第34話 武士の血脈《もののふのちみゃく》

 藩士達が襲撃に備え、茶屋の出入り口を固めている頃、奥の

間で信繁は妻子に迫る襲撃について手短に語り、大助に自身の

小太刀を手渡した。

「お前はここで母上と菖蒲、大八を守れ。よいな」

「はい」

 大助は小太刀を両手でしっかりと受け取り、力強く頷く。

「 万が一儂が打ち取られれば、大人しく従うのだ。後を追う

事はならん」

 信繁はお春の目を見つめ、想いを込めて言い聞かせる。

 お春は大八と菖蒲を抱き寄せ涙を堪えて頷く。

「‥‥お梅はどうした?」

 信繁が一緒に入る筈の長女の姿が見えず、首を巡らす。

「父上!」

 お梅が手製の弓矢を携え、勝手口から現る。

「お梅、お前それを何処で––––」

 信繁が驚きお梅の出で立ちを繁々と眺める。

 お梅は小袖に襷を掛け、小袴を穿いて若侍の様な姿で

信繁達の前に来ると、決意を込めて信繁に言った。

「私も戦います!」


 お春の看病で使った水桶の水を入れ替えるため、部屋を出

たお梅は、信繁と佐助のやり取りを聞き、直ぐに自身の武器

を調達するべく、炊事場に居る茶屋の老夫婦の所に向かった。

 お梅は魚や団子に使う竹串に目を留め、この材料の竹を主

人に求めた。茶屋の主人は訝りながらも裏の納屋に、切り出

したばかりの青竹の束を置いてある事を教え、そのままお梅

を納屋へ案内した。

 お梅は以前佐助に教わった弓矢の作り方を真似、竹を割い

て湯でしならせ、麻紐をよった物を弦の代わりに張って、自

前の弓を拵えた。その間、茶屋の夫婦には太めの串を作れる

だけ作ってもらい、一刻余りの内にに数本の竹串の矢と弓を

作り上げた。

 お梅は年老いた夫婦に礼を述べ、これから起きる合戦に巻

き込まれぬ様、逃げるよう勧めたが、主人は諦観の相でこう

言った。

「このご時世、安全な場所など何処にもございません。それ

でもこの年迄こうして連れ合いと共に生き延びる事が出来た

のも、御仏のお導き‥‥こうして姫様の戦支度をお手伝い出

来たのも何かのご縁、儂らはここで嵐の過ぎ去るのを待ちま

す」

 お梅はこの善良な老夫婦を巻き込んでしまった事を改めて

痛感したが、もはや数刻後には自分もどうなるかわからぬ身

で彼等にしてやれる事は何もなかった。ただ、二人の皺だら

けの手を握り締め、「この恩は生涯忘れぬ、どうかご無事で」

と言葉を掛けて、納屋を後にした。


 信繁は我が娘の度胸と機転に舌を巻き、昌幸の血を最も色

濃く受け継いでのはこの子かも知れぬと感慨深い想いを抱いた。

「それは使い物になりそうか?」

 信繁が武人の顔でお梅に問う。

 お梅はしかと頷き、父に言った。

「試し撃ちは致しました。近くから狙えば何とかなります!」

 信繁は上に目をやりお梅に聞いた。

「あの梁の上に登れるか?」

 お梅は父の意図を瞬時に察し目を輝かせて頷く。

「出来ます」

「佐助!」

「はっ」

 側で心配そうに親子のやり取りを聞いていた佐助が、信繁の

前に来て片膝をつく。

「お前はお梅と共に梁の上から、紀伊の藩士達を援護してくれ」

 佐助はお梅の護衛を兼ねた信繁の指示に頷く。

「承知しました」


 その時、外から大勢の雨飛沫を飛ばす足音と、剣戟の音が聞こ

えて来た。

「来たぞー」

 正面の入口に居た藩士の一人が外を窺い声を上げた。

 皆、腰の刀を抜いて、襲撃に備える。

「皆、己が生き延びる事を第一に考えて戦え、よいな!」

 信繁は声を張り上げ、そう告げると、自ら愛刀を携え茶屋の外

へと飛び出して行った。

『父上!』

 信繁の後ろ姿を見ながら、お梅はこれでもう父に逢えなくなる

のでは–––– と焦燥めいた想いが湧き上がる。

 その不安を押し殺し、佐助と共に梁の上によじ登り弓を構える。

『誰も、私の目の前で死なせ無い!』

 お梅は決死の覚悟で弦を引き絞った。

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