一つ光る星


翌朝一人で学校へ行くと、校門前で雫先輩が待っていた。


「おはようございまーす‼︎」


雫先輩になにか言われる前に走り抜け、素早く教室に入ったが、すぐに膨れっ面の乃愛先輩が教室にやってきた。


「蓮」

「なんかあったんですか?」

「千華とプリクラ撮るとか酷い。浮気」

「浮気⁉︎」

「よって、今から蓮を雫に差し出す」

「勘弁してくださーい!」


乃愛先輩に制服を掴まれ、抵抗するわけにもいかずに生徒会室へ連れて行かれた。


「雫、連れてきたよ」

「ご苦労様」

「みんな⁉︎」


瑠奈と林太郎くん、そして千華先輩の三人が生徒会室の壁を使って逆立ちしていた。

結愛先輩と梨央奈先輩が瑠奈と千華先輩のパンツを扇子で隠しているのがナンセンス......ってそうじゃない!


「蓮くんが私から逃げるから、蓮くんが来るまで逆立ちして待ってもらっていたの」

「もう来たんだからやめていいでしょ‼︎」

「瑠奈さんはいい加減に敬語を覚えなさい」

「はいはい!分かりましたよ!バーカ!」

「瑠奈さん、逆立ちをやめていいわよ」

「分かればいいんだよ」

「瑠奈さんには特別に、廊下の雑巾掛けをしてもらうわ」

「そんな特別いらない!」

「後輩に尊敬されるわよ?朝から頑張ってて偉いって」

「やってくる!」


瑠奈は単純故に幸せだな。


「さて、林太郎くん」

「は、はい‼︎」

「貴方には大好きなプロテインをあげるわ」

「本当ですか⁉︎」

「そのまま逆立ちして動いちゃダメよ?」


雫先輩はコップに入れたプロテインを逆立ちする林太郎くんの鼻に向かって垂らしだした。


「んがっ‼︎」

「美味しいかしら、美味しいわよね。高級なプロテインだものね」

「くっ、苦しいです」

「私は美味しいか聞いているのよ」

「美味しいです‼︎」


林太郎くん......可哀想だけど、ちょっと面白い。


「がっ!んっ‼︎」

「ごちそうさまは?」

「ご、ごちそうさまでした‼︎」


そうだ、林太郎くんはドMだから平気か。


「林太郎くんは教室に戻りなさい」

「はい‼︎」

「次は千華さんね」

「いや!やめて許して!」

「千華さんは自分が生徒会に入っている自覚が足りないようね」

「足りてる!自覚ある!」

「去年も見回り中にゲームセンターで遊んだわよね」

「遊んでない!」

「認めたら去年のプリクラと昨日のプリクラを返してあげるわよ?」

「遊んだ!」

「結愛さん、持ってきてちょうだい」


結愛先輩は千華先輩の顔の前に小型の自動シュレッダーを置き、スイッチを入れた。


「雫!話が違うよ!」


雫先輩は無言で千華先輩を見下ろしながら、全てのプリクラをシュレッダーに入れてしまった。


「雫先輩、やりすぎなんじゃ......」

「人の心配してる場合かしら、次は蓮くんよ」

「......」


千華先輩は梨央奈先輩に励まされながら生徒会室を出て行った。


「乃愛先輩、逃げないので離してください」

「雫、蓮への罰は私がやる。いいでしょ?」

「いいわよ。その前に蓮くんと話がしたいわ」


