第4話 序・4『JQ』


銀河太平記


序・4『JQ』    








 やられた……ホログラムはホールの客たちの方だ。




 このカルチェタランのホールでリアルなのは、このテーブルで向かい合っているグランマと俺と、グランマの斜め後ろでつましく立ってる湖姫の踊り子だけだ。


「客席がイリュージョンだったとは、完全に負けてしまったな」


「明日にでも戦争が始まると言うのに、のんびりショーを楽しもうなんて人は……」


「ここに居るぞ」


「今日はね、ムッシュにだけ見てもらいたかったからクローズにしてるのよ。でも、こいうところのショーは、ほどよくお客が居なきゃ雰囲気が出ないでしょ」


「それは光栄なことだ。でも、プリマドンナを立たせたままにしておく光栄は身に余る」


「そうね、座ってJQ(ジェーキュー)」


「はい、グランマ」


「こちら、マンチュリー駐留軍司令の児玉少将」


「初めまして、カルチェタランの専属ダンサーをやっていますJQです。今日は拙いダンスを見ていただいてありがとうございます」


 古典的な言い回しだが、鈴を転がしたような声だ。それに……似ている。


「フフ、モデルはわたしだから似ていて当然よ」


「え……ロボットなのか?」


「そうよ、敷島先生会心の作」


「技研の敷島所長?」


「元所長、いくらわたしの崇拝者だっていっても、現役の技研トップには頼めないわ」


 敷島教授は、陸軍総合技術研究所の所長をやっていた人物で、軍用ロボットの世界的な権威だ。昨年、三年延ばした定年を、もう一年延ばそうと言う官邸筋の意向を丁寧に断って退官したと聞き及んでいる。


 その敷島教授の作品だ、俺のような現場一辺倒の軍人には見破れないだろうが、シャクだ。


「瞳孔が開きまくってるわよ。なんだか、初恋したばかりの男子高校生」


「グランマの前だからね」


「JQはね、わたしのスキルとパターンを完全にマスターしてるの」


「そう言えば、横須賀で出会った頃のグランマの雰囲気だ。ちょっと声が……」


「元々は、こういう声なのよ。無茶な生活で声を潰しちゃったけど」


「まあ、あのころのグランマは尖がっていて、そこがまた魅力だから隊長も班長も『美音には近づくな』って言ってたけどな」


「そうよ、陸さんは純情な人が多かったから……いい勉強になったわ」


 あ、ごまかした……と思ったが、咎めずにグランマの結論を引き出しにかかった。


「なにか無茶な頼みがあるんだろ? 敷島教授ほどではないが、俺もグランマには借りがあるからな」


「ありがとうムッシュ……実は、JQを預かって欲しいの」


「俺が?」


「明日、マンチュリーを離れる。最後の便に乗ってね。乗れるのは人間だけでしょ」


 紛争地域からのロボットの移動は禁止されている。ロボットは、どんな情報を持っているか知れないし、後方かく乱やテロに使われる恐れがあるので、国際的に禁止されているのだ。


 そこに驚くことは無いのだが、グランマはマンチュリーに残ると思っていたのだ。戦端が開かれれば、このカルチェタランは無事では済まないだろうからだ。ただ、マンチュリーは広い。贅沢を言わなければ身を寄せるところはいくらでもある。一般人ならともかく、政府や軍の上層部どころかロシアや北京にも顔の効くグランマなら、そうするだろうと思った。


「ステージ4のキャンサーなのよ」


「キャンサー!?」


 キャンサーとは癌の事である。並の癌ならば、いくらでも治療法がある。大昔のように外科手術をやることもなく、ナノリペアーの入ったカプセルを飲めば一週間余りで完治する。


 二十三世紀で言うキャンサーとはパルスキャンサーのことだ。


 二十三世紀の動力やエネルギーの元になっているのがパルスだ。このパルスの影響で、数百万人に一人の割で罹患するのがPC(パルスキャンサー)だ。


 ナノマシーンを使うことも出来ず、例外的に患部の手術に寄る治療しか道は無い。


 それも、ステージ4……マンチュリーの医療水準では治療は難しいだろう。


「なぜ、そこまで放っておいたんだ」


「気が付いたら遅かった。だから、敷島先生に頼んだのよ。PIのできるロボットを作って欲しいって」


「ピーアイ……パーフェクトインストール……!?」


 


 量子コンピューターや有機コンピューターが一般化した今日、ロボットに人間のスキルやパターンをインストールすることは当たり前にできる。軍隊のロボット兵士なら、過去の優れた兵士のそれをインストして、世界一のスキルを持たせることができる。


 しかし、人間の本質である狭義の人格(ソウル、スピリット、ゴースト、魂とかいうもの)はインストールできない。


 人格インストールをすると、インストールさせた人間は確実に死んでしまう。また、インストールされたロボットは、PCもOSも機能しなくなり、人間で言うところの死に至ってしまう。


 推定される問題はいくつかあるが、最後のカギに当る部分の移送が、今の科学技術では不可能ということになっている。


 もし、人格移送が出来るのなら、人間は機械の肉体を得て、理論的には永久に生き続けられるだろう。




「まだね、生きていたいのよ。生きて、自分の歌と踊りを磨きたいの。惟任美音の最後の賭けをやりたいの。そのためには、わたしもJQも生き続けなければなのよ」


「なら、機能を停止させて、安全なところに保管すればいい」


「ここに来る途中に孫大人に会ったでしょ」


「ああ、食えない奴で、口では日本の肩を持っているがね」


「あいつ、JQを狙ってるのよ。他にもいる。JQはレアなパーツを使ってるし、敷島先生の新機軸的なハードやソフトやらが惜しげもなく使われてる。バラして処分してもジャンクとは思えない値が付く。パーフェクトなら北京でもモスクワでも言い値で買ってくれるわ……お願い、昔のよしみで……」




 俺は、JQを預かることになってしまった。 

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