初めての......


月曜日、変な緊張感を感じながら一度生徒会室に行き、レックスにご飯と水をあげようと思ったが、すでに用意されていて、気持ちよさそうに雫先輩の椅子の下で寝ていた。

そして......


「この大量の猫じゃらしはなんだろう......」


レックスを起こさないように生徒会室を出て体育館へ行くと、体育館には大量の机と椅子が用意されていて、瑠奈と林太郎くんも来ていた。


「二人とも、野次馬じゃん」 

「どう考えても気になるだろ」 

「蓮もテスト受けるの?」

「僕は見学。それより、生徒会のみんな見なかった?」

「梨央奈なら、さっき体育館倉庫に入って行ったよ?」

「分かった!行ってみる!」


体育館倉庫に入ると、生徒会メンバーと美桜先輩がテストの準備をしていた。


「蓮くん、おはよう」

「おはようございます。忙しそうですね」

「もう終わるわ」

「1年生も集まり始めてます」

「分かったわ」


解答用紙の枚数確認、一人に鉛筆二本と消しゴム一つの数の確認が終わり、生徒会メンバーで全ての席にその三つを置き終わった。


「雫先輩、見た感じだと、花梨さん以外が答えをメモした紙を持ってきてます」

「答えを暗記していない生徒は敵じゃないわ」

「どういうことですか?」

「一つの答えを見ながらそれを書き写すのに2秒から3秒、それ以上かかる生徒もいる。私はその手間が無い分、もっと早い」

「でも、答えを考える時間が掛かりますよね」

「そうね、考える必要があればの話ね」

「蓮くん」  

「どうしました梨央奈先輩」 

「雫がさっき、ただ解答用紙の枚数を数えてただけだと思う?」

「え?」

「雫は全ての答えが頭に入ってる。違う?」

「あれって大学で出る問題ですよね、しかも問題が100個ですよ⁉︎一問一点計算の鬼畜テストですよ⁉︎」

「問題ないわ。始めましょうか」


ありえない......こんな短い時間で100問解いて答えを記憶するなんて......


雫先輩はマイクを使い、一年生全員に呼びかけた。


「全員座りなさい」


立っていた生徒が全員座り、雫先輩に注目した。


「テストを書き終えたら声を出して手を挙げなさい。誰かが手を挙げたタイミングで必ず一度手を止めること。採点は、生徒会に入っていない美桜さんがその場で行います。問題ないわね?」


そして空いてる席は花梨さんの隣しかなく、僕達の視線は一点に集中した。


「テスト開始5秒前......3、2、1、スタート」


結愛先輩のカウントダウンでテストが始まり、雫先輩と花梨さんは手を止めることなく全力でテストに挑み始めた。


「千華先輩......」

「ん?」

「花梨さんって左利きですか?」

「右利きだよ?」


なのにあの早さ......世の中には、雫先輩みたいになんでもできてしまう人が存在するんだ。

林太郎くんと瑠奈も、2人の問題を解くスピードに唖然としている。


すると結愛先輩と乃愛先輩が同時に梨央奈先輩の制服を軽く、クイッと引っ張った。


「2人とも、どうしたの?」

「顔色悪い」 

「大丈夫?」

「う、うん」


梨央奈は雫からの電話を思い出していた。

(雫が自分の負けを匂わせていた......花梨さんが雫より上だなんて思わない。でも、利き手じゃない左手であのスピードと、短時間で問題を解く力......認めたくないけど、骨折してなかったら、花梨さんは雫に圧勝していた......)


それから4分ほど経った時


「はい」 

「はい」


微かに花梨さんが早く、ほぼ同じタイミングで花梨さんと雫先輩が手を挙げた。

美桜先輩は花梨さんの解答用紙と答えを見ながら丸をつけていった。


「......全問正解」


雫先輩が......負けた......


