第7話 遭遇
「源平、気付いておるか?」
左門は街道を歩きながら、隣を行く源平に小声で話しかけた。
「およそ五人ですかな。二人は男女で
様ですな」
源平も小声で返しながら、至って呑気な様子で錫杖を突きな
がら歩む。
左門達が九度山を後にし、高野山を過ぎて京への街道を目指
し始めた頃から、後をつける気配を二人は感じていた。
当初は真田家を監視している紀伊藩の手の者かと思っていたが
国境を越えて更に追跡の手の者の気配が増えると、その可能性は
低くなった。
「どこの手の者だと思う?」
「そうですなぁ、可能性が一番高いのはやはり三河の–––– です
かな」
「やれやれ、一番会いたくない連中だな」
左門はため息をつくと街道を外れて山の中へと分け入る。
源平は何故か嬉々としてその後に続きながら、「久々に
腕が鳴りますの!」と指を鳴らした。
左門達が山中に入ると、直ぐに追跡者達もその後を距離を
縮めて追って来た。もはや気配を消す必要がなくなった彼らは
明かな殺気を放ち迫って来る。
「無用な殺生はしたくないが–––」左門は背負っていた荷を捨て
懐に忍ばせていた短刀を取り出す。
「忍び相手にそれは無理という者でしょう。情けをかけても奴ら
しくじれば自害する様言い含められておりましょう」
源平は襲撃者達を迎えるべく、錫杖に仕込んでいた槍を構えた。
程なく三人の男達が木々の間から音も無く姿を現す。
彼らは各々商人や農夫、旅芸人風の装束を身に纏い市井の中
でも目立たぬ風貌をしていた。しかし今、武器を手にした彼ら
は明らかな殺意を放ち左門らを取り囲んでいた。
『後の二人は気配を絶っておるか––––』
源平が夫婦を装っていると言っていた男女は己の存在を気取ら
れぬよう離れた所から、襲撃の機会を伺っていると左門は推察
した。
「源平、二人いけるか?」小声で左門が問う。
「何の、三人でも余裕ですわい」
「右手の男だ–––」
「承知」
それを合図に左門は、自分の近くに居る旅芸人風の男に
投擲した。
男は紙一重で其れを躱し、刀を抜いて左門に切り掛かる。
左門は小刀で其れをいなし、素早く身を躱すと林の中に入る。
男がそれを追って同じく林の中に入ると、果たして左門の姿が
見当たらない。
男が戸惑った一瞬の隙を突き、左門が頭上の木から飛び降り
男の背後を取る。左門は反撃の隙を与えず後ろから男を羽交い締
めにし、小刀で男の首を掻き切った。
『やはり気分の良いものではないな‥‥』
事切れて足元に伏す男を見下ろし、左門は僅かに奥歯を噛み
しめる。–––と首筋にぞくりと泡立つ気配を感じ、咄嗟に左腕の
小手を翳し、己れの顔を庇いながら身を伏せる。小手には細い針
の様な物が刺さっていた。
『吹き矢か ––––』
咄嗟に反応出来たのは以前にも同じ様な武器で、狙われた事が
あり、不覚にも吹き矢を脚に受けてしまった経験があった為だ。
その時は側にいた源平が直ぐに矢を抜いて、矢の先に塗った毒
が回らない様に傷口から毒の混じった血を吸い出してくれたので
大事には至らなかった。
それでも、僅かに廻った毒により膝下から足先まで丸太のよう
に腫れ上がり、数日間歩くのも
源平は不甲斐ないと落ち込む左門に『体で覚えた痛みや苦しみ
は記憶に深く刻まれます。その経験を次に活かせれば、決して
無駄ではありますまい』と笑って諭した。
「確かにな」と一人呟いた左門は、皮膚に刺さるのを防いだ小手
から針を引き抜くと全身の感覚を研ぎ澄まし、次の矢を放とうと
する襲撃者の気配を辿った。
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