者からは牛魔王の棲み処みたいだと言われる。牛魔王って知ってっか?


 西遊記に出てくる牛の化け物で、三蔵法師をさらって食ってやろうとしたら、孫悟空の返り討ちでこっぴどくやっつけられるって、西遊記前半のファーストダンジョンのボスキャラだ。


 西遊記みたいだって言われた時は、ちょっと揉めた。


 うちのクルーは、俺さまを入れて四人だ。ちょうど西遊記のクルーと同じ人数。


「俺が三蔵法師だな(^▽^)/」


 なんの疑いもなく飯のついでに言った。


 エーーーーーー!?


 そろって俺の顔を見やがった。


「三蔵法師ってのはお坊様ですよ!」


「ドラマや映画では、どうかすると女性がやってますよね、歴史的には夏目雅子の三蔵法師が最高だと言われています」


 まず、女二人が異議を唱える。


「船長なら、誰が見ても孫悟空」


 バルスがボソリと止めを刺しやがる。


「俺は、猿か!?」


「「「はい!」」」


 声を揃えやがる。


「じゃ、おまえらは豚か河童のどれかだろ」


「だから、船長、女は三蔵法師なんっですってば」


「でも、女は二人じゃねえか、コスモスとミナホ。どっちかにしろ」


「三蔵法師は二人で交代してやりまーす(^▽^)/」


「そりゃ反則だろが」


「だって、ブリッジは交代勤務ですよ」


「口の減らねえ奴ばっかだ」




 アハハハハハ




 カサギ着陸を一時間後に控え、荷物を揃えた高校生組にヨタを飛ばしていた。


 宮さまと元帥はカサギに下りてもらうが、高校生はシャトルに乗せて正規の宇宙港に向かわせる。学園艦を喪失したとはいえ、こいつらは修学旅行中なのだからな。


 あら?


 宇宙港と連絡を取っていたコスモスの手が止まった。


「どうかしたか?」


「上陸者の確認をやっていたんですけど、キャンセルが出てきました……」


「キャンセルだと?」


 キャンセルとは上陸不適格者のことだ。


「姉崎先生かなあ……」


 たしかに見かけの怪しさでは姉崎は俺といい勝負だ。


 しかし、違った。


「緒方未来さんです」


「ええ、あたし!?」


「というか、未来さんはすでに三日前に上陸していることになっています」


 ええ?


「コスモス、上陸記録を見せろ」


「はい、これです」


 正面のモニターに空港のセキュリティー画像が出る。


 国際線のゲートで入館審査中の未来の姿が映っている。


「ええ、そんなあ……」


「3Dホログラムにしろ」


「はい、高解像度で出します」


 サロンに3Dの未来が現れる。セキュリティー映像なので、通関中の三十秒がループして再生される。


「バイオメモリーを検索にかけろ」


「やっておきました、これです」


 未来のホログラムの周囲に生物学的な記録が細胞の単位で検証される。空港のセキュリティーを通っているのだから、万一にも間違いはないのだが、念のためだ。


「完全に本人です」


「ええ…………」


 困惑する未来に全員の視線が集まる。


 じゃあ、おまえは誰だ?


 口には出さないが、そんな疑問がみんなの頭に灯っている。




※ この章の主な登場人物

•大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

•穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

•緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

•平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

•姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

•児玉元帥

•森ノ宮親王

•ヨイチ               児玉元帥の副官

•マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

•アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項

•扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

•カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

•グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略


 

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