「雫先輩のは当たってるのか確認してみてよ」

「う、うん」


雫先輩の解答用紙も美桜先輩の確認が入った。


「全問正解」

「花梨さん、私の負けよ」

「どうも」 

「自分の発言が絶対になる力を欲しがっていたわね」 

「うん」 

「今日から花梨さんが」  

「雫‼︎」


梨央奈先輩が雫先輩の言葉を大きな声で止めた。


「なにかしら」

「なにを言う気?」

「今日から花梨さんが生徒会長よ」

「その話なんだけどさ」

「なに?」


花梨さんは解答用紙を雫先輩に見せながらニコニコして言った。


「名前書き忘れちゃったから私の負け」

「......」


結果、花梨さんの名前書き忘れにより、雫先輩の勝ちになったが、雫先輩は何も言わずに体育館を出て行き、僕以外の生徒会メンバーが心配そうにその後を着いて行った。


「蓮」

「瑠奈と林太郎くんも教室戻りな」

「よく分かんないけど、勝ってよかったね!」

「でも、雫先輩は負けを自覚してると思う」

「どうして?」

「花梨はわざと負けた」

「うん」

「そうなの?」

「あんなに頭がいいのに、名前を書き忘れるなんてあり得ないよ」

「ま、まぁでも勝ったんだしいいじゃん!」

「そうだね、僕も一度生徒会室に行ってから教室戻るから、先行ってて」

「分かった」


そして生徒会室に行くと、生徒会室の前で雫先輩以外のみんなが集まっていた。


「中に入らないんですか?」

「中から鍵閉められちゃった」

「今は1人にしてあげよう」


そう言ってみんなは自分の教室に戻って行き、その後すぐに中川先生がやってきた。


「あら、蓮くん」

「中川先生、どうしたんですか?」

「雫さんが心配でね」

「さっきの見てたんですか?」

「こっそりね。雫さん、生徒会長になってから、この学校で初めて負けを味わったんじゃないかしら」

「そうかもですね......」

「ちょっと生徒指導室で話しましょう」

「はい」


中川先生に生徒指導室に連れてこられ、何故か2人で話すことになった。


「雫さんは生徒会長になってから本当に頑張ってると思うの」

「頑張りすぎて倒れたこともありましたもんね」

「そうね。先生達も反省してるのよ」

「なにがですか?」

「お姉さんのこと聞いてない?」

「あー、はい、聞いてます」

「先生達が詩音しおんさんの苦しみに気づいてあげられなかったのが悪いのよ」

「詩音っていうのは、雫先輩のお姉さんの名前ですか?」

「そう。雫さんが生徒会長になってからは学校の雰囲気もガラリと変わって、まるで独裁国みたいになっちゃったけど、そのおかげでこの学校から見えないイジメとかが無くなったの」

「詩音さんが生徒会長だった時は、どんな感じだったんですか?」

「学校の雰囲気も明るくて、ごく普通の学校だったわ。だからイジメにも気付けなかったけれど」

「なんで僕にこんな話を?」

「前に雫さんが言っていたのよ、もしかしら、蓮くんが次期生徒会長に相応しいかもしれないって。考えてなのか偶然なのか、蓮くんは人の心に寄り添える才能があるから、私とはまた違った、良い学校を作り上げることができるかもしれないってね。だから」

「は、はい」

「雫さんの心にも寄り添ってあげてほしいの」 

「無理なんですよ」

「試したの?」

「はい。近づいても僕を遠ざけます」

「でもきっと、雫さんは蓮くんにSOSを送ってるわよ?今だって」

「今ですか?」

「これ、生徒会室の鍵」


中川先生はポケットから出した鍵を僕に渡し、グッと僕の手を握った。


「行ってあげなさい」

「頑張ります......」


中川先生に生徒会室の鍵を貰い、本当に入って良いのか不安に思いながらも生徒会室の扉を開けると、雫先輩は地面に座り、膝にレックスを乗せていた。


「鍵を開けてまで、なんの用かしら」

「な、なんとか勝ちましたね」

「勝ってないわ」

「落ち込まないでくださいよ、雫先輩らしくないです」

「私は平気よ。教室に戻りなさい」

「みんな心配してましたよ」

「......想像以上だったわ」

「花梨さんですか?」

「そう。私は全ての答えを頭に入れていたの、なのに、あの場で問題を解いて、尚且つ利き手じゃない方であの早さ、そして字がとても丁寧だったわ。この学校で、初めて自分より上の人間と出会った」

