第17話 父と子 その一

「いやぁ、誠に旨い酒でござった––––」

 源平が得意げに、主人に話しを聞かせている。

 その主人–––– 片倉小十郎景綱は、床から体を起こし、源平の

話に静かに耳を傾けていた。顔には出さないが、景綱はこの男

の話にはいつも余計な内容が多過ぎると常々感じていた。

『忍びの腕は一流だが、相変わらずのお調子者だな』

 だがその心根の大らかさと面倒見の良さから、源平は黒脛巾

組の仲間達に慕われ、長く頭目の座に着いている。


 奥羽一帯には、古来から朝廷に従わずに独自の暮らしを営ん

でいた荒脛巾あらはばきという部族が住んでいた。彼らの多くは里に下

り、後から住み着いた里山の民と融合していったが、少数の者

達は山に留まり、先祖代々の暮らしを続けていた。長く狩猟生活

をて来た彼らは身体能力が高く、険しい山の地にを巧に移動する

術に長けていた。

 これに目を付けた政宗の父輝宗は、それを伊達藩の戦力とする

べく彼らと交渉を始めた。その中には友好的な一族もあったし、

伊達藩に敵対する一族もあった。

 輝宗は友好的な一族を手厚く遇し、その働きの良い者達には

住む場所とろくを与えた。


 源平の一族は早くから輝宗に仕え、数多の合戦で目覚ましい活

躍を遂げた。

 更に政宗が藩主となると、彼は景綱に命じ一族毎に分かれて仕

えていた荒脛巾の末裔達を再編成し、より強固な部族集団 黒脛巾

組として正式な伊達藩お抱えの忍び衆として召抱えたのである。


『この男とも長い付き合いになったものだ』

 景綱は話しに興じる、男の顔に刻まれたしわを目に留め、

お互い歳を取ったな––––– と感慨にふけっていた。

「信繁様の御息女のお梅様、これがまた利発で、父親に似て中々

の胆力を持ったお子でしての」

「ほう、信繁殿に似ておるのか‥‥」

 したり顔で頷く源平は更に続ける。

「左様、あれがご嫡男であれば、将来中々の武将になったやも

しれませんなぁ」

 残念そうに腕を組む源平は、はたと思い出しニヤニヤしながら

景綱に顔を寄せて囁く。

「どうやら、お梅様は重長様に一目惚れした様で–––– 」

そこまで言いかけた時、障子の向こうから重長の声がきこえて

来た。

「父上、重長です。只今戻って参りました」

 源平は慌てて居住まいを正し、何食わぬ顔で部屋の隅に座す。

 景綱は「入れ」と短く応じ、緊張した面持ちの重長が、部屋に

入って来て平伏する。

「政宗様への報告は済んだ様だな。大義であった」

「は、」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 景綱と重長の間に重苦しい沈黙が流れる

 その沈黙に耐えきれなくなった源平がわざとらしく咳払いをし、

「まぁ、後は親子水要らずで、積もる話もありましょうから私め

はこれにて––––– 」

 と言って入り口にいざる。

 早々にその場を去ろうとする源平を、重長が救いを求める様に

首を廻らせて見つめる。

「まだ良いでは無いか。久しぶりに飯でも食って行け」

 景綱もいささか狼狽た様に、源平を引き留める。

「いやいや、お気持ちはありがたいのですが、息子夫婦と孫が首を

長くして儂の帰りを待って居りますで」

 そう言って源平は、そそくさと部屋を出て行った。

 後に残された父と息子の間に、再び気まずい沈黙が降りた。



 

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