逃げましょう


瑠奈と林太郎くんに堂々と尾行されながら、千華先輩とショッピングモールに向かった。


「そういえば、梨央奈先輩と話しててたまに思うんですけど」

「梨央奈?」

「はい、前は千華先輩のこと千華ちゃんって呼んでなかったですか?」

「千華ちゃんって呼んだり、千華さんって呼んだり、千華って呼んだりするよ?」

「それが不思議だなーって」

「ああいう上次元の脳を持った人は、その時々で呼び名を変えて、相手の感情をコントロールしてるんだよ!」 

「そうなんですか⁉︎」

「知らないけど」

「だと思いました」

「私は呼ばれてて、あまり気にしたことないなー」

「もしかして、梨央奈先輩と千華先輩ってあまり仲良くなかったりします?」

「そんなことないよ!ちゃんと友達!」

「へー」

「疑うな!戻ったら理由聞いてみよ」


そうこうしているうちにショッピングモールに着き、雑貨屋さんに入った。


「マグカップってどんなのがいいんですかね」

「ティーカップの方がいいよね」 

「飲めればどっちでもいいですよ」

「んじゃこれ!」


千華先輩が手に取ったのは、取手が猫の尻尾になっている、黒いティーカップだった。


「幾らですか?」

「680円」

「6個買っても4080円ですよ?2万円もらったのに」

「雫は金銭感覚狂ってるだけ」

「言ってやろ」

「いいの?蓮が乃愛に飛びつかれるたびにお尻触ってるのバラすよ?」

「落ちないように支えてるだけです。いいんですか?千華先輩がエロ本持ってること言いますよ?」

「は⁉︎」

「乃愛先輩が言ってました。男は舐められると気持ちいいって千華先輩の持ってる本で見たって」

「それは男が男のをってだけで、女がしても気持ちくないでしょ?」

「......怖い!千華先輩怖い!」

「なんで!」

「そんな趣味があったなんて!」

「女の子はみんなそうなの!」

「雫先輩もですか?」

「し、雫なんてすごいよ!そういう本500冊持ってるんだから!」

「もしもし雫先輩、僕、生徒会やめます」

「いいマグカップはあったかしら」

「蓮!なに電話してるの!」

「だって、雫先輩はBL本を500冊持ってるんですよね⁉︎怖いです!」

「梨央奈さん、BL本ってなにかしら」


電話越しに、梨央奈先輩の声が聞こえてきた。


「え⁉︎それはー......エッチな本?」

「もしもし蓮くん、千華さんに変わりなさい」

「は、はい」


携帯を千華先輩に渡すと、千華先輩は震えた手で電話に出た。


「も、もしもし?」

「死罪」

「えっ、ちょっ!切られた......助けて蓮!死にたくない!」

「南無」


そんな二人を冷めた目で見る林太郎と瑠奈は、尾行している意味がいまいち分からなくなっていた。


「私達、なに見せられてるの?」

「さぁー」

「あ、結局あのティーカップ買うんだ」

「みたいだな」


僕達は黒猫のマグカップを6個買い、ショッピングモール内のゲームセンターに向かった。


「ゲームするんですか?」

「去年、プリクラ撮ったの覚えてる?」

「は、はい」


千華先輩とキスした日だ。


「あのプリクラ、雫に没収されてから返してもらってないの。だから新しく撮ろ!」

「僕お金ないですよ?」

「まだ16000円ぐらいあるじゃん」

「雫先輩のお金ですよ⁉︎」

「400円ぐらい使ってもバレないバレない!」

「怒られたら千華先輩のせいにしますからね」

「いいよ!」


ティーカップを持ってプリクラ機に入ると、いきなり瑠奈と林太郎くんが入ってきた。


「突撃ー!」

「ねぇ!なに⁉︎邪魔しないでよ!」

「林太郎くん、髭消さないで来たの⁉︎」

「あ、忘れてた。蓮もだけどな」

「......千華先輩‼︎なんで教えてくれなかったんですか‼︎」


僕が千華先輩に掴みかかり、林太郎くんは呆れ、瑠奈はど真ん中でピースをした。


「ハイチーズ!」

「蓮!落ち着いてよ!」

「気付いてたなら教えてくださいよ!」

「気に入ってるのかと思ったの!そ、それよりそんなに掴んで動かしたら......」

「はい?」

「下着ズレる」

「ご、ごめんなさい‼︎」

「蓮?」

「瑠奈はなんで怒ってるの⁉︎」

「私のもズラして!」

