弱点
土日は乃愛先輩と過ごし、月曜日、いつものように瑠奈と登校すると、昇降口に入ったところで乃愛先輩が待っていた。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「チビ瑠奈もおはよう!」
「いい加減その呼び方やめろ!」
その時、靴を履き替えている二人の女子生徒が、僕の方を見ながら話し始めた。
「あの先輩でしょ?」
「そうそう。花梨ちゃんが飛び降りる前に会ってたらしいよー」
「絶対あいつのせいじゃん」
「私達も酷いことされる前に教室行こ」
「ちょっと......待てー‼︎」
乃愛先輩はすぐ側にあった傘立てを豪快に倒し、その場にいた全員が乃愛先輩に注目した。
「あいつ、私が今殺す‼︎」
「チビ瑠奈は下がってろ」
「ぼ、僕は大丈夫だから!」
すると、雫先輩が二人の女子生徒の前に立ちはだかり、二人にビンタをした。
雫先輩が話さずに感情的になって手を出すのは初めて見たかもしれない。
「貴方達、私の前でも同じことが言えるかしら」
「ごめんなさい......」
その時、梨央奈先輩は状況が分からずに、きょとんとした表情で学校に入ってきた。
「あれ?雫どうしたの?病院は?」
「一度書類を取りに来たのよ」
「それで、なんで二人は泣いてて、乃愛と瑠奈ちゃんは怒ってるの?」
「雫先輩!手!」
雫先輩はビンタした衝撃で傷口が開き、包帯に血が滲んでいた。
「大変!保健室行くよ!」
梨央奈先輩が雫先輩を保健室に連れて行き、瑠奈は一人の女子生徒の胸ぐらを掴んだ。
「さっきの言葉撤回しろ」
「ご、ごめんなさい......」
「人の心傷つけといて、なにお前が泣いてんだよ‼︎」
瑠奈が今にも殴りかかりそうになり、僕は必死に体を掴んで止めようとするが、瑠奈は全然落ち着かない。
「離して‼︎絶対許さない‼︎」
「なにやってんだ?」
「林太郎くん!瑠奈を止めて!」
「え、あー、はいはい」
林太郎くんに、瑠奈を無理矢理教室に連れて行ってもらうことに成功した。
「二人とも、また瑠奈が来る前に教室に行きな」
「はい......」
「蓮」
「乃愛先輩、僕大丈夫ですからね」
「うん......」
「あ、二人共おはよう」
「美桜先輩、生きてたんですね」
「は?」
「あまり見ないから」
「勝手に殺すなよ」
「すみません」
「瑠奈は教室?借りた漫画返したいんだけど」
「あー、今はやめた方が......それと、学校に漫画持ってこないでください」
「えー、いいじゃん漫画ぐらい」
「ダメだよ」
「ほら、乃愛先輩もダメって言ってます」
「はいはい、んじゃ蓮が渡しといて!今蓮に渡したから、その漫画は蓮の持ち物。これで問題ないでしょ?」
「まぁ......大丈夫ですね」
「てかさー、登校してくる時、蓮と花梨の噂が嫌でも耳に入るの。胸糞悪いからなんとかしてよ」
「しばらくは我慢してもらうしか......」
その瞬間、バンッ‼︎という音が鳴り、なにごとかと思ったら、乃愛先輩が下駄箱を殴った音だった。
「なにしてるんですか⁉︎うわ!ヘコんじゃったじゃないですか!」
「苛々して」
「はぁ⁉︎しかも私のところじゃん!」
「ごめん」
朝から重い空気になったが、とりあえず教室に向かった。
「瑠奈、落ち着いた?」
「あいつらなんなの‼︎」
「しょうがないよ」
ピンポンパンポーン
「只今より、全校集会を行います。全員、3分以内に体育館に集合しなさい」
ピンポンパンポーン
雫先輩直々の呼びかけにより、急遽、全校集会が始まった。
「おはようございます」
「おはようございます‼︎」
「今皆さんが噂していることについてですが、私が今から話すことは、その真実ではなく、貴方達の行動についてです」
僕の隣に立つ乃愛先輩は、雫先輩が話してくれるのを知って、どこかホッとした様子だった。
「世の中には人の噂話や、人を傷つけることで自らが上に立ったと錯覚し、幸せを得る人がいます。それが今の貴方達です」
自覚のある生徒は俯き、そうでない生徒は雫先輩を見たまま話を聞いている。
「いいですか?人を傷つけるということは、それなりの覚悟を持ってやらなければいけません。次は自分、そうなった時に泣いたって誰も貴方達みたいな人間を可哀想だと思いません。その時、自分でなんとかできない人間が人を悪く言う資格なんてないの。私可哀想なのって顔して親に泣きついて励ましてもらうしかないのよ」
人それぞれだろうけど、確かに日頃から人を傷つけてる人が泣いても、可哀想って思えない気がするな......
