第6話 木通

  翌朝、左門と源平は真田家の屋敷を後に九度山を下った。

  信繁は滞在を勧めてくれたが、高野山を目指す僧侶の身

 としては、これ以上彼らの元で厄介になるわけにもいかず、

 二人は家中の者達に見送られながら旅立った。

  見送りに出ていたお梅は、左門達と別れ難い様子で何度

 ももう暫くとどまれないかと言ってきたが、奥方に嗜められ

 しょんぼりと肩を落とした。


「あの姫様はどうやら左門様に懸想けそうした様ですな」

  源平がニヤニヤしながら左門に声をかける。

「馬鹿な事を、まだ子供だぞ」

「いやいや、幼くてもおなごは女。凛々しい若様の僧侶姿

 にときめいたとしても、無理はござらん」

  かっかっかっとわざとらしい笑い声を上げ源平が左門を

 追い越し先を行く。

「天狗と見間違えられる様な男にときめく訳があるまい」

  ぼそりと不機嫌に呟いた左門は、昨日お梅を助けた川の

 あたりに差し掛かった事に気付く。

 『そういえば、この先にお梅殿が登っていた木があった

 な‥‥』

  左門は足を止めて暫く思案した。

「左門様、如何されました?」

 先を行っていた源平が左門の元に戻ってくる。

「ちと寄り道をして行こうと思うが、付き合ってくれるか

 源平」

  左門は悪戯を思いついた小僧の様な瞳を源平に向けて

 ニヤリと笑った。


  その日の午後、村の子供達が籠に山盛りの木通あけびや山菜を

 信繁の屋敷に持ってきた。

  応対した下女が子供達に話を聞くと、昨日お梅を助けた

 僧侶二人が『泊めて頂いた礼に』と村に立ち寄り、見知っ

 た子供達に託したとの事だった。


「大助、具合はどう?」

  奥の部屋で床に伏している弟にお梅が襖を開けて声を

 かける。初秋の夕日が部屋に長い影を作り太助の寝床に

 様々な影絵を映し出す。

  大助はゆらゆらと動く影をぼんやりと見つめていたが

 お梅の声に顔を向けると、嬉しそうに微笑んだ。

「姉上、勝手に入るとまた母上に叱られますよ」

「大丈夫、皆夕餉ゆうげの支度で忙しいから」

「いえ、そうではなく‥‥移してはいけないと案じて」

「風邪くらいで大そうな。それに私は丈夫だから移っ

 ても平気、平気」

  お梅はずかずかと部屋に入ると、盆に載せた紫色の

 実を大助に差出した。

「これは、何ですか?」

「ふふふ、前に話したであろう。木通じゃ」

「姉上が取って来てくれたのですか?」

「‥‥そのつもりだったのだけど、失敗してな」

 お梅は昨日の山での出来事を太助に話して聞かせた。

 大助は青くなってお梅の手をとりながら、涙目で

「その御坊さま達がいなかったら、姉上は溺れ死んで

しまったかもしれない‥‥お願いですからもう無茶は 

しないでくださいね」と言った。

 お梅はハイハイとおざなりに返事をしながら、太助に

木通の実を割ってやった。

 これを取る為に左門達が、自分と同じ様にあの大きな

体で木登りをしたのだろうか–––その様子を思い浮かべて

お梅は胸の奥がほんのりと暖かくなった。





 





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