第10話 運命《さだめ》 

 初秋とはいえ日の暮れた山中は、身体の芯から熱を奪う程に冷え

込んでくる。

 左門達は手直な木の枝や木の葉を集め、火を起こす。

 陸奥を旅立ってから早半年あまり、山での野宿もすっかり慣れた

もので、二人は村で分けてもらった干し飯と、山で採った山菜を、

持参した小振りの鉄鍋に入れ即席の雑炊を拵えた。

 左門はそれを木の腕に取り分けると、近くの木の幹に括りつけら

れている女の元へと運ぶ。

 女は舌を噛まぬ様猿ぐつわを噛ませられ、両足も拘束した状態で

唯一意思表示が可能な目を、憎々しげに左門に向ける。

「腹が減っておるだろう、まずこれを食え」

 左門は腕を女の前に起き、猿ぐつわと両手の縄を解き始める。

「左門様、いましめを解くなど不用心では」

「食事の間くらい構わぬだろう」

 縄の跡が残る荒れた女の手に、木の腕を持たせると左門は敢えて

女から離れ、源平の向かいに胡座あぐらをかいて座る。

 女は暫し腕を見つめて躊躇うが、左門達が同じ物を口にするのを

盗み見て、勢いよく腕の中身を口の中に掻き込む。

 その様子を見ながら源平は小声で左門に囁く。

「どうなさるおつもりですかな?これから幾つか国境くにざかいを越えるのに

あのまま繋いで引き回すおつもりか?悪いことは言いませぬ、この

まま捨てて行きましょう」

「犬や猫でもあるまいし、このまま放っておく訳にもいかぬであろう

仲間の元に戻っても酷い目に遭うと、お前が言ったのだぞ」

「ならばどうなさると、まさか国元に連れ帰り側室にでもするおつ

もりか!」

 左門は顔を赤らめ声を荒げる。

「馬鹿を申すな!」

 更に言い募ろうとした源平が左門の後ろに目をやる。

「若‥‥‥女が逃げましたぞ」

「何!」

 慌てて左門が振り返ると、女が縛られていた木の下に空の木の腕

と数本の縄が落ちていた。



 –––– 生まれてこの方良いことなど何も無かった。

 全ては山奥の隠れ里で下忍の子として生まれ落ちた時から、女の

運命は決まっていたのだ。

 闇の中を疾走しながら、女は悔しさに顔を顰める。

 幼い頃から、ひたすら人を殺す為の訓練を強いられた。

 厳しい鍛練に耐え切れず脱落した者は、容赦なく“処分”された。

 落ちこぼれの自分が生き延びたのは二つ年上の兄が庇ってくれた

事と、己れの容姿がいずれ閨房に使えると思われていた為だと、十

ニ才で初潮を迎えた頃、年長の上忍に犯された時に知った。

 それからは、夜毎訓練を終えてから疲れを癒す間もなく、村の男

達の相手をさせらた。程なく身籠ったが、直ぐに流産してしまった。

 その時は子供を失った悲しみよりも、哀れな子供を産み落とさず

に済んだ安堵が女の心を占めていた。

 転機が訪れたのは、暫く役目で村を離れていた兄が数年ぶりに戻

って来たこの春の事だった。

 兄は手先の器用さを生かし独自の吹き矢を作ると、それを駆使し

た暗殺を何度か成功させていた。その仕事振りを認められ、兄はさ

る大名筋の仕事を拝命した有力な上忍達の雑兵として仲間に加わっ

ていた。

 久方振りに会った兄はすっかり面変わりし、荒んだ色を宿した目

を妹に向けて言った。

『このまま村の男共に、股を開いて生きるのが嫌ならば、俺と共に

来い』

 女には他に選ぶ道などある筈も無かった。


 いつの間にか、女は深い谷を臨む切り立った崖の淵に佇んでいた。

 半分に欠けた月の光が渓谷に深い影をおとす。

 二人の男達の足音が女の後ろで止まった。

 女はゆっくりと振り返ると、激しい怒りを宿した目を男達に向けた。



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