変わるべきか


雫が花梨に負けた日の夜、梨央奈は雫に電話をかけた。


「はい、もしもし」

「雫」

「なにかしら」

「生徒会のみんなが大事なら、勝ってな発言しないで」

「だから梨央奈さんに後のことを頼んだじゃない」

「私にまとめられるわけないじゃん!何でも自分一人で解決しようとしないで!」

「怒っているの?」

「怒ってるよ!」

「ごめんなさい。私が勝ってさえいれば」

「そうじゃない!バカ!バカ会長‼︎」


梨央奈は勢いで電話を切り、雫は深いため息をついた。


「はぁー......私が馬鹿か......」


それから数日が経ち、雫が生徒会室で作業をしていると、朝一で花梨がやってきた。


「おはよー」

「おはようございますでしょ。どうしたの?」

「前の話なんだけど、生徒会入ろうかなって」

「そう、それならこの書類にサインを書いてちょうだい」

「分かった」


花梨は渡された書類に目を通しながら話を続けた。


「私が本当に生徒会長になったら、どうするつもりだったの?」

「なにもしないわよ?普通の生徒として過ごすつもりだったわ」

「散々恐怖を植えつけといて、今更普通の生徒にはなれないでしょ。それに、私が生徒会長になっても生徒会のみんなは私を会長として認めなそうだし」

「それは分からないわね」

「雫先輩って家でもそんな感じ?」

「変わらないわよ?」

「家でも偽りの自分で居続けるのは疲れるでしょ」

「偽ってなんかないわ」

「嘘だね、私には分かる。雫先輩は本当の自分を隠してる」

「どうしてそう思うのかしら」

「人を喜ばせることとか好きでしょ。じゃないと花見に呼んだりしないし、本当はすごい優しい人」


数秒の沈黙の後、雫は重い口を開いた。


「......私は悩んでいるのかもしれない」

「全部吐いちゃいな」

「今のままでいいのか、私も変わらなければいけないのか......」

「変わりたいんでしょ?でも変われない理由がある。でも、これは実体験なんだけど、変われるチャンスをくれる人って、いきなり現れたりするもんだよ。まぁ、もう出会ってたりしてね」

「出会って......」

「あれ?なんか赤くなってない?」


雫はすぐにお面を付けたが、花梨は面白がってお面を外そうとした。


「なに隠してんの?」

「やめなさい!」

「そんなので顔隠さないでさー」

「ほ、本当にやめてちょうだい!」


雫はお面を付けたまま生徒会室を出て行き、花梨は唖然とした。


「会長が逃げた」


その後、サインを書いた書類を雫の机に置き、自分の教室に戻って行った。

そして雫は、登校してきた蓮と瑠奈に声をかけられていた。


「雫先輩、なんで朝からお面してるんですか?」

「瑠奈さんおはよう」

「え、おはよう」

「あ、おはようございます」


雫先輩は僕を無視してどこかへ行ってしまった。


「僕、無視されなかった?」

「されてた」

「僕、なにかしたっけ⁉︎」

「猫にデレデレで仕事してないとか?」

「それだ。ちょっと謝ってくる!」

「蓮!おはよう!」

「おはようございます!乃愛先輩の夏服姿可愛いですね!」

「いひひー♡」

「私は?」

「え?」

「わ!た!し!は!」

「可愛い。ということで、どうぞ2人で頬を引っ張りあってください」


瑠奈と乃愛先輩は頬を引っ張り合い、僕はその隙に生徒会室に向かった。

だいぶ2人の扱いにも慣れてきたってもんだ!


「雫せんぱーい......まだお面してるんですか」

「なんの用?」

「レックスと遊んでばっかりで、最近仕事してないから怒ってるのかと思いまして」

「そうね。気を引き締めなさい」

「はい」

「それと、今日から花梨さんが生徒会の一員になるわ」

「そうなんですか⁉︎それじゃ歓迎会ですね!」 

「気を引き締めなさいと言ったばかりなのだけど」 

「すみません......」

「久しぶりに雑用以外の仕事を与えるわ」

「なんですか?」

「最近、昼休みに意味もなく図書室でたむろっている生徒がいるようなの。今日のお昼に注意してきなさい」

「分かりました」

「今は美桜さんと仲が悪いわけじゃないけれど、美桜さん派の生徒だから、なんだったら美桜さんを連れて行きなさい」

「了解です。またねレックス」

「ミャ〜」

「ちょっとレックス!」


レックスはおもむろに雫先輩の机で爪研ぎを始めてしまった。


レックスが殺される‼︎と思ったが、雫先輩はレックスを抱き抱え、椅子に座り直した。

 

「爪研ぎってこんな小さい時からするのかしら」

「分からないです。ただのイタズラかもしれませんし」

「困ったわね」

 

