待ち遠しい


新入生が入学して、生徒会は一年生の身嗜みチェックや、持ち物検査をする毎日だ。

必ず毎日注意しなくちゃいけない一年生が10人はいて、雫先輩が会長だった時、全校生徒の身嗜みと持ち物検査でひっかかる生徒が一人もいなくなったことが、どれだけ凄いことだったかを思い知った。

生徒会の仕事も一気に忙しくなり、丸一ヶ月は雫先輩と会っていなく、日頃の疲れから連絡もしなくなっていた。

そして5月の中旬になると、昼休みの時間に雫先輩が電話をかけてきた。


「もしもし」

「久しぶりね。どうして連絡くれないのかしら」

「最近ずっと忙しくて.......すみません」

「私を嫌いになったとかじゃないの?」

「そんなわけないです!」

「そう......」

「雫先輩、よく生徒会の仕事一人でやれてましたね」

「大変だったけれどね。今頃は特に忙しい頃じゃないかしら」

「もうヤバイです。疲れすぎて頭回らないですよ」

「たまには休憩しなさい。明日、お弁当作ってあげるわ」

「あー、最近朝早すぎて、多分受け取る時間ないです」

「私も早く起きるわ」

「雫先輩はゆっくり寝てください。体壊しますよ」

「......分かったわ。それじゃ頑張って」

「はい!」


電話を切ると、呆れた表情で林太郎くんが話しかけてきた。


「最近、雫先輩と会ってないだろ」

「うん」

「絶対会いたがってるし。ほっときすぎると振られるぞ」

「振られる⁉︎」

「当たり前だろ。付き合ってる意味を見出せなくなったら、恋愛なんてあっさり終わるぞ」

「瑠奈が初めての彼女のくせに、よく言うよ」

「そうだ、瑠奈どこ行ったか知らないか?」

「一年生を従えて食堂だと思う」

「また奢ってもらうつもりか......」

「だろうね。まぁでも、可愛いとか言われて、一年生から人気あるみたいだよ」

「そうなのか」

「男子生徒からも」 


林太郎くんは真顔で立ち上がり、ゆっくり歩き出した。


「ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃーい」


それから月日は流れ6月3日。雫先輩の誕生日の日、学校が終わってケーキ屋に寄り、雫先輩には何も言わずに久しぶりに会いに行くことにした。


その頃雫は、自分の部屋から庭を眺め、深いため息を吐いていた。


「はぁー......私、なにかしちゃったのかな......」


その時、蓮が歩いてくる姿を見つけ、窓を開けた。すると、その音で雫に気付いた蓮は二階を見上げて笑顔で手を振った。


「雫せんぱーい!」


雫は走って玄関を飛び出して、蓮がチャイムを押す前に蓮に駆け寄った。


「わざわざ出てこなくても、部屋まで行きましたよ?」

「ど、どうして来たの?」

「どうしてって、今日は雫先輩の誕生日じゃないですか!お祝いしましょ!」


雫先輩は泣くのを我慢し、僕に勢いよく抱きついてきた。


「雫先輩⁉︎」

「嫌われちゃったかと思った......」

「いや、あの、ケーキ潰れてます」

「あっ!ごめんなさい!」


箱を開けて中を確認すると、ショートケーキが見事に潰れていた。


「これじゃ食べれないですね......」

「た、食べるわ!」


雫先輩は潰れたショートケーキを手に取り、丁寧に透明のシートを外して、パクッとショートケーキを食べ始めた。


「美味しいですか?」

「とても美味しいわ」

「よかったです!雫先輩は高級舌なので、不安だったんですよ」

「これ、ちょっと高かったんじゃない?」

「分かります⁉︎いい苺を使ってるらしいです!」

「本当に嬉しい。ありがとう」


口にクリーム付いてるの可愛いな......