結愛先輩と乃愛先輩は生徒会室を出て行き、雫先輩は自分の椅子に座った。


「千華さんと花梨さんの関係はデリケートだけれど、やれそうかしら」

「やっぱり二人のことを僕に託したんですね」

「花梨さんは私を殺したいらしいの。私がなにをしてもエスカレートするだけなのよ。千華さんも花梨さんも女の子、蓮くんに託すのがいいという判断よ」

「雫先輩の判断なら心配ないですね」

「あまり他人に期待する人生はオススメしないわ。それとこれ、プリクラを千華さんに返しておいてくれるかしら」

「え?さっきシュレッダーにかけたのに」

「さっきのはコピーした偽物よ。渡す時に言ってちょうだい、次は本物でと」

「わ、分かりました」


話も終わり、生徒会室を出てすぐに乃愛先輩に捕まるかと思ったが、乃愛先輩の姿はなく、プリクラを持って千華先輩の教室に向かう途中、廊下で花梨さんに出会してしまった。


「蓮先輩じゃん」

「お、おはよう」

「蓮先輩ってさ、千華と仲良いの?」

「生徒会に入って、1番最初に仲良くなった人だからね」

「会長は?」

「雫先輩はー......微妙」

「ちょっと屋上行こ」

「え......今からちょっと用事が」

「昨日、私になんて言ったっけ」

「屋上行こう。今すぐ」

「物分かりが良くて助かるよ」


花梨さんと屋上に来ると、花梨さんは柵の前に立って言った。


「蓮先輩にとって、普通ってなに?」

「普通は......普通かな」

「答えられないよね。でもね、私の人生は普通じゃないから、普通って憧れるんだ」

「なにを普通にするか、なにを普通じゃないとするかなんてみんな違うんだし、自分がどうかとか気にしなくていいんじゃない?」

「気にするよ」

「世間が決めた普通や当たり前にならないといけない時はあるけど、人生なら好きにすればいいよ」

「......お母さんに会いに行くのは、世間の普通に反するかな」

「普通は今の家庭を崩しかねないからーとか言うけど、もう崩れてるしいいんじゃない?」

「あはは!面白いこと言うね!」


花梨さんは笑顔で振り向き、続けて言った。


「会長に言っといてよ、負けましたって」


え?花梨さんが負けを認めた?


「ちゃんと伝えてね」

「う、うん」


花梨さんは柵を登り始め、柵の向こうに足をぶら下げて座った。


「花梨さん⁉︎」

「大丈夫大丈夫!落ちたりしないよ!」

「でも危ないよ!」

「捕まって現実から逃げるのは難しかった。あの会長は私を見捨てないし、なにをしても無駄だった。蓮先輩と話してよかった!」

「い、意味わからないんだけど」

「簡単に言っちゃえば、勇気出してお母さんに会うってこと!千華との関係とかはその後」

「ま、まぁ、改心してくれたみたいでよかったよ」

「うん。しばらく景色を堪能するから一人にして」

「分かった。本当に気をつけてね」

「はーい」


花梨さんを心配しながらも千華先輩にプリクラを渡しに行き、千華先輩は涙目になりながら喜んだ。


その頃花梨は柵の向こうに立ち、目を閉じていた。

(死んだら死んだで、お母さんに会える。生きたら家族を大切に、そして......)