「自殺した人間を哀れみ、自殺に追い込んだ人間を叩く、そして追い込んだ相手が自殺した時、貴方達はただの殺人者です。なのに、なにも死ななくていいのに、良いところもあったのにと、自分を良い人間に見せるために必死になるの。噂話や片方の言葉だけで誰かを傷つける人間はクソ以下です」
うわ、この学校でこんなこと堂々と言えるの雫先輩だけだろうな......それ以外の人が言ったら絶対に反感を買う。
「これから先、今と同じように誰かを傷つけるかどうかは貴方達次第ですが、私達生徒会は、絶対にその生徒を許しません」
すると、一年生の真面目そうな眼鏡をかけた男子生徒が、体を震わせて立ち上がった。
「勝手に立ち上がって、なんのつもりかしら」
「そ、それは、恐怖で押さえつける、人権を無視したやり方かと......思います」
あ......あの人、心を裂かれる。そんな気がする。
「人を傷つけなければいいだけの話よ?なにがそんなに不安なのかしら?それに、人を傷つける人に人権があると思わないことね。貴方が言っていることはこれと同じ、人を殺したら捕まるけれど、それは逮捕という恐怖で押さえつけた、人権を無視したやり方かと。分かったなら座りなさい」
男子生徒は大人しく座ったけど、毎回思うのは、声を上げた生徒の担任の先生が青ざめて可哀想だってこと。気の毒すぎる。
「では、全校集会を終わります。解散」
それから雫先輩はすぐに学校を出て行き、僕はトイレに寄ってから教室に戻ると、瑠奈と乃愛先輩が仲良さげに携帯ゲームをしていた。
「なんのゲーム?」
「レースゲーム!負けた方が今日のお昼奢り!」
瑠奈が負けた場合、結局お金無くて奢らない気がするけど......楽しんでるならいいか。
「勝ったー!」
勝ったのは乃愛先輩だった。
「不正だ!チート使ったでしょ!」
「そんなわけないじゃん」
「まぁいいけど!お金ないから元から奢る気ないし!」
やっぱり......
