第5話 序・5『襲撃』
銀河太平記
序・5『襲撃』
馬をクーペに設定する。
ウィーン
小さな動作音をさせて馬の胴が四十センチ伸びる。
フフ……JQが小さく笑う。
こういうところも出会った頃のグランマに似ている。
普段の手入れが悪いので伸びた分だけ馬の胴に縞が入ってしまっているのだ。軍用馬なのでクーペに設定することはほとんどない……というのは言い訳だ。軍人たるもの、兵器や日常品の手入れに怠りがあってはならない。士官学校ではシーツの折り目や官服のアイロンまで厳しく言われたが、最前線と言っていいマンチュリーに派遣されてからは、そういうボーイスカウトのようなことには気を配らなくなった。
「洗ってあげますか?」
「きれいな馬で走ったら目につく」
「迷彩だったのね、笑ってごめんなさい」
優しく鼻先を撫でる、軍服めいた服に着替えているので、伝説の川島芳子(三百年前、東洋のマタハリと異名をとった男装の麗人)めいて見える。
「さあ、行くぞ」
「はい」
「じゃ、グランマ」
階段の途中から上半身だけをのぞかせたグランマに会釈して、北大街を南北に貫く北大路に乗り出す。
どこかで見てはいるのだろうが孫大人の姿は見えない。
さっきの骨壺は無視して、ロボット女を連れている。
他の知り合いなら、薄情者とか変節漢だとか変態だとか思われるかもしれない。
しかし、孫大人なら、グランマの事情もJQのスペックが並みではないこともお見通しだ。
このことをサカナに大人と飲んだら面白いだろう。
よし、少しは生きることに執着してみようか。
いやはや、そう思ってしまうことがグランマか大人の術中にハマったのかもしれない。
西に傾いた太陽は大路の西側を薄闇に包んでしまって、ちょっと油断がならない。北大路は幅員が二十メートルもあるが、片側からは十メートル、狙撃や襲撃に大きな支障はない。
君がみ胸にぃ 抱かれて聞くは 夢の舟歌 恋の歌……♪
「蘇州夜曲だな」
「愛馬行進曲の方がよかったですか?」
「いや、続けてくれ」
JQの鼻歌はダテではなく、歌に載せて微弱なアクティブパルスを発して警戒しているのだろうが、ハンベを使って調べるような野暮はしない。
北大路から南大路、史跡南大門を抜けると満州の原野だ。
視界は大きく開けているので警戒を緩めてもいいのだが、奉天の街中よりも危険だと軍人の勘が言っている。数時間前に通ったときよりも空気が密度を増しているのだ。
いつの間にかJQは鼻歌を止めている。
「なにか感じるのか?」
「なにも…………」
原野とは云え、奉天の南だ、人も通れば動物もいる、何も感じないのは不自然だ。
!?
感じたのはJQと同時だった。
馬の背を蹴って跳躍するのは、コンマ一秒遅れてしまったが、敵への対応は俺の方がコンマ一秒早かった。
十三人の敵が巧みに隠れていた。
あるものは地面に潜り、あるものは灌木の陰に体温を灌木と同じにして潜んでいた。
知り合って一時間もたっていないJQだが、古参兵同士のバディーのように連携が取れた。
JQは10式をベースに作られたのだろう、跳躍姿勢や反撃姿勢が訓練や実戦で見覚えのある部下たちと同じだ。
敵の動きは、漢明の特殊部隊だ。
むろん、国籍不明の戦闘服を着ているので見た目からは分からない。
二人倒して分かった、ロボットは七人、人間が六人だ。
四人目は人間だったが、八割がた義体化されていて、腕を切り落としてやった時には血のほとばしりではなく、切り口がスパークしていた。
五体目の頭を粉砕した直後『CPはへその下』とJQの思念が飛び込んできた。
地を蹴ってそいつのボディーに、ほぼ正中線に沿って斬撃を加える。
アーマーと戦闘服と表皮が左右に弾けて、敵兵の肌と中身が露出する。女性型のロボットだ。
こいう戦闘兵器を女性型に作るなと、ジェンダーにうるさい奴に叱られそうなことを思う。時には子どもタイプの戦闘員を送ってくることもあって、嫌になる。
シュボボ……
戦闘が終わると、パルスレーザーがかすめたのだろう、軍服の二か所から煙が立っている。
「お見事でした司令」
お世辞を言ってくれるJQからは、一筋も煙は上がっていなかった。
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