「雫先輩の方が下だなんて思ってませんよ」


僕も床に座り、落ちていた猫じゃらしでレックスと遊びながら話を続けた。


「雫先輩が花梨さんに勉強で負けたところで、今まで雫先輩がくれたさりげない優しさとか、思いやりとか、今までいろんなことを頑張ってる姿を見てるので、僕にとっては雫先輩が一番です」

「あんな自信満々で負けて、かっこ悪いわ」

「雫先輩って、意外と子供ですよね!」

「子供?」


思い切って頭を撫でてみようか......いや、殺されるかもしれない。

褒めちぎってみるか......


「子供みたいで可愛いです!」

「馬鹿にしてるわよね」

「なんで僕と逆の方向見るんですか」

「これでも会話できるわ」

「そうですけど......あれですか?もしかて照れてるとか!」

「......」

「え、まさか本当に」

「そんなわけないじゃない。授業に戻りなさい」 

「分かりましたよ。とにかく、あまり落ち込まないでくださいね?僕にとっての会長は雫先輩しかいませんから!」 


蓮が生徒会室を出ていった後、雫は落ち着きがなく、生徒会室の中をグルグルと歩き回った。

(一番とか言ったり、可愛いとか......絶対馬鹿にしてるわよね。ダメ、落ち着かなきゃ)


「おいで」


雫は猫を抱っこし、顔を見つめた。


「似てる......かも」

「雫?」

「の、乃愛さん、いつから?」

「雫がグルグル歩き回ってる時から」

「早く声かけなさいよ」

「普通気づくから」

「そ、そうよね」

「雫ってさ、もしかして蓮のこと......」

「好きじゃないわよ」

「まだ聞いてないよ。え、なんでお面つけたの?」

「なんとなくよ」

「そっか!」


乃愛はニコッと笑みを見せ、生徒会室を出て蓮の元へ向かった。


「蓮〜!」

「乃愛先輩!授業中ですよ⁉︎」


乃愛先輩は授業中に教室に入ってきて、堂々と抱きついてきた。

周りの視線が痛く、瑠奈はカッターを握りしめて腕をプルプルさせてるし。


「抱きつきたくなったから来た」

「困りますよ」

「先生!注意してよ!」


瑠奈は先生に頼ったが、先生も注意しづらせうな表情をしている。


「の、乃愛さん?」

「はい」

「授業中はやめようか」 

「うるさい」

「ご、ごめんなさい!」

「乃愛先輩?なにかあったんですか?」

「どっか行こ」


このまま教室にいるよりいいか。


「行きましょうか」


瑠奈もついてこようと立ち上がったが、当然、先生に止められた。


「瑠奈さんは座りなさい」

「なんで!」

「貴方は生徒会じゃないでしょ」

「ケチババア」

「なっ!」


僕と乃愛先輩は授業をサボって校舎裏に行き

、次のデートの話をした。


「夏休み入ったらどこか行かない?」

「いいですね!夏祭りは今年も見回りですかね」

「多分そうだけど、去年大変だったから、今年は見回りのやり方も変わるかもね」

「ですね」

「これからはいっぱいデートしよ!」

「もちろんです!2人で遊園地とかも行きたいです!」

「行こ行こ!水族館とかも!」

「お金貯めておきます!」

「うん!いーっぱい思い出作るー!」


いつもと変わらない明るい乃愛先輩を見ていると落ち着く。

雫先輩にとっても、そういう相手ができれば少しは変わるのかな。

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