「は?」
「なに?」
「そんなお金ないなら私が奢ってあげるよ」
「は?」
「なに?」
「最高じゃん」
「でしょ」
なんであの二人は喧嘩腰なんだ⁉︎めちゃくちゃ仲良いじゃん‼︎
それから時間は経ち放課後、生徒会の仕事も終わり、一度帰宅した後に乃愛先輩と二人で花梨さんの病院に向かった。
「雫先輩居るんですかね」
「多分いる。一日中病院にいて、なにか食べてるのかな」
「なにか差し入れします?」
「そうしよ!雫の喜ぶ顔が見れちゃうかもよー!」
「多分無表情ですよ」
「んじゃ、シュークリームとワサビ買って、中にワサビ入れちゃお!」
「死にたいんですか?」
「いいからいいから!今日は朝から嫌なことあったんだし、私が面白いもの見せてあげるって!」
乃愛先輩の血を見ることにならなければいいなと思いながらも、雫先輩がワサビ入りシュークリームを食べたらどうなるのかという興味もあった。
病院に向かう途中のコンビニでシュークリームとチューブのワサビを買い、乃愛先輩はチューブ丸ごと1本のワサビをシュークリームに突っ込んだ。
「これでよし!」
「致死量ですよ」
「でも、芸人さんはもっとヤバイ量食べてるよ?」
「あの人達は特殊な訓練を受けてるんです。それか趣味です」
「雫も日頃から訓練してるし大丈夫だよ!」
「ワサビ食べる訓練はしてませんよね⁉︎」
結局、乃愛先輩のイタズラ心は収まらないまま病院に着いてしまった。
「雫ー?」
「あら二人とも、お見舞いに来たの?」
「うん」
「花梨さんはまだ眠ったままですか」
「そうね。でもたまに、指がピクッと動いたりするわ」
「夢でも見てるんですかね」
その時花梨は、義理の母親と本当のお父さん、そして千華と一緒に楽しく食事をしている、みんなからすればたわいもない光景の夢を見ていた。
「雫先輩」
「なにかしら」
「花梨さんが泣いてます......」
「......本当ね」
花梨さんは眠ったまま涙を流し、雫先輩は優しくティッシュで涙を拭いてあげた。
「悲しい夢かしら」
「でも、生きてるんだって感じで僕は安心しました。目を覚ましたら謝りたいです......」
「し、雫!ご飯食べた?」
「食べてないわよ?」
乃愛先輩は、しんみりした空気を壊すために、ビニール袋からシュークリームを取り出した。
「私達は食べたから、これあげる!」
「シュークリーム?」
「うん!」
「ありがとう」
ヤバイ、雫先輩......本当に食べちゃう‼︎
「いただきます」
僕は思わず一歩下がり、乃愛先輩はワクワクした気持ちが表情に出てしまっている。
そして雫先輩はワサビ入りシュークリームを一口食べると、口の動きがピタッと止まった。
(やられた......私が辛いの苦手なの知ってたのかしら。ダメ......我慢できない)
雫先輩は無言で立ち上がって病室を出ようとしたが、乃愛先輩はここぞとばかりに後ろから抱きついて、雫先輩を逃さなかった。
「どこ行くのー?」
「......」
(なんなのよ......呼吸したら終わり、耐えなきゃ)
「ねぇー?雫ー?」
「し、雫先輩?大丈夫ですか?」
「はぁっ......」
雫先輩は我慢できずに呼吸をした瞬間、顔を隠しながらしゃがみ込んでしまった。
「うっにゅ〜.......うぅ......」
え、今の雫先輩から出た声なの⁉︎辛いとこうなるの⁉︎
「ご、ごめんね?やりすぎたかも」
「あひゃひゃたひ」
「え?」
雫先輩は舌が回らずに、逃げるように病室から出て行った。
「乃愛先輩」
「分かってる分かってる」
「分かってるならいいんです」
「雫が戻って来る前に逃げよう」
「当たり前です!」
その頃雫は、水を飲んでトイレに逃げ込み、誰にも顔を見られないように俯いた。
「あの二人......ただでは済まさっゴホッゴホッ」
乃愛先輩と、できるだけ病院から離れるために走りまくり、来たことのない公園にたどり着いた。
「少し休みましょ......」
「そうだね......」
二人でベンチに座り、乱れた呼吸を整えた。
「うみゅ〜とか言ってましたよ、あの雫先輩が」
「さっき私達が見たもの聞いたものは墓まで持って行った方がいい」
「むしろ墓場送りにされかねないですよ!でも辛いのが弱点とかギャップ萌ですね、可愛かったで.......す」
乃愛先輩はギロッと僕を睨み、僕の膝に跨った。
「そんなこと言う口はこの口か‼︎」
「んー!ちょっと!こんな場所でキスとか、誰かに見られますって!」
「もう一回だ‼︎」
「さりげなく一瞬舌入れましたよね⁉︎」
その時、鋭い目つきをした雫先輩が公園に入ってきた。
「見つけたわ」
「んっ♡」
「どんなタイミングでキスしてるんですか‼︎」
「死ぬ前に......シたかったの......」
この後めちゃくちゃ逃げた。
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