弱虫クソ雑魚ゴリラ


「マンタがいる!」

「こっちはカクレクマノミだ」


瑠奈は勿論のこと、花梨さんも水族館を楽しんでいるみたいだ。

林太郎くんは何故かタコを夢中で撮っている。


「美桜先輩も、もっと近くて見たらどうですか?」

「うん......」

「詩音さん探しでそれどころじゃないって感じですね」

「だって、今日は謝るチャンスだもん」

「そうですね」


その時、背後から忍び寄る気配を感じて振り向くと、睦美先輩が脅かす気満々のポーズで立っていた。


「なにしてるんですか」

「脅かそうと思ったのに〜」

「やっぱり」

「美桜さん、久しぶり!」

「どうも」

「睦美せんぱーい!」

「あっ!瑠奈ちゃん!」


瑠奈は睦美先輩に抱きつき、久しぶりの再会を喜んだ。


「ねぇ聞いて、私生徒会に入った!」

「聞いたよ!凄いね!」

「睦美先輩、どうもです」

「林太郎くんも久しぶり!それでー、君が噂の花梨さんかな?」

「はい」

「雫さんを切りつけたんでしょ?」

「昔の話です」

「でも更生したみたいで偉い!」


睦美先輩は笑顔で花梨さんの頭を撫で、花梨さんは少し照れ臭そうにしている。


「それで、詩音さん来てないんですか?」

「顔も知らないからねー」

「山本さん!なにしてるの!」

「あ、怒られちゃった。私行くね!」

「はい!頑張ってください!」

「ありがとう!楽しんでね!」

「またご飯奢ってねー!」


瑠奈はそればっかりだな。


「私、あっち探してくる」

「僕も行きますよ」

「蓮先輩が行くなら私も」

「花梨さんは水族館楽しんでも大丈夫だよ?」

「うるさい、黙れ、カス」

「えぇ......瑠奈と林太郎くんは水族館デート楽しんでていいから!」

「ありがとうな」

「お昼は合流ね!」

「うん!分かった!」


僕と美桜先輩と花梨さんの3人で、水族館の魚を眺めながら詩音さんを探し始めた。


「おさわりコーナーだ」

「蓮先輩、触りたいの?」

「せっかくなら」

「変態じゃん」

「生き物をね⁉︎分かるよね⁉︎」

「分かんなーい」

「美桜先輩なら分かってくれますよね⁉︎」

「え?あぁ、うん」

「聞いてなかったならそう言ってください!今微妙な反応されるのは困るんですよ!」

「ナマコとヒトデとウニのおさわりコーナーなんだ」

「おい、聞け」

「あ、あっちはドクターフィッシュ」

「まったく......花梨さん、触ってみてよ」

「変態」

「怒るよ」 

「はいはい、なにを触ればいいの?ってキモ!これがナマコ⁉︎無理!」

「それ〜!」


花梨さんの腕を掴み、無理矢理ナマコを触らせた。


「なっ、なに触ってるの⁉︎てか、やめろ!」

「ナマコどんな感じ?」

「プ、プニプニでキモい」

「意外と落ち着いてるねー」

「一回触ればこんなもん」

「次はヒトデ触ってみようか。どう?初めて触った感想は」 

「思ったより硬くて......変な感じ」

「次はちょっと痛いかもしれないけど我慢してねー」

「痛っ」

「大丈夫大丈夫、すぐ慣れるから」

「もっと優しくしてよ、グイグイやりすぎ」

「アンタら......なにしてんの」

「ウニ触らせてます」

「へー......」


それから水族館内をグルグルしていると、目の前からスーツを着てサングラスをした女性と、作業着を着た二人の男性が歩いてきた。


「なんかの点検ですかね」

「さぁー?」


その女性は紛れもなく詩音で、詩音は3人を見て軽く顔を伏せた。

(鷹坂高校の生徒......本当に運が悪い......それにあの赤髪の子......)


「瑠奈達と合流しまっ......」

「蓮先輩?」


今の匂い......


