第4話 来訪者

「娘を助けて頂きありがとうございます」

 囲炉裏の正面に単座する男が深々と頭を下げて、

左門達に礼を述べた。

『この男が真田信繁 -』

 左門は目の前の男を隅々まで観察する。

 自分の主人と同い年ならば、彼は今年で四十五歳になる。

 無造作に後ろに束ねた信繁の髪には白い物が混じり、

荒れた掌の爪先には落とし切れない土の黒ずみが頑固に

こびり付いている。

 小ざっぱりと着こなしている作務衣の生地もよく見れば、

あちこち繕った跡が見受けられ、決して楽ではない生活が

伺われた。


 数刻前、川で溺れた娘を助けた左門は娘と共に来ていた村の

子供達の案内で、九度山の麓にあるこの屋敷へと案内された。

 奇しくもそこは左門達の目的地であり、娘は信繁の娘の一人

だった事により、左門らはすんなりと目的の人物に会うことが

出来たのだった。

「たいしたお持てなしも出来ませんが、どうぞ召し上がって

くださませ」

 傍に座っていた奥方と思しき女性が、二人の前に並べた料理

を勧める。

 料理と言っても山菜の和え物と瓜の漬物、漆の剥げた木の

腕に並々と盛られた芋汁が朱塗りの御膳に不揃いに配置された

質素な物であった。

 信繁達のここでの暮らし向きを慮り、左門は一瞬箸をつける

のを躊躇ったが、隣の源平が礼を述べながら料理を食べ始めた

ので、それに倣った。


「ほう、陸奥むつから遥々この高野山を尋ねて参られたのですか」


 信繁が酒の入った徳利を源平に勧める。

 すっかり酔いのまわった風体の源平は嬉々として信繁の注ぐ酒

を杯に受けながら、ここまでの道中の苦労話を身振り手振りを交

えて面白可笑しく話す。

『おい、源平飲み過ぎではないのか』

 隣で左門はハラハラしながら、白湯をチビリチビリと飲んでい

た。

左門も酒はかなりイケるクチだが、用心の為任務中は飲まない様

にしている。

「そちらのお若い方、左門殿と申されたか。遠慮せずに一献如何

かな」

「いえ、私は呑めませんので」

 控えめな声で断る左門をの顔をふと何かに気づいた様に、信繁

がじっとと見つめる。

「失礼だが左門殿、其方もしや‥蝦夷えぞの方の出身ではないか

のう?」

 一瞬背中をヒヤリとしたものが過った左門だったが、何食わぬ

顔で信繁に頷いてみせた。

「よくお分かりになりましたね。確かに父が北の民です」

 あえて蝦夷とは言わずに幾分嘘を交えて左門は答えた。

「なるほど、蝦夷の民は一見した所は我等と変わらぬ容姿をして

おるが北の大陸の民特有の大きなまなこと堀の深い顔立ちをして

おると以前大阪にいた頃、商人から聞いた事がありましたな」

 信繁は彼方を見ながら、過ぎ去った日々を懐かしむ様にゆっくりと

杯を傾けた。

 その様子を注意深く見つめながら、左門は主人の言葉を思い起こし

ていた。


『真田信繁が九度山に幽閉されて早十余年。あの男が未だに家康に歯

向かう気概を持ち続けているのか、或いは失意に塗れこのまま父親の

昌幸同様老いさらばえて朽ち果てるのか ––– 其方の目で確かめて参

れ』

 憂に満ちた隻眼の眼を、雪の降る庭に向けながら左門の主人あるじ

伊達政宗はそう告げた。









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