「は⁉︎僕達友達でしょ⁉︎」

「関係ない!1番の友達なんだから、他の人にしたことは私にもするの。それに、なんとかフレンドって言うでしょ?」

「それは全然違う意味だから!」

「蓮」

「林太郎くんはなに!」

「もう撮影終わったぞ」

「あ......」

「瑠奈、千華先輩、俺達が落書きするので、女子同士で仲良く撮り直したらどうですか?」

「え〜、千華先輩と〜?」

「私はいいけど」

「なら私もいいよ」


何故か林太郎くんと一緒に落書きコーナーに入り、落書きを始めた。


「最近の瑠奈はどうだ?」

「ん?普通じゃない?」

「付き合おうとするかしないかが変わっただけで、前とあまり変わってなくないか?」

「でも、前だったら今頃千華先輩と殴り合いしてると思うけど」

「確かにな。瑠奈がまだ蓮を好きだってことは気付いてるだろ?」

「うん。でも瑠奈は僕のために頑張ってくれてる!林太郎くんも頑張りなよ!」

「俺と瑠奈が付き合ったら嫌じゃないのか?」

「あー、そん時にならないと分からないけど、そうなったら絶対お祝いする!」

「そうか、まぁ、頑張ってはみる」

「応援してるよ!」

「おう。それより蓮、千華先輩との買い出しは雫先輩が決めたのか?」

「そうだよ?」

「雫先輩の行動に無意味なものは存在しない気がする。頑張れよー」

「なにを頑張るのさ」

「千華先輩、今いろいろ大変なんだろ?なんとかしてやれ」

「そういうのさ、毎回思うけど雫先輩がやればいいのに、なんで僕なんだろ」

「雫先輩は未来を見てるんじゃないか?」

「未来?」

「蓮を次の生徒会長として育てている途中とか?」

「む、無理だよ!次も雫先輩がやればいいじゃん!」

「バカか?今の生徒会メンバーは、蓮以外卒業だろ」

「......そっか」

「でも、今年も始まったばっかりだ、焦らないようにな」

「うん」


落書きも終わり、瑠奈と千華先輩のプリクラも出来上がった。


「女子同士だと変顔とかするんですね」

「み、見ないでよ!」

「千華先輩の変顔......踏まれたスライムみたいですね!」

「どんなだよ!」

「瑠奈、クレープ奢ってやる」 

「マジ⁉︎」

「行こ」 

「行く行く!」  


林太郎くんは、千華先輩と僕が二人で話せるようにしてくれたんだと思う。


「千華先輩、まだ時間ありますし、ちょっと話しましょ」

「いいけど」


僕と千華先輩は、休憩できるベンチに座って話をした。


「メイク落としあげる」

「ありがとうございます!」


メイク落としのシートで髭を落とし、やっとスッキリした。


「単刀直入に聞きますけど、花梨さんと仲良くなりたいんですか?」

「......逃げたい」

「逃げたい?」

「仲良くならなくてもいい。現状から逃げたい」

「んじゃ、逃げます?」 

「え?」

「一緒に現状から逃げちゃいます?」

「一緒に?」

「はい、逃げるのも大事な行動の一つですから、無理に仲良くなるんじゃなくて、花梨さんがなんか言ってきたら言い返してやるんです!バチバチにぶつかっちゃえばいいんです。僕も一緒に言い返してあげますよ」

「......でも、同じ家に帰るんだよ?」

「しばらく泊めます」

「え⁉︎」

「瑠奈の家に」

「あぁ、そっちね、知ってた」

「逃げましょう」

「逃げることを悪く言わない人初めて見たかも」

「犯罪以外、なんだっていいと思います。失敗も成功も、挫折も後悔も、突き進むも立ち止まるも逃げるも、どの道を選んでも、どの道に辿り着いても、その道でしか感じられないこととか、考えられないことがあるはずですから、逃げと進むは同じようなもんです。それに、無理に仲良くなろうとする感じが花梨さんには伝わってると思いますよ」

「......雫みたいなこと言うね」

「雫先輩ならきっとこう言います。逃げることに何の意味があるの?ぶつかりなさいって」

「言いそう」

「でも、雫先輩にはその道に人を導いて、必ずいい結果を出す力と知恵があります。僕は僕のやり方で千華先輩を救って、ついでに花梨さんも救っちゃいますよ!」

「自信満々だねー」

「はい!暴力以外には変な自信があります!」

「ありがとう」

(やっぱり好きだな......)