すれ違う時に、学園祭で嗅いだ匂いと同じ匂いがし、美桜先輩はすぐに振り返って声をかけた。


「詩音先輩‼︎」


女性は立ち止まらずに歩き続け、美桜先輩が女性の腕を掴むと女性は立ち止まり、後ろを振り返らずに小さな声で言った。


「久しぶりだね」


美桜先輩は泣きだし、その場で土下座をした。


「すみませんでした‼︎」

「......仕事中なの。お客様も見てる」

「ずっと謝りたくて、私、最低なことしたから......」

「立ちなさい」

「.....はい......」

「電話番号を書きなさい」


詩音さんは小さなメモ帳を渡し、美桜先輩はそこに自分の電話番号を書いた。


「仕事が終わったら連絡します。それまで楽しみなさい」

「ごめんなさい......待ってます......」


そして詩音さんは行ってしまった。


雫先輩みたいな気力は感じられなかったけど、透き通る綺麗な声だった。


「よかったですね、美桜先輩」

「良くない......」

「どうしてですか?」

「まだ許してもらってない」

「きっと許してくれます。とりあえず、瑠奈達と合流してお昼にしましょう」

「うん......」


瑠奈と林太郎くんにも詩音さんと会ったことを伝え、レストランで休憩することになった。


「詩音さんってどんな性格してるんですか?」

「昔の雫みたいな感じ......」

「え、怖いんですか?」

「それより前。優しくて明るい......後輩にも好かれるタイプ......」


明るさは感じられなかったけどな......

てか、僕もあの香水欲しいな。


みんなでお昼を済ませ、いつ詩音さんから連絡が来てもいいようにずっと水族館内に居たが、一向に連絡が来ず、水族館内をグルグルしていると、詩音さんと一緒に居た作業着の男性を見つけて声をかけた。


「すみません」

「はい?」

「詩音さんなにしてますか?」

「音海さんなら帰られましたよ?」

「え」

「明日も来ますけど」

「そうなんですか!」

「はい」

「ありがとうございます!」


一瞬、逃げられたのかと最悪なパターンを想像したが、明日も来るなら安心だ。


「あ、明日学校じゃん」

「ゲームオーバー?」


その日はしょうがなく解散し、夜中に美桜先輩から電話がかかってきた。


「詩音先輩から電話来ない」

「明日、二人で行きます?」

「いいの?」

「会長の僕が決めたことです!大丈夫ですよ!」

「んじゃ、明日も今日と同じ時間で」

「了解です!」


翌日、僕と美桜先輩は学校をサボって水族館にやってきた。


「あれ⁉︎涼風くんと美桜さん!」

「あ、睦美先輩だ」

「今日も来たの⁉︎」

「はい!」

「二人で?」

「そうですよ!」

「乃愛さんに怒られるよー?」


睦美先輩のその言葉で、僕のテンションがガタ落ちすると、美桜先輩が気まずそうに教えた。


「二人、だいぶ前に別れたよ」

「え、あ......ごめん」

「いいですよ......」

「私、仕事戻るね」

「頑張ってくださーい」


睦美先輩を見送った後、僕達は詩音さんを探し始め、詩音さんはクラゲコーナーであっさり見つけることができた。


「詩音先輩!」


詩音さんは睦美先輩の呼ぶ声に、振り向きもせずに水槽を眺めている。


「どうして連絡くれなかったんですか?」

「......」

「なにか言ってください......」

「貴方を許すから、もう関わらないで」

「怒ってますよね......」

「本当に許す。だけれど、私は一人で居たいの。だからもう、関わらないで」

「......分かりました」

「それはできません!」


僕は勇気を振り絞り、詩音さんに声をかけた。すると詩音さんは振り向き、表情一つ変えずに軽く首を傾げた。  


「どちら様?」

「鷹坂高校の生徒会長です」

「会長さんが何の用?」

「雫先輩に会ってあげてください!お願いします!」


深々と頭を下げてお願いすると、しばらくの沈黙が続き、クラゲコーナーの神秘的なBGMだけが聞こえてきた。


数秒後、スゥーっと、深く息を吸う音が聞こえ、詩音さんは喋りだした。


「それはできないの」

「どうしてですか?」

「今更会えない」

「......要するに詩音さんは勇気がない弱虫ってことですね」


詩音先輩を煽ると、一緒に居た業者の男性二人は青ざめて後退りした。


まわりのこの反応、僕の考え通りだ!雫先輩と血が繋がってる人だ、煽られたら立ち向かうタイプのはず!