僕は携帯を取り出して、雫先輩の横に立ち、急に写真を撮った。


「いい写真ゲット!」

「ちょっと!クリーム付いてるじゃない!何故早く教えないのよ」

「可愛かったので!」

「け、消しなさい」

「嫌です!大事な思い出ですから!」

「......後で私にも送ってちょうだい」

「はい!」


雫先輩はケーキを食べきり、家に入ろうとした時、詩音さんの車が真横に止まった。


「二人とも、外でなにしてるの?」

「お姉ちゃん!」

「詩音さん、お久しぶりです!」

「久しぶりだね!雫、誕生日おめでとう!」

「ありがとう!」


詩音さんと話してる雫先輩を見てると、本当に詩音さんのことが好きなんだと分かり、微笑ましくなる。


「雫ー!」


雫先輩のお父さんの声がし、玄関の方を見ると、お父さんは手を振っていた。


「やぁ!蓮くん!今日は雫の誕生日パーティーだ!楽しんで行きなさい!」

「はい!ありがとうございます!」


それから雫先輩と詩音さんと僕で、雫先輩の部屋でトランプなどをしながら時間を潰し、夜になるとリビングに呼ばれた。

雫先輩の誕生日パーティーはクリスマスパーティーとは違い、完全に身内のみでやるらしい。


「雫先輩のお母さんはいないんですか?」

「仕事で来れないそうだ。でも、ビデオ通話で参加だ!」


雫先輩のお父さんはテーブルに携帯を立て、雫先輩に画面を見せると、そこにはワイングラスを持った雫先輩のお母さんが映っていた。


「雫、誕生日おめでとう!」

「ありがとう!」

「プレゼントは、お父さんと詩音から受け取りなさい」

「プレゼント?」


すると詩音さんは、別の部屋から大きな段ボールを持ってリビングに戻ってきた。


「三人で選んだプレゼントだよ!」

「開けてもいいの?」

「もちろん!」


雫先輩が箱を開けると、中には真っ白でモフモフで、透き通った緑色の瞳が可愛い子猫が入っていた。


「大切に育てるんだよ?」

「ペット......いいのかしら」

「もちろんだ!ペルシャ猫だぞ!」

「あの、毛が長くなるやつかしら」

「そうだ!」


雫先輩はとても嬉しそうに猫を抱き抱えて顎の下を指で撫でると、猫は気持ち良さそうに目を閉じた。


「ありがとう!大切にします!」

「よかったですね!」

「うん!とても可愛いわ!名前は何がいいかしら」

「モップとか?」

「お姉ちゃん、それは掃除用具でしょ?」

「でも、ペルシャ猫って毛が伸びるとモップみたいじゃん」

「それじゃ、合間を取ってプップ」


案が一つだから合間とかないんだけど。そしてプップって......オナラかな。


「プップ!可愛いですね!」

「蓮くんもそう思ってくれる?」

「はい!」


オナラを連想しながらも、可愛いと褒めて機嫌を取る。僕はよくできた彼氏だ。

それから雫先輩は膝に猫を乗せ、雫先輩のお母さんも通話を繋げたままで皆んなで食事を楽しんだ。


「ごちそうさまでした!私、プップをお部屋に連れて行くわ!」


雫先輩は嬉しそうに部屋に戻って行き、お母さんは安心したように一度背伸びをして話しだした。


「それじゃ私は仕事に戻るから。蓮くん」

「はい」

「雫は嬉しいことがあると、時々周りが見えなくなって怪我とかするから、今日はよろしくね」

「了解です!」

「それじゃ」


お母さんが電話を切ると、詩音さんは僕の頭に手を置き、ニコッと笑みを浮かべた。


「忙しくても、連絡ぐらいはしてあげてね」

「知ってたんですか」

「連絡もこないって、不安がってたからさ」

「すみません。次からはちゃんとします」

「ほら、行ってあげな」

「はい!」


そして雫先輩の部屋に入ると、雫先輩は左足の爪先を押さえながら倒れ込み、それを猫が大人しく見つめていた。


「大丈夫ですか⁉︎」

「足......ぶつけてしまったわ......」


あぁ......雫先輩のお母さんが言った通り、本当に怪我してるよ......


「プップ、君の飼い主が痛がってるよー......そういえば、プップ鳴きませんね」

「ミャ!」

「あ、鳴いた。雫先輩、プップが鳴きましたよ」

「可愛いわね......」

「そんなに痛みますか?」

「指は鍛えようがないからね。それより、同じ体制でいたせいで腕が痺れてきたわ。地獄の連鎖よ」

「ほうほう。ツン」

「ひぃゃ!」


雫先輩の腕を指で突っつくと、雫先輩は変な声を出した後、目を大きく見開いて僕を睨みつけた。


「それじゃ!改めてお誕生日おめでとうございます!僕帰ります!」

「捕まえなさい」

「はい!」


急に黒服の人が雫先輩の部屋に入ってきて、僕は両腕を掴まれた。


「離してください。血が流れますよ」

「私は負けませんよ〜?」

「違います。僕の血が流れるんです」

「はい?」


雫先輩は立ち上がり、目を見開いたままゆっくり近づいてきた。


「ずっと会ってくれなくて、連絡もしてこない。やっと会えたと思ったら、私をいじめて楽しんでいるの?」

「あれじゃないですか?好きな人のことはいじめたくなる、男子特有の」


ナイス!いいこと言った!


予想通り、雫先輩は急にモジモジし始めた。


「そ、そうなの?」

「そうです!」

「そ、そう。離してあげなさい」

「はい!それでは失礼します!」

「待ちなさい」

「どうなさいました?」

「中川先生は貴方が嫌いで別れたわけじゃないわよ。今ならきっと戻れる」

「......」

「頑張りなさい」

「はい‼︎」


黒服の人が出ていき、僕は軽く首を傾げた。


「あの人と中川先生、なにかあったんですか?」

「二人は元恋人よ」

「......えー⁉︎⁉︎本当ですか⁉︎」

「本当よ」

「うわー、意外な組み合わせ......まぁ、中川先生って若くてかわっ......」

「かわ?」

「川に転がってる石みたいですよね」

「なにを言っているの?あの人は川を泳ぐ人魚のような人よ」


なに言ってるの?人魚は海でしょ、まずいないし。


「海っていえば」

「なにかしら」

「梨央奈さんとの約束とかって覚えてますか?」

「えぇ。覚えてるいるわ」

「今年の夏、みんなで行きません?」

「そうね。それで、私が果たしていない約束はなくなるわ」

「約束はどんどん増えていくものですよ」

「たとえば?」

「明日、僕に弁当を作る約束とか!」


雫先輩は嬉しそうに微笑み、僕の胸に飛び込んできた。


「......好きよ」

「僕も好きです」

「蓮くんに断られるまで、毎日作るわ」

「体調崩さない程度にお願いしますね」

「分かってるわ」


そして、ふと猫に視線をやると、猫はいつのまにか寝ていた。


「レックスよりマイペースですね」

「可愛いじゃない」

「ですね」


とにかく、海に行くの断られなくてよかった......


「蓮くん?」

「はい?」

「なんか、ほっとしたような顔をしている」

「なんでもないですよ」

「ならいいけれど」


人の悲しみを背負うのには慣れてるし、僕だって人を選んでだけど、自分から背負ってる自覚はあった。

雫先輩をあの海に連れて行く。約3年背負ってきたものをもう時期下ろせる。それだけで、自然とほっとした表情にもなってしまう。

それと、僕はあの海で......雫先輩に大切なことを伝えようと考えていた。


夏が待ち遠しい。

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