「さて、戻りましょう!今日から瑠奈の家に泊まってください!瑠奈には僕から言っておきます!」

「うん!」


千華先輩と学校に戻り、ティーカップを持って生徒会室の扉を開けると、雫先輩は書類を眺め、その雫先輩に彫刻刀を向ける花梨さん、なにも気にせずに書類を分ける梨央奈先輩がいた。


「おかえり」

「た、ただいまです」

「なに無視してんだよ!怖くないのかよ!」

「花梨さん、貴方はワンパターンなのよ」


僕が千華先輩の背中を軽く押してあげると、千華先輩は堂々と花梨さんに言い放った。


「そんなことばっかりやって!かまってちゃんかよ!バーカ!」


すると花梨さんは目を見開いて僕達の方を振り向いた。


「なんだよ千華、今の私に言ったの?」

「そうだよ!やることが幼稚!いや、幼虫だ!」


千華先輩、それは意味わかんない。


「そうだ!バーカ!」

「蓮先輩も......やんの?」

「私は逃げる!」


そう言って千華先輩は生徒会室を飛び出して行ったが、その時ポケットから四人で撮ったプリクラと、瑠奈と撮ったプリクラを落として行った。


「逃げんな‼︎」


花梨さんは僕を無視して千華先輩を追いかけて行ったが、多分大丈夫。多分。


「ティーカップは買ったのかしら」

「はい」

「領収書は?」

「あります」


ティーカップと領収書とお釣りを渡すと、雫先輩は一瞬で気づいた。


「800円足りないけれど、プリクラって一回幾らかしら」

「400円です......」

「プリクラが二枚。勝手に別のものにお金を使ったこと、校則違反をしたこと、二つの罰が必要ね」

「逃げろ!」


僕は千華先輩の真似をしてその場から逃走した。

そして帰り道、たまたま走り疲れて座り込む千華先輩を見つけた。


「千華先輩!大丈夫でした?」

「大丈夫だった!気持ちよかったー!堂々と言えるの最高!」

「さっきまでと比べて、表情が明るくなりましたね。瑠奈の家に案内します!」

「ありがとう!」


瑠奈の家に向かう途中、瑠奈に事情を説明して、家で待っててもらうことになった。


「あ、瑠奈」


瑠奈は家の外で待っていた。


「本当に泊まるの?」

「泊まっていいなら」

「親がいいって言ってたからいいけど」

「ありがとうね!」

「んじゃ頼むね」 

「蓮は泊まらないの?」 

「僕は泊まらないよ」

「なーんだ、つまらないの」

「二人とも仲良くねー」

「はーい」


二人は瑠奈の部屋で雑誌を見たり、携帯をいじったり、トランプをして時間を潰し、夜にはすっかり打ち解けていた。


「瑠奈ちゃーん!一緒にお風呂入ろー!」

「うわ!勝手に入るな!」

「瑠奈ちゃんの胸可愛い〜♡」

「触るな〜‼︎‼︎」


その頃蓮は、ベッドに横になりながら梨央奈と電話をしていた。


「明日、朝一で雫に謝りなね?」

「分かってますよ。そういえば気になってたんですけど、梨央奈先輩ってなんで千華先輩の呼び方変わるんですか?」

「生徒会のみんなも一年でだいぶ仲良くなったから、呼び捨てにしようかなーって」

「それだけですか?」

「それだけ」


上次元の脳とか関係なかった......


「それで、花梨さんから逃げたあとの千華は大丈夫だった?」

「はい!今は瑠奈の家に泊めてます!」

「そっか!ああいう風にしろって、蓮くんが言ったの?」

「はい」

「なかなかハードな道を選んだねー」

「最悪、雫先輩がなんとかしてくれます!梨央奈先輩も助けてくれますよね?」 

「最悪の場合はね!とにかく、明日も誰も血を流さないように頑張ろうね!」

「はい!」

「んじゃ、バイバイ!」 

「はーい!」


花梨さんと千華先輩の関係を良くするには、まずは本音でぶつかってもらうしかない。

逃げるとは言ったけど、これは逃げた先でいつか逃げられなくなることを見越した作戦......上手くいくといいな。


その時、雫先輩から電話がかかってきたが、怖すぎて寝たフリをした。

結果、明日がますます怖くなって後悔した。

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