第35話 死闘

 満身創痍の体で才蔵達は伊賀の忍び達に囲まれて居た。

 既に退路も絶たれ、皆あちこちに切られた傷から血を流し、それ

でも気力を奮い立たせ僅か五人で十名以上の伊賀の忍び達と数刻に

及ぶ不利な戦いを繰り広げていた。

「その人数でよくここ迄持ち堪えたものよ、だがこれまでだ」

 目の前の頭目らしき男が、勝利を確信して仲間に攻撃の合図を出す。

『一人でも多く斬り捨てる』

 才蔵も他の仲間達も既に死を覚悟して、最後の太刀を浴びせんと

其々武器を構え直す。

 先に動いたのは、伊賀の忍び達だった。

 しかし才蔵達に斬りかかる寸前、糸の切れた人形の如くその動き

が止まる。

「あ、あああっ」

「ぐっ‥‥うぉお」

 伊賀の忍び達が急に苦しみだし、その場に倒れる。

「な、何だ?」

 呆気にとられ才蔵達は目の前で苦しむ敵を見下ろす。

「才蔵、あれは––––」

 仲間の一人が指し示す方を見ると、雨にけぶる木々の間か

ら黒い人影が数体、幽鬼の様に現れた。



 信繁が表に出ると、既に慎之介ともう一人の忍が、襲撃者と斬り

結んでいた。

「お前達の狙うはこの信繁であろう。逃げも隠れもせぬ、掛かって

参れ!」

 信繁は腰を僅かに落とし、濃口を切って襲撃者達を挑発した。

 すかさず数名の男達が武器を手に襲い掛かる。ある者は短刀、ま

たある者は鎖鎌や槍などを掲げて信繁に迫る。

 信繁は摺り足で巧みに攻撃を躱し、すれ違いざまに居合抜きで放

った刀で二人の男を瞬時に切り伏せた。

 「す、凄い‥‥」

 戸口からそれを見た藩士達の一人が、感嘆の呟きを漏らす。

 殆ど実戦の経験の無い若い彼等は、目の前で繰り広げられた斬り

合いに度肝を抜かれ見入った。

「惚けているな!我らも加勢するぞ!」

 藤次郎がげきを飛ばし藩士達を鼓舞する。

 皆雄叫びを上げ襲撃者達を迎え撃つべく、戸口から表に飛び出た。

 雨の最中、藩士達と信繁等の長い戦いが始まった。


「お梅様、なるべく近くに来た者を目掛けて、矢を射って下さい。当

たり損ねても構いません。落ち着いて狙いを定めて––––」

 佐助がお梅の側に身を伏せて言う。

 お梅は無言で頷き、矢を番える。心臓の鼓動が早鐘の様に煩く響く。

 野良着を来た襲撃者の一人が、藩士達の間をかい潜り中に入って来た。

「今です!」

 佐助の合図にお梅が矢を侵入者に向かって放つ。

 矢はその者の右肩を見事に捉えて突き刺さる。

 驚いた襲撃者が肩の矢を引き抜き、梁の上に目を向ける。

 その殺意を秘めた目を見た瞬間、お梅は背筋が凍る様な恐ろしさに

呑まれそうになった。

 しかしその者がお梅達の元へ来る事はなかった。佐助の放った苦無

が正確にその男の喉を捉え、血を吐きながら男はそのまま、土間に倒れた。

「お梅様、次の矢を」

 佐助が苦無を構え、お梅に鋭く指示する。

 お梅は震える手で次の矢を番えた。


 一方、仁左衛門とお加代親娘は、お春ら妻子達を守るべく奥の座

敷の前に陣取り、外の気配に耳をそば立てていた。

 仁左衛門としては主人の信繁と共にすぐさま敵陣に切り込みたか

ったが、女子供だけを部屋に置き去りにする事も出来ず、また信繁

に万が一の事があれば、大助だけでもここから連れて逃げ仰せる様

にと信繁に密かに頼まれていた。

 戦の常として、負けた妻子の男子は殆どが殺される事が多いこの

時代、元服間近の大助は捉えられればその場で殺される可能性が高

いと信繁は考えていた。また、自分亡き後大助が存命ならば、その

跡を継ぎ家命を存続させる事もできる。

『大助様だけでもここから生きて連れ出さねば』

 最悪の場合を考え、仁左衛門は契りを交わしたお加代と娘のお美

代を見る。その時はこの二人を見捨てても大助の命を優先させねば

ならないかも知れない。

 仁左衛門の悲壮な決意を読みとったのか、お加代が仁左衛門と目

を合わせてきっぱりと告げる。

「私達の事は気にせず、貴方あなたは家臣としての務めを果たして下さい」

 仁左衛門がお加代に感謝の意を伝えようとした時裏の勝手口を蹴

破り新手の襲撃者達が押し入って来た。

 仁左衛門がすぐさま立ち上がり、これを迎え撃つ。

「ここからは誰一人通さん!」

 仁左衛門は数名の襲撃者達に怯む事なく、自身の刃を正眼に構え

決意を込めて腹の底から声を張り上げた。




 

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