第9話 九ノ一

 サワサワと木の葉が風に揺れている。鳥の声、虫の音–––全てが

混然一体となり左門の五感に流れ込んでくる。

 今彼は無心になり、己れの感覚を最大限に研ぎ澄まし、目当て

の気配を探っていた。

『––––そこか!』

 左門は閉じていた目を見開くと、敢えて気配のした方向に背を

向け走り出す。かさず木の上から男が吹き矢を飛ばそうと、

竹筒を咥える。–––と左門の姿が突然消えた。

「何!?」

 男が木の上から飛び降り、左門を追跡しようとした矢先、足元

の草むらから左門が現れ短刀を突き出した。

「くっ」

 男は咄嗟に竹筒で短刀を受けたが、弾みで竹筒は真っ二つになる。

左門は更に踏み込み蹴りを男に喰らわせた。

「がっ‥はぁ」

 男が木の幹に叩きつけられる。

兄者あにじゃ!」

 旅装束の若い女が近くの茂みから飛び出し、仕込み杖から刀を

抜刀し左門に切り掛かる。

 左門はヒラリとこれを躱し、女の後ろを取って羽交い締めにする。

「離せ!」 女が抵抗を試みて暴れるが、左門の腕力に押さえ込ま

れてびくともしない。

「無益な殺しはしたくない。大人しく–––」左門が女を説得しようと

した矢先、男が刀を二人に目掛けて突き出してきた。

 左門は女を突き飛ばし、小刀で男の刃を受ける。

「この娘はお前の身内ではないのか?」

 左門は咎める様に男を睨みつけた。

男は明らかに女ごと刺し貫くつもりで、刀を突き出したのだ。


「使命の前には身内の情など無用」

 男はそう呟くと、再び切り掛かる。

 左門は後ろに身を引き、下段から切り上げる男の刃を躱しながら

後方から女が刀を突き出して来るのを目の端に捉える。

 左門は軽く舌打ちをして女の腕を脇に捉え、小刀の柄で鳩尾みぞおち

当て身を喰らわせる。女は糸の切れた人形の様に左門の足元に倒れる。

「死ね!」

 男が決死の一撃を喰らわさんと、剣を振りかぶり左門の肩先に切り

掛かる––––と その動きが一瞬止まり、左門は男の心の臓を目掛け短刀

を突き出した。


 男はそのまま胸を押さえて、うつ伏せに倒れこんだ。その左肩には

苦無くないが深く刺さっていた。


「余計な事をしましたかな」

林の中から源平が槍を担いで、のんびりと現れる。

「いや、助かった。すまない」左門が面目無さそうに苦笑する。

 源平は左門の足元に気を失って倒れている娘を覗き込み、僅かに

顔を顰める。

「九ノ一ですな‥‥まだ若い。厄介な者を助けましたな」

 源平が咎める様に左門を見つめる。

「この者にはまだ聞きたい事がある」

 左門は源平から顔を背け、倒れている女の両手を後ろで縛り上げ

肩に担ぎ上げる。

「助けたとて我らに有益な事は何も言いますまい。ここに捨て置いた

方が良いのでは?」

 左門は振り返らずに歩きながら、逆に源平に問いかけた。

「任務を果たす事が出来なかった忍びは普通どうなるのだ?」

 源平は僅かに肩を竦めて答える。

「まあ、下忍の場合は死罪でしょうなぁ。この様な若い娘ならば、

もしかすると子供を産ませる為に生かすかもしれませんが、まあ

どの道ろくな末路ではありますまい」

 左門は僅かに眉を寄せると、無言で歩き出した。

 源平も額を押さえてため息をつくと、渋々左門の後に続いた。








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