「強くなろう」


その時生徒会室では、雫と瑠奈が話しをしていた。


「雑巾掛けしたのに、みんなに笑われて終わった」

「よかったわね」 

「なにが⁉︎」

「結果はともあれ、るんるん気分で罰を終わらせたのだから」


その時、外からバキバキッと木の枝が折れる音が聞こえ、すぐにドンッという鈍い音が聞こえた。


「今のなに⁉︎隕石⁉︎」

「また花梨さんのイタズラかしら」


雫はダンボールを外して下を見ると、黙って腰を抜かすように、その場に座り込んでしまった。


「雫先輩?」


瑠奈が心配そうに雫に近づくと、校内から、気になってダンボールを外した生徒達の叫び声が聞こえ、慌てた先生達の声が聞こえてきた。


「危ないから下がりなさい‼︎窓から顔出さないで‼︎」

「雫先輩、なにごと?」

「私のせい......」


瑠奈も窓から下を見下ろそうとすると、雫は瑠奈のスカートを掴み、瑠奈になにも見せないようにした。


「見ちゃダメよ」

「なにがあるの?」

「花梨さんが飛び降りたわ」

「......は?それでなんで雫先輩のせい?」

「......寂しさに寄り添えなかった......花梨さんのことを蓮くん任せているの、すぐに蓮くんのところに行ってあげなさい」

「蓮......」


瑠奈は生徒会室を飛び出し、蓮の名前を呼びながら学校中を探し回った。


「蓮ー!」

「チビ瑠奈」

「乃愛先輩!大変なことになった!蓮見てない?」

「外に飛び出していった」

「行かなきゃ!」

「待って」

「なに?」

「千華も一緒に居るはず。今は行かない方がいい。それに、現場を見て体調を崩してる生徒も沢山いる。瑠奈も今は大人しくしてな」

「......雫先輩が辛そうだった」

「雫が?」

「自分のせいだって言ってた」

「本当、こんなことになるなんてね......」

「花梨の凶暴性と笑顔の裏に気づけなかった」

「私は事情を知ってたのに......あの辛さを知ってたのに......」

「瑠奈!乃愛先輩!」

「蓮!」


蓮は息を切らして土足のまま走ってきた。


「花梨さんにまだ息がある!雫先輩を呼んで!」

「よ、呼んでくる!」


乃愛は生徒会室に走り出した。


「蓮、大丈夫?責任感じてない?」

「僕の判断は間違ってた」


逃げるなんて決断をしたのが間違いだった。

家族として受け入れてもらえなかったことが原因なのに、逃げて一人にしたら逆効果だよ......


「蓮は悪くない!」

「ありがとう。とにかく、今救急車が来るから、僕は付き添いで行く」

「なんで?」

「多分警察も来るから、いろいろ話し聞かれると思うし」

「分かった......」

「生徒会命令」

「ん?」

「林太郎くん達と協力して、体調崩した生徒の看病してあげて」

「わ、分かった!」

「頼んだよ!」

「うん!」

(久しぶりに頼られたー‼︎)


それから、花梨さんの担任の先生の車に乗り、僕と千華先輩と雫先輩は救急車の後をついて行った。


「千華さん、ごめんなさいね。蓮くんも、ごめんなさい」

「な、なんで雫が謝るの?」

「花梨さんには、千華さんに隠していたことがあるの」

「なに?」

「花梨さんは、本当のお母さんを病気で亡くしてる」

「......え?」

「僕......そんなこと知らずに、お母さんに会いに行くことは普通のことかって聞かれて......」

「蓮くんは悪くないわ。千華さん、花梨さんはね、ただ寂しかっただけなのよ。千華さんが花梨さんに堂々と悪口を言った時、私には花梨さんの表情が見えていた......一瞬、驚いたような、嬉しそうな顔をしていたわ」

「......」

「相手にしてくれなかった千華さんが、初めてぶつかってきた。きっとそれが嬉しかったのね」

「なんで......気づいてあげれなかったんだろう......もっと早く気づけたら」

「雫先輩」

「なにかしら」

「僕達に、しばらく生徒会に来なくていいって言いましたよね」

「ガラスを割られた日ね」

「それでも、なんでみんなが来るか分かりますか?」

「分からないわ」

「みんな雫先輩が好きだからですよ?だから雫先輩も自分が悪いだなんて思わないでくださいね」

「そうだよ雫!」

「......」


それから病院に着くと、千華先輩の両親も駆けつけ、病院の先生に「命に別状はない、落ちる時に木に当たったのがよかった」と言われ、全員肩の力が抜けた。

花梨さんはまだ目を覚さなかったが、時間も遅くなり、みんなバラバラに家に帰ってる時、後ろから乃愛先輩の声がした。


「蓮!逃さないぞ〜!」

「なんでこんなところに」

「捕まえた!」


乃愛先輩は笑顔で僕に抱きつき、明るく振る舞ってきた。


「まだ罰を与えてない!」

「そうでしたね」

「今日は私の家に泊まりなさい!これが罰です!」

「泊まる?」

「そう!泊まるの!分かった?」


それは、僕が責任を感じているのを感じ取った、僕を一人にしないための優しい罰だった。


「分かりました」

「よし、行こ!結愛とお父さんも許可してるし、今日は蓮が大好きなカレーだって!」

「ありがとうございます!」


その頃、梨央奈も雫を心配して電話をかけていた。


「大丈夫?」

「えぇ、心配いらないわ。明日は土曜日だけれど、休みが開けても花梨さんが目を覚さなかったら、目を覚ますまで、時間が許す限り病院に居ることにするから、しばらく学校と生徒会を頼むわね」

「それは任せて」

「梨央奈さん」

「なに?」

「生徒会室に来てくれてありがとう」

「し......雫」


梨央奈が泣き出しそうなのを感じた雫は無言で電話を切るが、梨央奈はすぐにかけ直してきた。


「切らないでよ」


雫はまた無言で電話を切り、生徒会のグループチャットに、みんなありがとうとだけ送って携帯の電源を切り、空に一つだけ光る星を見上げて思った。

(花梨さんにも、一人じゃないことを教えてあげなくてはね。蓮くんが私に教えてくれたように)

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