鬼のお面しながら猫を抱っこしても、猫が餌にしか見えないよ。


「それじゃ教室行きますね」 

「また放課後」 

「はい」


教室に戻ると、両頬を真っ赤にした瑠奈が、林太郎くんに乃愛先輩の愚痴を言っていた。


「あ!蓮!」 

「な、なに?」

「乃愛先輩やりすぎ!ほっぺた腫れた!」 

「可愛いから大丈夫だよ」

「蓮は誰にでも可愛いって言う」

「林太郎くんも可愛い」

「当たり前だろ」

「瑠奈、林太郎くんは危ない人かもしれない」

「気をつける」


そしてお昼休み、瑠奈は林太郎くんと食堂に行かせ、美桜先輩を呼びに行く途中、乃愛先輩と千華先輩が僕を見つけて寄ってきた。


「蓮のために弁当作った!」

「乃愛先輩の手作りですか⁉︎」 

「私も作った!」

「千華先輩の手作りですか⁉︎ごちそうさまでした!」

「まだ食べてないじゃん‼︎」

「千華先輩......現実から目を背けないでください。さっき食べたじゃないですか」

「そう......だっけ?」

「そうですよ......忘れたんですね......」

「あ、あー!確かに食べたね!って言うと思ったか〜‼︎」

「乃愛先輩!逃げますよ!」

「えぇ⁉︎」


乃愛先輩の手を引いて千華先輩から全力で逃げるが、千華先輩はいつまでも追いかけ来る。


「あれは妖怪、料理デキーナイです!殺されます!」

「もっとまともな名前なかったの⁉︎」

「んじゃ、妖怪、メシマーズイン!」


廊下を真っ直ぐ走っていると、奥から鬼のお面を外した雫先輩が歩いてきて、思わず目の前で立ち止まってしまった。


「与えた仕事を放棄して、随分と楽しそうな鬼ごっこね」

「......鬼だ〜‼︎」

「蓮!落ち着いて!怒られるよ⁉︎」

「はい、悪ふざけが過ぎました」

「蓮くんと乃愛さんはお昼抜き。そんなに走りたいのなら、お昼休みが終わるまでグラウンドを走っていなさい」  

「そんな!蓮のために弁当作ったんだよ?」

「関係ないわ。行きなさい」 

「分かった......」

「千華さん、隠れてないでこっちに来なさい」 

「はーい......」

「貴方は自分のお弁当を食べなさい」

「......ん?分かると怖い話しみたいなのやめてよ!分かると傷つくやつ!」

「食べなさい」

「はい」


結局、弁当も食べれずに罰を受けることになってしまった。


「雫先輩、また厳しくなりましたね」

「前からでしょ」

「雫先輩が罰を与えた数を数えたらヤバそうですね」

「今年だけで72回だよ」

「そんなにですか⁉︎」

「蓮がいない時も、いろんな生徒に罰を与えてるからね。それより仕事ってなんだったの?」

「意味なく図書室にたむろってる生徒への注意です」

「なるほど、今頃雫が行ってるね」


乃愛が思った通り、雫は図書室に行こうとしたが、途中で花梨に捕まって困っていた。


「雫せんぱーい、どうして朝は逃げたの〜?ねぇねぇ」

「いいから離しなさい」

「もしかして好きな人を思い出しちゃったー?あ、今体がビクッてした」

「き、気のせいよ......」

「あ、蓮先輩だ。蓮せんぱーい!」

「は、離しなさい」

「うっそぴーん。ねぇ他に誰が知ってるの?雫先輩の秘密」

「......誰も」

「へー、認めるんだ」

「違うわ」

「安心して?誰にも言わないから」

「誤解よ。勘違いしないで」

「いつでも相談乗ってあげる。じゃあねー」


雫は図書室に行く予定だったが、オデコの汗を拭いて生徒会室へ戻って行った。

(ハッキリしない感情の中で、どんどん自分がダメになる......)


その日の放課後、花梨さんを含めて生徒会全員と、何故か瑠奈も一緒に街のゴミ拾いをして、みんなが生徒会室の掃除をしている間、乃愛先輩と僕は猫の爪研ぎの買い出しを頼まれてペットショップにやって来た。何故か瑠奈も。


「なんでチビ瑠奈も来てるの?」

「私が居ないと、蓮が寂しがるから」

「そんなわけないでしょ!」

「ある!」

「まぁまぁ、三人で選びましょうよ」

「蓮はなんで乃愛先輩と手繋いでるの?」

「そりゃ付き合ってるから」

「付き合ってない!」

「えぇ⁉︎」

「蓮は私の、私だけの幼馴染み。乃愛先輩のどこがいいの?なんで私じゃダメなの?私はこんなに好きなのに」

「チビ瑠奈、蓮とは友達なんでしょ?」

「やっぱり好きだから好き」

「なんだそれ、蓮を渡すつもりなんか無いからね」

「大丈夫。蓮の方から私に寄ってくるようになる」

「いや、え。痛っ!」


乃愛先輩はグリグリと僕の靴を踏み、繋いでた手を力強く握った。


「すぐ否定してよ」

「蓮?こんな酷いことする人はやめて私にしよ?私なら酷いこと絶対しないし」

「もう、とりあえず爪研ぎ選ぶよ!」


林太郎くんが一緒じゃないと、瑠奈を落ち着かせるのは難しいな。


なんとか爪研ぎをを買って学校に戻ると、雫先輩と花梨さんがオセロをしていた。


「爪研ぎ買ってきましたけど」

「お疲れ様!」

「梨央奈先輩、なんで2人はオセロを?」

「雫がテストの時の屈辱を晴らすって」

「なるほど」


雫先輩は黒色か、って、四角取ってるし。


「終わったわね」

「あー、負けたー!」

「次はなにをしようかしら」

「んー、恋話とか?」

「......」

「え⁉︎雫先輩の恋話気になります!」

「ほら、蓮先輩も気になるってさ」

「恋なんて、くだらないしたことないわ。今日の仕事は終わりよ、全員解散」


そんなこんなで生徒会に花梨さんが加わり、雫先輩と花梨さんは毎日なにかで勝敗を決めるのが日課になっていた。

乃愛先輩も何故か前よりも僕にベッタリになり、瑠奈と目が合うたびに睨み合うし、千華先輩は弁当持って追いかけてくるし、梨央奈先輩はたまにエロくなるし、林太郎くんはドMだしで、静かに優しくしてくれる結愛先輩が一番安全だと感じることが多くなってきた。


そして夜も暑い日が続き、待ちに待った夏休みが始まった。

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