「弱虫......」

「そうです!弱虫クソ雑魚、えっと、あと」

「あと?」

「ゴリラ」

「そう」

「あれ?」


美桜先輩は僕の頭をベシッ‼︎っと叩いて無理矢理頭を下げさせた。


「蓮!謝って!なんでそんなこと言うの!」

「だっ、だって」

「謝れ!」

「ごめんなさい!」 

「私に関わらないで。さよなら」

「いや、やっぱりゴリラで」

「蓮‼︎」


詩音さんは無視してスタスタ歩いて行く。


「詩音さん!逃げるんですか?弱虫弱虫弱虫!」


詩音さんは歩きながら目の前に居た従業員に頼んだ。


「他のお客様に迷惑です。追い出しなさい」

「は、はい」


僕達は無理矢理水族館を追い出されたが、頭を使い、従業員専用駐車場に行き、1番高そうな白いクルマの前で待機することにした。


「詩音先輩に酷いこと言わないでよ。せっかく謝れたのに......」

「ムカつくこと言えば、雫先輩みたいに立ち向かってくるかと思ったんです」

「そういう作戦なら、詩音先輩は千華と梨央奈を混ぜたみたいな人だと思ってやった方がいいよ」

「なんですかそれ、全然分かりませんし、絶対ヤバイ人じゃないですか」

「私の知ってる詩音先輩は、明るくて優しくて、頭が良くて......いや、怒ったら雫より怖いかも」 

「言ってることめちゃくちゃですよ」

「いや、マジで」

「なにで怒ったんですか?」

「中学の時、雫の悪口を言った男子生徒が二人居たんだけど、ある時、詩音先輩はその男子生徒を一人ずつ校舎裏に呼び出して、教室に戻って来た男子生徒がめちゃくちゃ青ざめてるの」

「ボコボコですか?」

「いや、傷は一つも無かった。んで、なにされたか聞いたんだよ」

「ふむ」

「見つめられただけだって」

「なんで見つめられただけで青ざめるんですか」

「知らないよ」

「写真で見ましたけど、綺麗な目でしたよ」

「実際のところは本当に見つめられただけか知らないけどね」

「でもまぁ、良いこと聞きました。今後、何が起きても僕に合わせてくださいね」

「え、うん」


それから寒さに耐えること2時間後、詩音さんが一人で駐車場にやってきた。


「人の車の前で何をしているの?」

「やっぱり詩音さんの車でしたか」

「退いてもらえる?」

「いいですけど、一つ言い忘れてたことがあって」

「なに?」

「僕、会長になってから、今までの仕返しに雫先輩をいじめてるんですよ!毎回泣いて迷惑ですけど」


さぁ、どう出る詩音さん‼︎


詩音さんはサングラスを外し、ゆっくり僕に近いてきた。


写真より美人‼︎雫先輩とは違う、大人の良さがある‼︎雫先輩も大人っぽいけどね!


詩音さんは僕の目の前で立ち止まり、睨むでもなく、ただ僕を見つめた。


「な、なんですか?」


なんだか不思議な感じがする。安心する匂いも相まってか、詩音さんの目を見ていると、スーッと吸い込まれるような、引き込まれるような感覚になる。


「嘘をつくなら、具体的な計画を立てなさい」


なーんで雫先輩も詩音さんも、すぐに嘘を見破るの⁉︎そういう特殊な実でも食べたの⁉︎


「貴方達、ずっとここで待っていたの?」

「は、はい」

「暖房を入れてあげるから、車に乗りなさい」

「はい。......え」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る