第5話 山里の姫

 信繁と左門達の歓談は概ね和やかに過ぎていった。

 始めは身構えて信繁と対峙していた左門だったが

信繁の柔らかな物腰と博識で機知の溢れる話を聞く

うちに、いつの間にか彼に好感を抱いている自分に

気付いた。

『あの男は人たらしの才がある。気を付けよ』

 ふと、政宗公が旅立つ前に左門にポツリと漏らし

た言葉が蘇った。


 ささやかな宴も中盤に差し掛かった頃、襖の

向こうから何かを諌めようとす侍女達の声と

幾分幼い娘の凛とした声が聞こえて来た。

「これ、何を騒いでおる、お客様に失礼であろう」

信繁の横に座していた奥方がたまりかねて襖を

開けて注意する。

 すかさず薄紅色の小袖を着た少女が居間に

押入り、ちょこんと正座し手をついて頭を下げる。

「父上、お梅です。先程助けて頂いた方々にお礼を

申し上げたく参りました」

「お梅、具合はもう良いのか?」

 信繁が困った様に眉を下げ、娘を案じる様にその

顔を伺う。お梅はぱっと顔を上げると父の目を

しっかりと見つめ「はい」と元気よく頷いた。

 お梅は直ぐに左門達に向き直り、再び手をついて

頭を下げる。

「私は真田信繁の娘、梅と申します。先程は助けて

頂き誠にありがとうございました」

 子供とは思えぬハキハキとした物言いに、左門は

感心しながら応える。

「修験僧の左門と申します。こちらは連れの源平。お梅

殿をお助け出来たのも御仏のお導きです」

 左門は両手を合わせ軽く瞑目する。僧の振りをしながら

半年近くも旅をしているうちに自然とそれらしい所作が

身に付いてしまった様だ––––と内心自嘲する左門だったが

お梅の利発な眼が、じっとこちらを見つめている事に気付

き幾分居心地の悪さを感じた。

『まさか、この小さな姫に偽坊主とバレたか』

内心の動揺を隠しながら、左門はお梅に語りかけた。

「先程、村の子供達から聞きましたが、お梅殿はよくあの

様な山奥に参られるのですか?」

 お梅の顔に〝しまった″とでもゆう様な焦りの表情が浮ぶ。

奥方が眉をしかめお梅を諫める。

「無闇に野山に入っては危ないと言われておるでしょう。

今度言いつけを守れない様であれば、村の子供達とはもう–––」

「母上、以後気をつけます。だから村へ行くのを許して」

お梅は慌てて奥方に取りすがる。

 左門は余計な事を言ってしまったと、一人頭を掻いてお梅

に詫びた。

「いやはや、すみません。どうも余計な事を申し上げてしまい

ましたかな?」

 お梅は僅かに頬を赤くして、恥ずかしげに小さな声で言った。

「いえ‥‥御坊様のせいではありませんので」

 はっはっはっと軽快に信繁が笑い、お梅の日頃の蛮勇振りを

楽しげに話して聞かせた。その間お梅は神妙に畏まり、穴かあ

れば入りたいとばかりに終始黙していたが、お梅が村の悪餓鬼

達を叩きのめし、今では村の子供達のガキ大将に収まっている

くだりに差し掛かると、堪らず父の口上を遮った。

「父上、それでは私が暴力で村の子供達を従えている様では

ありませんか。あんまりです!確かに最初は少し仲違いもあ

りましたが、今はみんな仲良くしております」

「何が少しですか!其方が泥だらけで怪我をした数人の男のおのこ

達を家に連れて来た時は心の臓が止まるかと思いましたよ」

 奥方が青筋を立ててお梅を睨みつける。

 しゅんとするお梅を見て思わず左門と源平が吹き出し、信繁

もまた笑い出す。

 男達の笑い声を聞きながら、お梅は命の恩人である目の前の

見目麗しい若い僧侶だけには今の話は聞いて欲しくなかったと

しみじ思いながら、ため息をついた。




 


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